魔法使いの青少年 18
© 2019 sasori_bi 今日が最後だと思いながらも、どうしても実感が湧かない。なんだかひどくおかしな感じだ。
そう思いながら、フローレインは目の前の両親の顔をじっと見上げた。
涙を零すシグリと、気丈に振る舞うクラウディアス。今日のシグリは朝から一日泣きっぱなしだ。せっかく砂糖菓子のように甘く優しくて素敵な笑顔なのに、その顔を見ることができない。クラウディアスは表情が硬く、どうしても見せる笑顔はぎこちない。
アステリア邸の周りには、フローレインを乗せる馬車と警護のガレシア軍が出立を待っていた。その物々しい様子に異変を感じた近所の住人も外へ出てきて、普段とはずいぶん様相が違っていた。こうも大袈裟なものだとは思わず、フローレインは驚いて思い出に浸る余裕もない。
午前に式典を終えると、午後は荷物を整理しているうちに迎えが来た。身の回りのものは基本的に聖宮で支給されるため、あれこれと悩んだ末に、聖宮に持っていくものは鞄一つに留まった。持っていけない物も多く、そばにいたクランカイトへ不平不満を呟きながら荷造りをしていたことが思い出される。
そんな鞄を軍人に預けると、遠巻きだったクランカイトとユージオの方に駆け寄った。
ユージオは家族との別れの邪魔になる云々と言っていたが、クランカイトが有無を言わせず連れてきたのだろう。両親や周囲の雰囲気とは裏腹に、二人は思いのほかいつもと変わらない。
「カイト、ユージオ」
「おう。忘れものがあっても届けらんねえからな」
「ないってば。もう飽きるほど確認したし」
そうは言っても形容しがたい、晴れることのない顔色ではある。
卒業と同じ日では慌ただしいから、別の日にしたらどうかと彼らには勧められたが、名残惜しさが増すだけなので断った。クランカイトもユージオも、その言葉を聞いて無理強いするような性質ではない。そうかと一言だけでそれを受け入れた。
フローレインはそんな二人の顔を見て苦く笑った。
「ねえ、くれぐれも言っていくけど、ネヴィンのこと任せるよ。ご飯は……まあ割とそこらへんで虫とか適当に食べてるみたいだけど、お腹空かせてたりしないか、ちょこちょこ見てあげて」
ネヴィンを聖宮に連れていくことはできない。拾った手前、最後まで面倒を見られないことが本当に残念だったが、二人なら心配なく任せていける。
もう何度目かわからないほど頼み込んだせいか。頼まれたクランカイトはおざなりな返答だ。
「はいはい、わかったから。もっと他に言うことはねえのかよ」
「えー……あ、受験合格おめでとう。二人とも、揃って名門学校なんて、本当にさすがだ。応援してる」
クランカイトとユージオは、高等学校に歴史のある名門を選んだらしい。先日に試験の結果が発表されたばかりだが、忙しさに流されてろくに祝いの言葉も言っていなかったことを思い出す。結果はわかりきっていたが、無事に合格したようだ。
が、クランカイトは小馬鹿にしたような笑みで「違う」と一蹴した。
「別れるの寂しさに泣き喚けよ」
「またそういうこと言うー」
どうしてそう皮肉げな言葉の一つも言わずにいられないのか。
そう呆れながら返すが、フローレインはふとある事に気が付き、続けてぽつりと呟く。
「って、こういうこと言えるのも、最後なんだっけ。本当に変な感じ」
「死ぬわけじゃないから、ぴんと来ないんだよなあ。……ま、泣き顔を送るのも楽しいもんじゃねえから、いいけど」
「私、最後ぐらいカイトのきったない泣き顔見たかったなあ。いつも澄ましててつまんない」
取り繕えないほど感情をむき出しにして泣き喚くクランカイトなど、記憶にない。二度と会えないのだから、餞別代わりにそれぐらい見せてくれてもいいのでは、とフローレインは不満顔を浮かべる。
が、クランカイトは嘲笑混じりに切り捨てた。
「最後じゃないかもわかんねえだろ。お前みたいなの、聖宮から追い出されて出戻って来るかも」
「はー失礼じゃない!? そんなことありませんー!」
