或る軍人の追憶 10
© 2019 sasori_bi 触れた指先が焼けそうに熱い。
触れればいつもひんやりとして、体温が低い彼の身体だ。その落差で余計にそう感じた。屹立に這う赤く濡れた舌も、微かな声混じりに零れる呼気も、何もかもが熱を孕んでいる。肌に焼け付くように熱く感じた。
「……そんなに効いてますか」
いつも触れる身体と少し違う体温に、ウルスラはぽつりと問いを掛ける。不思議な感覚だ。知っている身体のはずなのに、薬一つでわずかに何か狂ったような違和感が起きている。薬のせいなのだろう。
舌でなぞるだけというような口淫をもたもたと続けていたイージアスは、ウルスラの問い掛けに表情を歪め、伏し目がちに答えた。
「っ、前にも、使ってやろうか……」
「構いませんよ。その時は責任取ってくれますよね」
平然と応じると、イージアスはその問い掛けには答えなかった。また眉根を険しく寄せて、おずおずと唇を解く。差し出された赤い舌が、凹凸を辿るようにじれったく這う。
猫が身繕いのために舐めるようなつたない動きを、ウルスラはつい笑った。
「相変わらず、お上手で」
「っ、るさ……」
イージアスの頬に触れ、わずかに唇を開かせる。歯列を指で押さえ、上顎に擦り付けるように口腔に割り入れば、彼がくぐもった声を上げた。
「んう、ぐ……」
ゆるゆると腰を動かして快楽を追えば、イージアスが苦しそうに声を漏らす。
顎を伝って唾液が零れる。押し退けるためか、ウルスラの脚にイージアスの指が触れるが、押し返すほどの力は入らないようだ。苦しそうに呻いても抗う力はなく、ウルスラにされるがまま、屈辱的な奉仕に甘んじる。
そんなイージアスの姿を見下ろして、ウルスラは薄く口元に笑みを浮かべた。
「ほら、歯を立てないで唇で扱いて。舌も使わないと。じゃないと喉まで突っ込みますよ。苦しいの、おいやでしょう?」
「っ、ぐ……んう、……ッ、ふ」
「そうそう。……ま、こんなもんでしょうか。あなたですし」
技巧が稚拙なことには変わりないが、歯を立てないよう彼なりに精一杯口を開いている。嫌悪に眉をひそめながらも、それを堪えて懸命に男のものを咥えている。
気位の高そうな彼にはさぞ屈辱だろう。男の尊厳を捻じ曲げられるような、苦痛を伴う屈辱だ。それでも、必死に耐えて従順な姿勢を見せるのは、長く王都に一人残した罪悪感があるからだろう。
ひどい人だ。領地の仕事があるからとウルスラを王都に残して、王都での代理の用足しに散々使って。自分は議会が始まるまで領地にこもり切りで出てこない。顔を見せてくれることもなければ、寄越す便りも用件しか書かれていない。
悪いと思ってはいるのだろう。けれどそれを、こんなご機嫌取りのような真似で済ませようとする。いつもそうだ。そしてそれがわかっていながら彼の思惑に乗る自分もまた苛立たしく、余計に意地の悪いことをしたくなるのだ。
ぎこちないイージアスの姿に少し満足して、ウルスラは屹立を彼の口内から抜き出す。唾液が伝って、ぽつぽつと寝具に落ちた。
顎を拭ってやりながら、ウルスラは甘く目を細めた。
蒼玉の双眸には酸欠のせいか薄く涙が滲み、薬のために頬が赤く染まっている。唇を引き結び、目だけが険しくウルスラを睨み付ける。
「――だらしない格好、やらしいですね。鏡でも持ってきた方がいいでしょうか。見たことないでしょう」
自分がどんな顔で男を誘っているのか。自覚もないだろう。そんな意図もないはずだ。
だが、普段は色事とは無縁そうな潔癖な姿に反して、明らかに色事を匂わせて服を崩し、反抗的な目つきで見上げてくるさまは、ひどく征服欲を刺激される。
イージアスの肩を押して、寝具へと背中を倒させた。
「……ッ……」
この先何をされるのか薄々勘付いたように、彼はきつくウルスラを睨む。だが、潤んでどこか鋭さの抜けた目は、ウルスラの嗜虐心を煽っただけだった。
「さわ、るな」
「触らないで、どうするんです? 自分で慰めて寝ますか? どうせそれで足りないくせに」
頬に触れて、顎をなぞる。手のひらは喉首を撫で、何とはなしにそこで止まった。
手で覆えるほどの喉首。このまま思い切り力を入れれば、きっと縊り殺してしまうだろう。そして、そうしようと思えば簡単だ。子供の頃ならいざしらず、今の彼と自分の腕力差なら、抵抗すらもねじ伏せられるだろう。
そんな考えがよぎり、ウルスラの腹の中はひんやりと冷たくなる。
すうと目を細め、無言でイージアスを見下ろす。そんな彼に気付いたか否か、イージアスがゆるりと腕を重たげに持ち上げた。
「……ウルスラ」
