大人になる日 4
© 2019 sasori_bi 脚を開かされる心許なさが、どうしても一瞬だけ過ぎるのは、本能的なものなのだろう。太い血管が通る場所。急所を晒して無防備になる身体が、危険はないとわかっているはずの理性を上回る一瞬だ。
すぐ後に、押し開くようにして再び埋められる熱に、ユージオはきつく眉をひそめた。重苦しく、空いていたうろが満たされていく。どうしても息を詰めてしまい、そのたびクランカイトに口を抉じ開けられる。喘ぐような呼吸は規則的とは程遠く、うまく肺が膨らまない。
それでもやはり、男の尊厳を奪われるような行為でさえも、少しも嫌だとは思えないのだから、本当に不思議だ。
「……う」
呻くように声を上げると、クランカイトが頬を撫でてくる。
目を薄く開けば、心配そうに翠玉の瞳が見下ろしているのが見えた。わずかに柳眉をひそめ、こめかみには汗を滲ませている。クランカイトの方も、必ずしも快ばかりではなさそうだ。
ユージオもつい手を伸ばして、クランカイトのこめかみに滲む汗を指先で辿る。翠玉の瞳が微光に浮かび上がって見える。焦点の合わない目でぼんやりと輪郭の鈍いその色を眺めていると、クランカイトが長い睫毛を伏せて笑った。
「悪い……うまいこと、いかねえ」
「なに、が……」
「もう少し、ぐらいは……いい思いさせられたらよかったんだが」
ぎこちない交情は、快楽からは少し遠い。幸い痛くはなかったが、慣れない行為は慎重さばかりが先行し、楽しむ余裕などは欠片もない。お互い必死で、精一杯なのがよくわかった。
荒い呼吸が二つ、静かな室内に響く。
ユージオはクランカイトの頬を両手で包む。引き寄せて口付けた。軽く触れただけで、すぐに離れるような拙いものだったが。
「痛くないから、それでいい……手慣れてたら本気で、引く」
仮にこんな行為に慣れていたら、それはかなり腹立たしい。自分を好きだと言ってきたくせに、一体他の誰とこんなことをするのだと詰りたくなるに違いない。だから、慣れていなくても楽しめなくても、それでいいと――それがいいと思った。
クランカイトは苦く笑う。
「そのうちな」
「期待したくない……」
力なくユージオは呟く。腹の底から声が出ない。掠れた吐息のような言葉で呟くが、クランカイトは何も言わなかった。
脚を抱え直される。動くぞと小さく言い置かれ、腰を動かされる。規則的に緩く、腹の奥を突き上げられる感覚は、布越しか何かのように鈍いのに、じんわりと熱や鼓動が感じられて心地いい。
「っ、……ん、……、……っう……」
押し込まれるたび、呻くような切れ切れの声が、吐息に紛れて零れ出る。堪える余裕もない。
クランカイトが息を吐いた。
動きを止め、やはりユージオの顔を窺うように見下ろしてくる。どうしたのかと涙の滲む双眸で見上げれば、ぽつりと不思議そうな問い掛けが降ってきた。
「……察するのも難しいからとりあえず聞くが、どんな感じなんだ」
ユージオは何度か瞬きする。
「……どんな……?」
「入ってる感じ」
「ふざけるなら殴っていいか……」
「殴る気力もないってか」
殴るために力を入れたら、入ってるのがわかるからだ――とはもちろん言えなかった。本音で言えば心底殴りたい。
クランカイトは悪びれもせずに、まじまじと顔を見下ろしてくる。どっか向け、と言ってやるより先に、興味深そうに尋ねて来られた。
「あれに似てるっていうから」
「……あれ……?」
「魔力のやり取り」
とっさに言葉が浮かばず、ユージオが絶句する。クランカイトはそんなユージオの反応を見ながら、たちの悪い質問を重ねた。
「――似てる?」
「知るか!」
「いって……」
やむなく手が出た。そして、殴った拍子に繋がった場所が捩れて、微妙な違和感に「うえ」という色気のない呻き声が出る。意図せず締め付けてしまって、入っている感覚をまざまざと思い知った。
クランカイトは殴られた頬を押さえながらなおもそのまま話題を続けた。
「他人の気配が自分の中に混じるのが似てるって話、聞いたもんで。本当のとこ、どうなのかと」
「うるさい……本当にうるさい」
「どうなんだ」
「やめ」
下腹部を手のひらに弄られる。柔くて脆い下腹に触れられると、素肌の熱がじわりと快楽を呼ぶ。静止の声はどこか哀願の響きが混じった。
他人の魔力が自分の中に入る。そんなことはよほど気を許した相手か、それこそ似たような形質の魔力を持つ親子でもなければ、ひどい違和感か、嫌悪感が起こるような行為だ。幼いことはあまりその意味を深く考えなかったし、だからこそ処置と称して魔力の移譲を行うこともあった。けれど、大人になるにつれ、子供の頃のように他意もなく魔力をやり取りすることができなくなった。――恥ずかしいと思うようになったからだ。