「カイト、喧嘩してる場合じゃない」
見かねたのか、ユージオが口を挟んで止めてくれた。
すると、クランカイトが忘れていたとでも言いたげな顔で、フローレインの腕を掴んだ。
「呪いの指輪のお返し」
何やら腕に巻かれる感触がある。
見れば、編み紐に金具のついた細い腕輪だった。金色と濃藍色、それぞれ一本ずつ。よく見覚えのある色に、呪いの指輪じゃないと言い返そうとしたフローレインが声を上げた。
「あ、もしかしてカイトの切っちゃった髪? と、こっちはユージオの髪?」
光沢のある糸のようなそれは、二人の髪をそれぞれ編んだものだった。大切な人の髪で作るものだと聞くし、誰かが持っているのを見たこともあるが、贈られるのは初めてだ。
「編んだの? すごいなあ」
「自慢じゃないが、俺は何でもできる」
「腹立つなあ。えーでもありがとう。綺麗だね」
クランカイトが臆面もなく答える言葉に、フローレインは否定もできずじっと編み紐を見下ろす。本当にその通りだと思ったのは事実だ。こうも編み目が揃った見事な出来栄えの紐は、自分なら作れないだろう。
と、フローレインはユージオを見た。
「ユージオも髪切ったの? 長さ、変わらないみたいだけど」
「一部だけだ。ほとんどわからない」
「そっか。……大切にする。ありがとう」
クランカイトが髪を切って以降、事あるごとにせっかく美しかったのにもったいないなと内心惜しんでいたのだが、こんな形で目にすることになるとは思わなかった。それに、ユージオの夜空の色の髪は、光が当たると藍色が鮮やかに浮き出て、クランカイトとも違った美しい色をしている。眺めて飽きない色だ。
揃って手首に巻かれたそれに、自然と顔が綻ぶ。気持ちだけでも一緒に聖宮へ同行してくれるかのようで心強かった。
「ああ、こういう時になんて言ったらいいのかわからないな。でも、そうだなあ。……元気でね。いつまでも仲良く」
ユージオがふと物言いたげに茜色の瞳を細めた。
鮮やかな夕日の色。クランカイトがそれを愛おしそうに見るようになったのは、いつからだっただろう。ずいぶん昔からのことで、はっきりいつとは思い出せない。
願わくば、いつまでもそうであってくれればいい。そう思っていると。
「……それだけか」
「? うん。なんか、思い浮かばないんだってば。何言っていいかわかんない」
他に何か言うべきことはあっただろうか。思いつかない。――実を言うと、二度と会えない別れというものは初めてだ。それが家族ということもまして奇妙なもので、毎日会えるのが当たり前のような存在だ。頭ではもう会えないと思っているのに、翌朝にはまた当たり前のように彼らの顔を見ることができるような気がしている。
ユージオは「ならいい」と短く呟き、一歩前に出た。
その手で急に力強く引き寄せられる。
気が付けば、息が詰まりそうなほどきつくユージオの腕に抱き締められていた。
「うぐ……」
「……レインも、元気で」
ぎゅうう、と力いっぱいにぎこちなく抱き締められ、小さく呟いたかと思えば、ぱっと腕を開いて解放される。よろけるように後ずさったフローレインは、困ったように破顔して頷いた。
「うん。気を付ける」
ユージオがそんなことをするのも初めてのことで、驚いてろくに言葉が出てこなかった。
そうしている間に今度はクランカイトに目の前に立たれる。フローレインは思わず待ったを掛けた。
「カイトから全力で締められたら、私、たぶん骨折れるんだけど……」
「折るか」
笑み混じりの声と共に、頭をぐいと引き寄せられる。胸元に埋められるようにして抱きつくと、背中を何度か軽く叩かれた。
「頑張るのはいい。でも、無理はするな」
「……うん。ありがとう。――兄さん」
ことのほか優しげな声音に、目頭が熱くなるのがわかる。幼い頃、フローレインが泣いている時などは、よくこんな風にクランカイトが慰めてくれたことを思い出す。意地の悪い言葉ばかりが先行するが、クランカイトは根っこの部分ではフローレインに優しかった。同い年の兄妹ではあったが、クランカイトはずっとフローレインを守ってくれる兄だった。
