魔法使いの青少年 15

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「だから、一体何の予定が狂って、あんたが困って、隠し事してるかっていう……」
「人のことばかり暴こうとして、自分は何も言わねえのに?」

 クランカイトは試すような目つきでユージオをじっと見据えてくる。その意図するところが、考えても思い付かない。
 ユージオは煙に巻こうとするような態度にいささか苛立ちながら「何の話だ」と問い返した。意味のない会話を引き延ばされて、もどかしい。
 クランカイトは腹立たしいほど普段と変わらぬ微笑みを見せる。

「お互い様だろ、ってことだ。お前だって隠してる事があるのに」
「……あんたが何を隠してると思ってるのか、さっぱりわからない」
「じゃあ答えろ」

 とぼけようなどというつもりはなく、クランカイトが何を言わせたいのかが本当にわからなかった。
 だから、まったく警戒していなかったユージオは、続いたクランカイトの言葉を聞いて頭を殴られるような衝撃を受けた。

「俺のことが好きだろう」

 ユージオは茜色の目を見開いて、言葉もなく呆然と押し黙った。
 この状況で何をふざけているのかと、本気で思った。それと同時に、喉がひび割れそうに乾いて固まってでもいるかのように、言葉がうまく出てこなかった。
 平静を装わなければならない。そう思ってかろうじて言葉を絞り出すも、なぜか音にならない。

「好き、じゃ」
「ないって言うのか。そうやって、いつまでごまかすつもりだ?」

 いともたやすくクランカイトの声にかき消された返事を、ユージオは繰り返すことなく唇を噛んで噤んだ。
 クランカイトは立ち上がる。大股でやってきて目の前に立つと、ユージオの座る椅子へと片脚を乗せ、距離を詰めてくる。それは逃げ道を潰すかのようでもあり。

「当ててやろうか」
「……離れろ」
「お前がなんで俺を好きだって言わないのか。そう突飛な理由じゃねえな。レインが聖宮に行くことにしたのも、まあいい機会だ。ここいらで一区切りつけとこう」
「何を」

 ――バラバラと、積み上げたものが崩れていく音がする。
 それは重ねてきた時間だったり、信頼だったり、想いだったりするのだろう。押し殺して、ひた隠して、ないもののように扱ってきた想いが、クランカイトに無遠慮に荒らされ、壊されて、一気に噴き出してくる。心を呑み込んでいく。そんな気がした。

 いつまで。
 そんなことは決まっている。彼の好意をあしらい続けていれば、いつか彼の気紛れの終わりが来る。そう思っていた。今までと同じ関係を保ったまま。いつか彼は気の迷いから覚めて、想う女性が現れる日が来る。それまで口を噤んでいればいい。そのつもりだった。そうしなければならなかった。

『いつか俺と家族になって欲しい』

 クランカイトが。そしてユージオが、その言葉を忘れられる日までだ。

 降ってくる声音はどこまでも穏やかだ。だが、それとは対照的に、ユージオは腹の中にひどく冷たい怒りを抱えた。

「お前が俺を好きだと認められねえのは、俺が両替商の息子で、家族がいるからだ。そうだろう?」

 べたつく汗を背中に感じながら、ユージオは言葉もなく俯いていた。暴かれたくもなかった、見たくなくて蓋をしてきたものを乱暴に晒されたようで不快だった。目を合わせることすらしたくなかった――できなかった。
 クランカイトは迷いのない声でたたみ掛けてくる。

「いつか両替商を継いで、結婚して家を存続させなきゃならない、そんな奴とどうにかなるわけにはいかない。だから俺の言葉はただの世迷言だと思い込んで、聞き流してきた」
「違う」
「大事な跡取り息子に道を外させたなんて、俺の親に思われたくもないだろうしな。よくしてくれるのに、裏切っている気になる。実際そんな関係になったらもう、合わせる顔もなくなると」
「そ……」
「さらに言えば、俺に色んなものを犠牲にさせると思って、認めるわけにいかねえんだ。例えば俺が家よりもお前を選ぶと言ったって、お前は絶対に納得しない。――そんなことをお前は俺に望まない」
「…………」
「全部わかってる」