節くれだった指先がウルスラの手の甲に重なる。普段は青白い肌が、火照りにやられて指先まで熱を持っている。その手が、自分の喉元にある手の甲にやんわりと重ねられた。
青い瞳が窺うようにウルスラを見上げてくる。
「折るか」
たった一言掛けられた問い掛けに、ぞっと背筋が冷えた。触れているイージアスの手が、凍るように冷たい。それほどに身体の感覚が一瞬で狂った。
ウルスラがぐしゃりと表情を歪める。どんな顔をしているのか、自分ではわからなかった。ただ顔色一つ変えないイージアスが憎らしくて、どうしてそうなのだろうと腹が立った。無性に傷付けたい気になって、そんな暴力的な衝動を抑え付けるのに必死だった。
「――――……ッ!」
はねつけるようにイージアスの手を振りほどき、彼の両手首を掴んで、噛み付くような口付けをした。
手首に絡む指は浅く沈んで、骨の感触に当たる。それほど強く握り、押さえ付けていた。けれどもイージアスがその腕を払い除ける気配はなく、唇を解いて口付けを受け入れるだけだ。
「……っ、ン……う」
音を立てて舌が絡む。もっと深くまで探るように舌を割り込ませても、苦しげな声こそ零すものの、拒絶の姿勢は微塵もなかった。
舌を甘噛みして、唇を舌で辿る。それにすら快楽を拾うのか、時折漏れる息が震えていた。跨いで押さえ込んでいた彼の脚も、吐息が揺れるたびに緊張し、びくりと僅かに跳ねる。もぞもぞと落ち着かなげに身体が動いていた。
「……は、……」
唇を離すと、ついと唾液が名残を引く。イージアスが喘ぐように息を吸い、続けて何度か深く呼吸を繰り返した。
そうして静かに目を伏せると、小さく一言呟く。
「……痛い」
「はあ」
ウルスラはどこか間の抜けた返事をした。
てっきり叱責の一つも来るのかと思っていたし、普段の彼ならそうしていただろう。それが、開口一番が文句ではなく、どこか投げやりな言葉だったため、拍子抜けしていた。
イージアスはどこか怪訝な目つきでウルスラを見る。
「手首」
「……あ、はい」
白く指が食い込んでいた手首は、指を離せば赤く痕が残った。血流が流れてじわりと薄くはなっていくが、イージアスはまだ痛そうに手首を擦っている。
それを見ながら、ウルスラは首を横に振った。
「……いや痛いでなく」
「何が」
「もっとこう……危機感と申しますか」
ウルスラの指摘も虚しく、イージアスは眉をひそめて顔を背ける。長い髪がくしゃりと敷布の上でたわんだ。
「馬鹿か……」
嘆息混じりにイージアスが呟く。顔を腕で隠してしまい、どんな表情をしているのかわからなかった。だが、声はやはりどこか投げやりで、諦観に満ちている。
「も……どうにも、ならな……」
「?」
目尻がじわりと潤んでいる。零れる吐息は身体の奥の熱を逃がそうとでもするかのように、ひどく熱を持っていた。声音はもう限界とでも言うような、切実な響きを伴って。
「――れで、楽になるなら……そうして、くれ」
ウルスラは瞳を瞬かせる。
何がそんなに苦しいのかと考えれば、悪戯に盛った薬ぐらいしか心当たりがない。しかもどうやらそれは、ひどい苦痛があるという様子ではなく、ある意味では苦痛かも知れないが、もっと色めいた何か――
「……えっ、マジでしんどい感じです?」
「なんだと……思って……あ!」
ウルスラの手がやや荒っぽく、剥ぎ取るようにイージアスの衣服を寛げた。
薄い布が擦れただけで怯えるように震える身体は、暴いた秘部がひどく濡れそぼっていた。欲情は濃く赤に染まって、その痛切さが見て取れた。内腿を撫でればべたりと滑る感触がある。
「っ、……!」
「あー……」
つらそうだとは思っていたが、ここまでとは思いもしなかった。
イージアスのおかしな反応の数々にようやく合点がいきながら、ウルスラはいそいそと自分の寝間着に手を掛けた。
「……気が回らず大変失礼を致しました。本当ですよ? 悪いと思っています。っていうか、今思いました。本気で反省します」
「お前……ッ!」
「ふざけてません。本当に申し訳ありませんでした、お義父さま。怖れながら不肖私、お許しを乞いたく存じます」
おどけた言葉とは裏腹に、恭しくイージアスの足を手に取る。額づいて、かしずくように目を伏せた。口にしたどれもが、紛れもない本音だった。
「――心の底からお慕いしているので、どうか」
哀願のように縋れば、ぐっと返事に詰まったような表情で、イージアスが一瞬押し黙り。
「後で、お前のを折る……」
恨めしそうな呟きに、どこをだと問い返す勇気はないまま、ウルスラは口付けで誤魔化す手段を取った。
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