このまま優しい言葉を掛けられ続けたら、泣いてしまいそうだ。そう思い、その前にとフローレインはクランカイトから離れた。
クランカイトはゆるりと微笑んで、フローレインの身体の向きを変えさせる。
「母さんたち、待ってる」
「うん。それじゃあね。二人とも、見送ってくれてありがとう」
名残惜しさを振り切って、フローレインは両親のもとへと戻った。
泣いている母を慰めて、父と抱擁を交わした。気の利いた別れの言葉を探したが、やはり見つからない。元気でと、どうしても無難な言葉になってしまった。両親は深く頷いてくれた。
「……行ってきます」
もうただいまを言えないのだと思いながら、両親の目をじっと見上げてフローレインは言った。
いつまでも馬車を待たせているわけにはいかない。軍人に声を掛け、ようやく馬車に乗り込む。
王都内に建つこの家から聖宮までは、それほど距離があるわけではない。今出れば夜までには余裕で到着する距離だ。
軍人たちが一斉に動き出す。馬車を取り囲むようにして隊列を組んで進むのに合わせ、馬車がガタンと一度大きく揺れて、続いて規則的に揺れ出す。窓を開けると、両親が手を振っているのが見えた。
(変な日だなあ)
家族以外にも、昔からよく見知った近所の人たちが集まっている。子供の頃からよくしてくれていた人たちだ。窓から身を乗り出して、遠ざかるその光景をじっと身体を捩って追い掛ける。
(……最後か)
現実感はやはりない。どこか他人事のように、小さくなる両親の姿を眺めていた。あんな風に人目もはばからず泣いている姿を見たのは、クランカイトが誘拐された日以来か。
姿が見えなくなり、フローレインは窓から頭を引っ込めた。手持無沙汰で一人、馬車にガタガタと揺られる。
ときおり窓を押し開き、外の景色を眺めたりした。流れる王都の街の光景。クランカイトとユージオと、よく一緒に歩いた。
買い食いをしたり、古書店に行ったり。古道具を眺めたり。そんな日々が鮮やかに思い出されるが、懐かしいとは感じない。ほんの昨日まで自分が置かれていた日常だ。懐かしいはずもない。
嘆息して窓を閉めた。見慣れた景色だ。今さら見なくても、とうに目に焼き付いている。それよりも、窓を開けると往来から刺さってくる視線の方が気になってしまい、フローレインは結局窓を閉めて、やることもなく馬車に揺られていた。
どれだけぼんやりとしていただろう。
ふと声を掛けられてやっと、フローレインは我に返った。
「大丈夫ですか」
声の主は外からだった。
馬に騎乗して、馬車と並走しているのだろう。窓越しに声を掛けられて、慌てて言葉を返す。
「えっ? あ、はい……大丈夫です」
「そうですか。天気が荒れてきました。揺れがひどいようなら少し止まりますので、お言いつけ下さい」
言われてみれば、外からごうごうと風の音がしていた。窓際に寄って外を見れば、繁華街を抜けている。見慣れた森の光景。ここはあの二人とよく遊んだ、湖のある森だ。
『――レイン』
ふと思い出したのは、ユージオの声だった。
一人で湖の畔にいたフローレインは、その声に振り返った。その時、そこに立っていたユージオは呆れ顔だった。
『一人で外に行くなって言っただろ』
あれは確か、初等学校を卒業する前だっただろうか。
母と大喧嘩をして、フローレインは一人で外に飛び出したのだ。それをクランカイトの口からでも聞いたのか、ユージオが探しに来てくれたのだった。
だが、咎めを受けたフローレインは、いじけた態度でユージオから顔を逸らした。
『母さん、魔法ばっかりじゃ誰も嫁に貰ってくれないって言うんだから。そんなの決めつけられたって、わかんないじゃん。……っていうか、貰い手のつかない私は、駄目なのかな』
『シグリさんにとってはそうかもな』
『ちょっと!』