この行為に似ている。そんなことをユージオの方も耳にすることはあったが。
「あんたこそそれ……ここでする話かよ……」
「気になって」
平然と尋ねてくるクランカイトに呆れて、それ以上言葉も出てこない。フローレインの名前を出した時には文句を言われたのに、自分こそこんな時にそんな話題を持ち出すとはどういうつもりなのか。ひとが必死だというのに、そんな思いも知らず、この男――と思って心底憎たらしい。
「ああでも、だとしたらやっぱり、お前にはわかんねえのか。だって魔力を受けてるのは俺の方だし、お前に俺の魔力を移すことなんかなかったっけ」
「あんた自分が何言ってるのかわかってんのか」
「俺は処置で割と慣れてて、気にしたことねえからなあ。だいぶ身体は楽になるから、気持ちがいいと言えばまあそうかも知れねえけど……あ、だとしたらそれ、お前が俺に入れてるってことにむぐ」
たまらず手で口を押え込んだ。クランカイトがもごもごと非難の言葉を口にしているようだが、何を言っているかわからないし、知りたいとも思わなかった。
静かになってようやく手を離したユージオは、身体の中の熱を吐き出すように息を吐いた。
「いいから、ちゃんと……」
自分の意思とは関係なく涙が滲んでくる。羞恥で死んでしまいそうだと思うのも初めてだ。
昔から水遊びやらでお互いの裸など見たと思ったのに、性徴が現れるとそんな無邪気さはなくなった。そのせいか、様変わりした身体つきを見るのも見せるのも異様に恥ずかしく感じる。
「ちゃんと、なに」
その上こんなことを言わなければならないのかと、半分苛立たしくも思いながら、ユージオは消え入りそうな声で言う。
「……集中しろ……馬鹿野郎」
言って、たまらず顔を隠した。
催促しているように聞こえるのではないかと思えて、こんなことを言わせる男に対してますます腹が立った。なのに、こんな半端な状態でくだらない会話を続けるのも耐えられそうにない。
「……なにか言え」
返事が返ってこないことを不思議に思いながら非難げな声を出すと、クランカイトは深く息を吐いた。
呆れたのかと思いながら顔を隠す腕を外してクランカイトを見上げると、すっかり俯いていてその表情を確かめられない。怪訝に思いながら返答を待っていると、クランカイトが低く唸るように呟いた。
「しょうもない話でもしないと、気を……」
「……あ?」
「やりそう」
ゆるりと顔を上げたクランカイトの目は、明らかに平静を取っ払った、理性をほとんど失した色をしていた。
「こわ……」
「何年我慢したと思ってる」
びく、とユージオが身体を震わせる。
クランカイトの手のひらが首筋に触れた。そのままするすると胸を辿り、腹を撫で、高揚を示す下肢を握られる。驚いて思わず声が零れた。
「あ」
「何年――こうしたいと、思ったと?」
凹凸を確かめるように指で丁寧になぞられる。息が震えた。無意識に脚が動いて、繋がった場所が竦む。自分の身体なのに、思うように動かないことがもどかしい。
クランカイトは目を眇めた。低く呟く声は、どこか苛立たしげでもある。
「けっこう……かなり、余裕がねえ」
切羽詰まった呟きだ。そんな顔をすることもあるのだと、ユージオは思わずその顔をまじまじと見た。
綺麗な顔だとは思っていた。昔から人形のような整った顔で、フローレインとそっくりで、性別のない天使かと思うような顔立ちだった。近頃は青年らしさも見えていたが、美しいことには変わりなく。――なのに今、真っ向から見たクランカイトの顔は、劣情に歪んでいる。それを見て、やはり男なのだと思うと同時に、背筋がやけにぞくぞくした。
その表情に見入っていたせいだろう。だから、と続いたクランカイトの言葉に、嫌な予期を抱く暇はなく。
「『痛い』以外は聞かねえ」
頬を寄せるようにして低く呟かれた声と共に、少しばかり違和感が薄れていたものが、ずるりと動いて――思い切り突き上げられて。
腹の奥、じりじりと熱を貯め込んでいた場所まで、突き上げられた拍子にずんと重く響いた。途端、電流のような熱が広がり、下肢が痺れ、力が入らなくなる。
――逃げられない。
本能的にそう感じ、ほとんど途方に暮れるような思いで、ユージオはままならない自分の身体の統制を手放す。もうどうしようもない。自分の身体なのにまるで力が入らない。動けない。
諦めのように、ほとんど喰らわれるような覚悟で、ユージオはクランカイトに身体を預けた。
© 2019 sasori_bi
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