 返す言葉もなく、ユージオは俯いて膝に顔を埋めた。

 知ったような口を利くなと言おうとして、できなかった。
 思えば、わかっていないはずがなかったのだ。クランカイトが本気でユージオの引いた一線を超えようとしたことはなかった。冗談めかした愛情の言葉も、ユージオの答えを求めてきたものではなかった。何一つ。それは、ユージオの考えを見透かして、その上で破らなかった優しさだ。

 両替商の息子として、家を継いで、結婚して子供を成す。だが、ユージオがいてはクランカイトはそれを捨てるだろう。きっと未練もなく。そういう、情が深いのか浅いのかわからない男だ。ユージオもそれを知っているから、家族を裏切らせるような真似をさせたくなかった。

「わかってた。だからどうしようか、幾つか考えてはいたが。……で、レインがどうしたいか聞いて、状況が変わった」

 クランカイトはするりと踵を返して、ユージオから離れた。とはいえ、わずかな安堵に安らぐ余裕もなく。

「レインが家を継ぎたいって言うなら、俺は喜んで引いてやるし、不足があるなら支えていけばいい。親だって何の文句もないだろう。目の届くところにいるなら心配も少ないしな。俺と――お前もいるっていうならまして」
「何で俺が」
「昔から知ってて、俺とレインを助けた信用がある。……お前が不安に思っていたこと全部、解消される。何も犠牲にすることなく、お前と一緒にいられる。だから、丁度いいと思った」

 ユージオは冴え冴えと底冷えするような声音で詰問する。

「レインが継ぎたいと、本当に? あんたがそう仕向けたんじゃないのか? 自分の願望のために」
「レインを? ……そうだな。お前と一緒にいるために利用したのかもな。別に嫌々やらせようってわけじゃねえんだから、悪いことでもなし。だったら何だ。軽蔑するか?」

 振り返るクランカイトの挑発まがいの言葉の数々に、ユージオはぐっと唇を噛んだ。クランカイトはその表情を見てゆるりと笑う。

「というのはただの結果論だが」

 悪戯めかしたその笑みに、ユージオはずるずると脱力した。本当にふざけた男だ。人の心配をなんだと思っているのかと腹立たしい。

「……ヴェーダたちのことで、思ったんだと。相手が異端であれ、約束を違えていい理由にならないと。見える範疇でしかないとしても、見なかった振りをしたくないと。――俺はそういう、レインの打算のない理想を叶えてやりたいと思う」
「……理想?」
「俺にはできないもんだ。わかるだろ。俺は取捨選択する。嘘も吐く。薄情でもある。自分のために他人の気持ちを踏み躙るのにも良心が傷まない」

 自分にないものを補うために、レインが必要だと、そういうことなのだろう。
 本当にクランカイトがそうも薄情で非情な男かどうか、長い付き合いのユージオにはよくわからない。少なくともユージオの知るクランカイトは、ユージオを切り捨てるような真似をしたことはなかったからだ。けれどその口が、フローレインが死ぬぐらいなら誰かを殺せると、平気で言ってしまえることは知っている。フローレインとは対照的だ。
 掛けていた椅子に戻ると、クランカイトは再び腰を下ろした。優雅に足を組んで、頬杖を突く。

「だから俺が父さんでも、ヴェーダたちのこと、同じようにしたかもな。そうしなければ家が脅かされるっていうなら。俺の大事なものに危害が加えられるならな」

 ユージオにもその言葉は充分理解できた。
 きっと皆そうだ。よく知りもしない異端者と、大切な家族や雇用人。秤にかけて選ぶのなら当然、後者だ。――例えばその、よく知りもしない異端者にも、大切な家族がいて、守るものがあるかも知れなくても。