否定の言葉が欲しかったはずなのに、ユージオの口から返ってきたのは、フローレインの期待を裏切るような言葉だった。落胆しながら声を上げると、ユージオは顔色を変えずに隣に腰を下ろした。
『でも俺はそう思わない』
『え?』
面食らってユージオの横顔を見る。彼は手遊びにぶちぶちと雑草を引き抜きながらまた言った。
『別にしたくなきゃ、結婚なんかしなくていい。レインの魔法は、そんな当たり前みたいに思われるようなことより、ずっと特別で価値がある。結婚以外の何かを探すことだって、きっとできる』
『……ユージオは、私のこと駄目じゃないって言ってくれる?』
『シグリさんがどう考えるかは自由だけど、俺がどう考えるかも自由だ。レインは、レインが思いたい方を選べばいい』
娘に幸福な家庭を持ってほしいと願う母親の思いか。魔法を活かして他の幸福を探せばいいという幼馴染の考えか。好きな方を選べと言われて、フローレインは思わず言葉に詰まった。
何も考えていなかったのだ。ただ漠然と、それまでの生活が続いていくような気がしていた。幼稚で未熟な観測だ。
『誰かと結婚したいとかより特別なものがあるなら、そうすればいい』
――けれど結局、それを探している時間が自分にはなかったらしい。
いつかのそんなやり取りを、こんな時になって思い出す。窓を流れる木々を視界に入れながら、フローレインは何とはなしに思考に耽った。
(特別なもの……)
特別というのは、あの二人に相応しい言葉だと思う。
自分の手首に視線を落とす。金色と濃藍色の二本の編み紐。クランカイトとユージオ。二人はフローレインにとって本当に特別だった。
周囲に流されることなく、自分たちの思うように振る舞っていた。時にはフローレインが置き去りにされるほどに、自分たちの関心事のために突き詰めて行動していた。二人揃って同じものを見て、同じことについて考えていた。割って入る余地が誰にもないほど。それでいて周囲から感嘆を受ける存在だった。
才能もあったし、努力もしていた。
(私、特別なことなんて、魔法以外に何もなかったな)
魔法は手段だ。けれど、肝心の目的がない。目的がないのに手段だけあっても、結局持て余しただけだった。
(……ああ、でも)
あのやり取りには続きがあった。
『ユージオ、あんまりそいつを甘やかさなくていい』
離れた場所から聞こえてきた声に、フローレインは振り返って『カイト』と呼び掛けた。
探しに来たのはユージオのみならず、クランカイトもだった。当たり前だ、フローレインが一人で出歩いていけないのに、クランカイトが一人で出歩けるはずはない。一緒に来ていたのだと気付くのにそれほど時間が掛からなかった。
クランカイトはローブを翻してやってくると、鼻先で笑いながら余計なことを暴露した。
『魔法でさっさと片付けようとして、しくじって怒られただけだから、全面的にそいつが悪い』
『ギャー言わないで!』
思わず頭を抱えてうずくまった。クランカイトの言う通り、言いつけられた家事を魔法でどうにかすれば早いのではという邪心に突き動かされ、そしてさらに実践した。結局、見事に失敗して台所は水浸しになったという、自業自得も甚だしい喧嘩の始まりだったが。
ユージオも白けた顔で呟いた。
『それは……レインが悪いな』
『手のひら返したー! 嘘だー、ごめんなさいー……それは悪いとは思ってる、でも謝りたくないんだよ、母さんが言うことにすごく腹が立ってる、だって』
それについては本当に、申し開きのしようもない。全面的に自分が悪かったし、今思い出しても自分の馬鹿な思いつきを非難したい。手でやった方が確実だし、間違いがないのだ。
だが、家を飛び出すまで喧嘩をしたのには、シグリの言葉に納得がいかないものがあったからだ。
『……結婚して子供を産むのが幸せに決まってるって、それが当たり前だって言うから……喧嘩になって、言い過ぎたけど』
――いくら魔法があったって、それじゃ結婚もできないし、人並みに幸せになんかなれないわよ!
