魔法使いの青少年 17
© 2019 sasori_bi それから一年は変わらず平穏そのものだった。
フローレインがこの先、自由の利かない身分になることを知っているシグリたちは、フローレインの自由を妨げるようなことはなかったし、我儘を聞き入れることも多くなった。十五になる誕生日にはユージオまで招かれ、アステリア家の家族と同席して、同じ時間を過ごした。勉強を疎かにすることはなかったが、フローレインはそれ以上に外へ遊びに出掛けることが増えた。昔からよく足繁く通っていた湖のほとりで、何もしない時間を過ごすことも多かった。
二年目に入るとさすがに聖宮に行く準備が始まり、出掛ける機会はぐっと減った。周囲にもいつの間にか巫女になることが広まっており、そのせいかよそよそしく感じると漏らしていたこともある。礼拝堂から熱心に巫女が遣わされ、飽きるほど何度も戒律を確認していた。
家から出られない日もあり、そのせいか、クランカイトとユージオだけだったある日には、同級生の男子生徒に廊下で声を掛けられた。
「おいっ、アステリア!」
初等学校から見知った男子生徒、アーサー・クレイオだった。なぜか普段いるはずの取り巻きもおらず、一人で声を掛けてきた。
呼び掛けられたクランカイトが振り返る。その横顔は白けたような表情だった。
「レインならご覧の通りいねえぞ」
「フローレインじゃない!! お前だ、クランカイト! そもそもどうしたその髪……」
振り返ったクランカイトの姿に、アーサーは微かな動揺を見せる。
クランカイトの長かった金の髪は、ばっさりと切り落とされて短くなっていた。襟足も結べないほど深く切り落とされ、顎の線にすらその毛先は届かない。ずいぶんさっぱりして見えるが、今まで伸ばしていたものを急にどうしたのかと思うのも不思議はないだろう。
問われたクランカイトは素っ気なく答える。
「邪魔だから切っただけだ。それより何の用だ? 俺はお前に用事ねえんだけど」
「うっ……」
クランカイトの冷たい返答に怯んだように、アーサーは一歩後ずさる。ユージオも立ち話が終わるまで動くに動けず、腕を組んで廊下の柱に凭れアーサーを眺めた。二人の情のない視線を一身に受けて、アーサーは居心地悪そうにどうにか言葉を続ける。
「……その、フローレインが聖宮の巫女になると」
「校長から正式に公表されただろ。それがどうした」
「本気なのか!?」
詰め寄られて、クランカイトは物言いたげにユージオを見る。そういえばユージオも、フローレインが巫女になると聞いてアステリア邸に押し掛けたものだ。なぜ特別親しくもないアーサーが、フローレインの心配をしてわざわざ声を掛けてきたのかは不思議だが。
「本気も何も、礼拝堂やら協会やらのご指名なんだから、どうしようもねえだろ」
「どうしようも、だと……よくもそんな簡単に諦めがつくものだな。アステリアの両替商が、金に困って宮に娘を売るとは、落ちたものだ!」
「はは。お前それ、レインに直接言ってやれよ。平手の一つも貰えるぞ」
それを想像して思わず笑いそうになったユージオは、口元を押さえて顔を背ける。
結局その後、アーサーは納得がいかないという顔ながらもそそくさとその場から立ち去った。どうもアーサーはクランカイトが苦手らしい。クランカイトも「なんだあいつ」と首を傾げながらも、すぐに何事もなかったかのようにユージオを伴って歩き出した。
与えられていた二年と少しの時間は、思いのほかあっという間に過ぎていく。
卒業が近付き、十六の誕生日を迎えてすぐの頃には、学内でもフローレインが正式に聖宮の巫女になることが周知された。フローレインはますます自由が制限されていき、家の中や礼拝堂で過ごすことが増えた。
聖宮に入るのを遅らせた代わりというべきか、礼拝堂で教えられることは礼拝堂で知識を授けられているようだ。おそらくブリード教の教典を一から勉強し直しているのだろう。
それと、巫女を狙ってくる人間というものもどうやらいるらしく、ガレシア軍が代わる代わるフローレインの警護に付いていた。ガレシア軍から怪しげな人間を捕えたとの報告がたびたび入り、フローレインはそのたび宮に入る日取りに頭を悩ませていた。卒業まで待たずに聖宮に行くべきか否かということだろう。
そんなフローレインとは裏腹に、ガレシア軍の中には暇に飽かせてクランカイトと剣の手合わせをする者もいて、そういう意味ではそれなりにクランカイトは状況を楽しんでいたかも知れない。
ガレシア軍の男と手合わせをするクランカイトを遠巻きにしていると、別な軍人がユージオに声を掛けてくる。
「ここの坊ちゃんは筋がいい。軍人にでもなるつもりなのか?」
始めはガレシア軍ということで少しは警戒もしていたが、そのうちに、フローレインの護衛に対して敵対心を持っても仕方ないと結論付けた。それに、護衛に寄越されたのは以前の――異端を殺した軍人たちとは違う管轄のようだ。
尋ねられたユージオは首を傾げる。
「さあ……家を継ぐのでは」
「それは惜しいな。大学まで行けば、出世できそうなものだが」
大学に行ける財力も学力もあり、その素質もある。その見込みは間違いではないだろう。実際に入れば、うまく上に登っていくに違いない。
残念そうな男は、ユージオを一瞥して尋ねてくる。
「君は? 剣は得意じゃないか?」
「俺はその、あんまり得意じゃない、です。見る専門」
「そうか。他に得意なことがあるなら、それがいい」
軍人といえども荒々しい男ばかりではなく、少女の護衛に相応しい、優しい物腰の人間が比較的遣わされているのか。ガレシア軍の男はにっこりと笑うと、ユージオの頭をくしゃりと撫でて去っていく。配置に戻るのだろう。
手合わせに一区切りがついたのか、戻ってきたクランカイトは、怪訝な顔をして軍人の後ろ姿を見遣る。
「何だって?」
「あんたが軍人になるのかって」
面食らったように目を丸くするクランカイトは、しかし何か考え込むように口に手を遣って。
「……その手があるか」
「?」
低く呟いた言葉の意味は、よくわからなかった。クランカイトについては自分の頭の中で考え事を自己完結させることが多いので、ユージオもあまり気にすることなく、その意味を追究することもしなかった。
その後、中等学校の卒業の日と同時に、フローレインは家を発って聖宮に入ることが正式に決まった。
中等学校の卒業の式典でもやはり、来賓へ魔法を披露する役目をフローレインが担うことになった。渋るフローレインに、ユージオが最後だからと勧めると、それもそうかと笑って役目を引き受けた。
いつかに贈られた星華章の記章を胸元に、その日もフローレインは正装で檀上に立った。
卒業式にフローレインが何の縛りもなく見せた魔法は、胸が締め付けられるほどに厳かで、美しく。
その場の誰しもが、言葉もなくその奇跡のような光景に目を奪われていた。© 2019 sasori_bi
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