「だから俺にはレインが必要だと思う。レインもそれを望んでるなら、使わない手はない」
「……でも、レインは聖宮に行くらしいぞ」
「それでも、俺はお前のことを諦める気はない。そのせいで家を壊すようなこともしない」
「この、強欲クソ金持ち」
「お前はそうじゃねえと、俺を好きだって言う気がねえだろ。どっちが強欲だよ」

 クランカイトは全部手に入れるつもりでいる。フローレインが家を継ぐのなら、すべてうまくいくはずだった。だが、フローレインが聖宮を選んだことで、クランカイトの目論見は外れたのだろう。言葉通りだ。予定が狂った。
 それでも。

「選択肢が一つ駄目になったぐらいで、簡単に引いてやる気なんかねえからな」

 にべもなく断言されて、ユージオは苦々しい顔で言葉を詰まらせた。
 自分などはそんな大したものではない。そこまで執着される理由も、想って貰えるような価値もない。それなのにクランカイトは、もうずっとユージオのことを待っている。何年も――心変わりの気配など、微塵もないまま。

「何か犠牲にしながら自分を優先にして幸せになろうなんて、お前にできるわけねえことぐらい、わかってる。だから俺は何か犠牲にする気も、諦める気もない。どんな手を使ってもお前と一緒にいるし、家も守る。全部手に入れるし、誰に文句言わせる気もねえ」
「……あ、んた、は……ッ!」
「どれだけ待ったと思ってる。いい加減言ったらどうなんだ。それともまだ言えねえってんならそりゃどういう了見だ?」

 急に立ち上がったクランカイトが、間を隔てる机に強かに手を振り下ろす。

「いい加減観念しろ……!」
「うるさい……ッ!」

 ユージオもとっさに怒鳴り返していた。頭の中の混乱はとっくに頂点に達して、冷静に話をすることすらできない。
 両手で髪をぐしゃぐしゃと掻き乱しながら、気付けば文句が続いていた。

「あんたが俺に変なことばかり言うから、そのせいで! 俺までおかしくなって……どうか、してる。こんな」
「変なことなんて言った覚えはねえぞ」
「うるさい、変なことしか言わないだろうが、あんたは! す、好きだとか、愛とか何とか……あまつさえ、お、俺があんたを……とか!」
「その通りだろう」
「何もその通りじゃない!!」

 悲鳴のような声で、クランカイトの言葉に言い返す。動揺で手が震えていた。完全に感情が振り切れて、声までが無意識に震えてくる。

「ずっと……一番、近くにいて。どれだけ……救われてきたのか、安心できるのか、あんたにはきっと、わからないぐらい。俺はあんたが大事で」

 クランカイトはきっと知らない。ただいつでも一緒にいてくれるだけのことが、どれほどの救いなのか。味方であり続けてくれることが、どれほど心強いか。疑う余地がないほど傾けられた愛情が、そばにいない時ですら、どれほどユージオの気持ちを安らがせたか。

「きっとあんたには要らない世話だと思われるかも知れないけど……誘拐されたり、とか……二度とあんなことにならないようにって。ずっと心配で、目が離せなくて、心配要らないって頭で思っても、どうしても駄目で」

 本当に守りたかったのだ。今もそうだ。フローレインのことも、それを大切にするクランカイトも、どちらも代えがたく守りたいものだ。

「なのになんで当のあんたは、わざわざ俺に台無しにさせるよう仕向けるみたいな……」
「この後に及んでまだ、お前は好きの一言も言わないつもり――」
「愛してる」

 とっさに口から零れ出た言葉に、ユージオは自分ではっとした。そして、それ以上に呆然と自分の顔を見るクランカイトに、少し驚いていた。

「……は」
「のは……その、認める。大事だっていう意味でなら、間違いない。俺のせいで、あんたに何か一つでも可能性を捨てさせたくない。……だから、なかったものにしたい……そう、してきた」