カチンと来て、人並みとは何なのかと言い争ったのだ。どうやらシグリの言う人並みの幸せというのは、結婚して子供を持ち、家庭を支えるという女の仕事を果たすことだという。手に職を付けて外で働く女性ももちろんいるというのに、シグリは自分のように家庭にいることが当たり前の幸せだと思い込んでいる。そして、それをフローレインに強いるのだ。
親を亡くして、家庭のない人だっている。それでも不幸だという顔などしない。なのに、シグリのその考えでは、そういうふうに当たり前でないことは、まるで不幸のようではないかと思って、ひどく反発した。
『そうじゃない人は幸せじゃない? それって決めつけじゃないの? 当たり前じゃなかったら駄目なの? それ――私全然わかんないし、こう、モヤモヤする!』
『レイン』
『普通がいいならこんな、魔法ばっかりの娘に産まなければよかったんだと思っちゃったんだよ。仕方ないじゃん。私、そもそもおかしいんだから。なのに母さん、私のこと普通にしようとしてるみたいで、私の考え過ぎかも知れないけど、なんか……』
せっかく与えられた才能なのに、それを活かすこともなく家に押し込められる生活など、想像ができなかった。母の手伝いをして、自分に向かないということだけはほとほと学んでしまった。魔法を使っている方がよほど楽しいと感じるし、それを捨てろと言われると我慢ならない。
けれど、シグリの望むような、家事の得意な女の子らしい子供でない自分にも、少し悲しくなってしまうのだ。
『普通じゃない私じゃ、母さんにとっては駄目なのかなって。もっと普通の子供じゃなきゃいけなかったのかなって……』
それに、そんなことを思わせるシグリのことも嫌で、つい口が過ぎた。自分が悲しんだぶんひどいことを言い返して、大喧嘩をして――ついでに皿の一、二枚も割って飛び出してきてしまったのは、癇癪以外の何物でもなかったが。
『嫌だな。私、いつまでも子供だ』
母親と喧嘩したぐらいで落ち込む自分が、ひどく幼いように思えて溜め息が漏れる。
ついでのように転がり出てきた涙を擦っていると、ユージオが『いや』と首を横に振った。茜色の瞳が自分を見ていた。
『そういうレインの考えを俺はすごいと思うし、特別だと思う』
『私、変かな……』
特別というのが普通ではないということだろうと、フローレインは思わず呟いた。ユージオはそれについて否定も肯定もしない。
『変でもなんでも、俺はそういうレインが大事だと思うけど、そう思う俺のことをレインは変だと思うのか』
『思うわけない!』
『レインがそうでも、誰かは俺のこと、変だって言うかもな。でも俺はそんなこと気にしない。……普通じゃないことは悪いのか? ただ考え方が違うだけじゃないのか』
虚を突かれて、フローレインは瞠目した。
『考え方?』
『信じてるものが違うとか、大多数に倣わないとか。普通じゃないって、それだけのことじゃないのか』
今ならよくわかる。二人を見ていれば思う。二人は特別で、普通じゃない。人によっては変だと思って見ることだってある。けれどそれを悪いとは決して思わない。
大多数に流されないことも。自分の思うように振る舞って、大勢の輪から抜きん出ることも。――フローレインは一度だって、二人のことを悪いと思って見たことはない。
『俺らにとってレインは特別だけど、それはレインにとって悪いことなのか? それも普通がいいのか?』
その時、フローレインがユージオに何と答えたかは忘れてしまったが、きっと今も昔も同じことを答えるだろう。ユージオとクランカイトが、フローレインのことを特別だと思ってくれることに、どうして問題があるものか。
(私は特別だって、言ってたな)
雲行きが怪しい森の景色を眺めながら、フローレインは手首の紐に指先で触れる。これだけでも一緒に来てくれるなら大きな支えだ。
二人が褒めてくれる、並外れた自分の魔法も好きだったし、特別と言ってくれるのは誇らしかった。家事はやはり好きではなかったが、それも切り捨てずに身につける努力はしてきた。魔法も家事も、どちらの手段も取りこぼさないよう抱えながら、目的を探して過ごしてきた。
(だから私……)
思ったのだ。普通じゃないことは、悪いことなどではない。大多数に倣わず、異端などと呼ばれることが、約束を違えられていい理由にはならない。
父のことは尊敬しているし、母のことも好きだ。それは心の底から思っている。けれど、何もしていない人を裏切るような仕事の遣り方には賛成ができなかった。
そのせいで追い詰められ、フローレインが狙われたことや、クランカイトが攫われたことは、決して肯定されることではない。クランカイトが言う通り、それは間違いない。けれど、彼らにそうさせた両親がまったく悪くなかったかと考えると、どうしても首を傾げてしまうのだ。
(――なのに、最後?)
自分だったらそうしないのに。そう思った。
ふわふわと細く、今にも途切れそうに曖昧に広がっていた糸が、一つに収束するような気がした。そのたび自分で首を横に振って、身に余ることだと目を背けて――でも。
それでも、ぷつりと途切れることはなかったのに。
「……なさい」
「え?」
ぽつりと呟いた言葉は風で掻き消され、並走する軍人の耳には届かなかった。
「何かご用命が?」
怪訝な顔で改めて問い返され、フローレインは弾かれたように顔を上げた。
ごとごとと徐行する馬車の扉を蹴り破り、勢いのまま外に飛び出す。着地すると同時に駆け出し、目を丸くする軍人へとかろうじて言い置いた。
「ごめんなさい!! すぐ戻りますから、ちょっとだけ待って下さい……!」
軍人たちが馬首を翻すより早く、フローレインはその横を慌ただしく走り抜けた。
「フローレイン様……!!」
「お待ちを!」
だが、声を掛けられても足を止めることがないと見て、軍人たちは対応を変えた。
「捕えろ、巫女が逃げた……!」
フローレインはびくりと肩先を跳ねさせる。轟いた大声に驚いたが、すぐに腑に落ちた。
そうだ、彼らにしてみればそう見えるだろう。家族と離れて聖宮に入るのが嫌で、土壇場で心変わりして逃げ出したと見られるのに不思議はない。すぐ戻るという言葉がどうして信用されるものだろうか。
けれど、捕まってしまったらもう会うことができないだろう。ほんの少し言葉を交わせれば、それだけでいいのに、それすらも許されないかも知れない。
そう思った瞬間、フローレインは声を張り上げていた。
「『アスラが一柱、不滅の主の令を以て顕せ』……!」
相手は人間だ。下手をして怪我をさせてはと考えると恐ろしく、フローレインは慎重に言霊を繰りながら魔法の陣を構成する。
土が盛り上がり、地面から一気に噴き出すように幾つもツタが伸びてくる。それらが一斉に馬の足に絡み付き、その歩みを引き止めた。焦れて馬を下りた軍人の足にも、ツタは戒めのように巻き付いて、歩みを阻む。
フローレインはしかし、それだけに留まらなかった。馬車を中心とした道一帯に、魔法陣を幾つも開く。
「『天則の主、完全の主、可能態を現実態へ転じる、語りうるもの、我が意思を証せ』」
次々と現れる無数の魔法陣は、それだけでその場の軍人を畏怖させるほどの異常な数だった。硬直するガレシア軍を前に、フローレインは咆哮のように叫んだ。
「――『時限の桎梏と為れ』!!」
途端に巻き起こった激しい風と雨が視界を遮り、軍人たちとフローレインの間を隔てる。だが、軍人の一人が暴風の中で、今にも魔法陣を構成しようとしている。
「『統治の主』――」
「『善神の王よ』!」
フローレインはすかさずその魔法を遮った。
硝子が砕けるような音を立てて、魔法陣が砕け散る。人を相手に、こんなに乱暴な魔法の使い方をしたことはない。ユージオに知れたら呆れられてしまいそうだと思って、笑いもできなかった。
それでも、どうしても確かめなければならない。
「ごめんなさい……!」
フローレインは謝るなり軍人たちに背を向けて、馬車の轍跡を引き返すようにして走り出した。
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