 翠玉の瞳から目を背けて、ユージオはやおら俯いた。
 見ない振りをして、ないように扱ってきた想い。クランカイトを大事にしてきた根源。押し殺して、押し込めて、出てこないように出てこないように、悪いものと決めつけて、ずっと蔑ろにしてきたもの。
 クランカイトの言葉でその縛りが急に緩んだことに、ユージオはひどく戸惑った。

「た、ただ、いざ好きかっていうと、ちょっと自信な……」
「あ?」
「うわ怖っ……えっあんたのそんな顔初めて見た。じゃなくて」

 きっとこの先一生、その時のクランカイトの顔を忘れることはないだろうと思いながら、ユージオはしどろもどろに言い逃れの口実を探す。

「……どうしよう。もっとこう、なんか……ほら、あるだろ。問題が」

 口元に手を遣って明後日の方を見るユージオに、さすがのクランカイトも忍耐の緒が切れたようで、荒れた足取りで机を回り、ずかずかとユージオの方へとやってくる。

「なくするって言ってる端から、新しく問題を探そうとするんじゃねえ」
「いやだって、大丈夫だったら駄目な気が……何でかわかんないけど、ちょっと障りがある。あっほらその、あんたの両親も……大事な息子に、男に転んで欲しくなんか、ないはず……」
「言い訳はそれだけか?」
「いや待てまだある、ちょっと……さ、三分あれば出てくるから落ち着け。……とりあえず座って寛いで……」
「誰が待ってやるか」
「嘘、わかった悪かった、けど暴力反た――」

 胸倉を掴まれ、殴られるかと怯えたユージオは、しかし唇に違和感を覚え、閉じた目を開いた。
 クランカイトの顔がぼやけるほどに近い。閉じられた瞼の、長い睫毛が光を弾いて輝いている。唇には熱を持った柔らかい感触――それが口付けだということに、少し遅れて気付いた。
 目を瞠り硬直していると、クランカイトはすぐに離れた。触れた感触の残る唇に、こそばゆいような錯覚がある。
 ユージオは現状を受け止め切れず、すぐそこに留まるクランカイトの翠玉の瞳を呆然と見上げた。

「……な」
「愛してるって言うその口で、次はどんな逃げ口上を使おうってんだ?」

 咎めるようなクランカイトの問いを聞きながら、ユージオはどうにかその肩を押し返そうと抵抗する。

「い、今さら――だって。俺がもう何年も――考えないようにしてきたことを、あんたは何だって、こんな時に……ッ」
「こんな時だからだ。俺のこと大事だって言いながら、そうも蔑ろにするのか。さすがにそろそろ傷つくんだが、わかってんのか?」
「わかりたくない!」
「わかれ」

 ぴしゃりと短く言いくるめられ、ユージオは目を逸らす。だが、腕力差でクランカイトに敵うはずはなく、押し返す手を掴まれてその抵抗を阻まれる。

「じゃなきゃもう一回」

 逃げを許さないとでも言いたげに、うなじの辺りを掴まれる。近付いてくる顔は、もうずいぶん何年も見慣れているはずなのに、なぜか今まで見てきた彼とは違っているような気がした。

「――カイト」

 確かめるように呼び掛けるが、クランカイトは無視をした。大方、拒絶の意図にでも取ったのだろう。そんな考えを見透かして、ユージオは嘆息し、ふと抵抗のための力を抜いた。

「この、大馬鹿――……」

 あんな自信に満ちた言葉の数々とは裏腹に、ユージオの拒絶の一言も聞きたくないとでも言いたげで、それがなんとも言えず奇妙に愛おしく感じる。
 言葉尻を奪うかのように、再び重ねられた唇。それをユージオは甘受し、諦観混じりにゆるりと瞼を閉じた。
© 2019 sasori_bi

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