聖宮の巫女 2
© 2019 sasori_bi 長い叱責が終わって、そそくさと朝食を済ませた。
朝食の用意は、巫女以外に聖宮に勤める使部の女性が行っている。
彼女たちは表に出てくることはなく、巫女から姿の見えないところで聖宮を下支えする。巫女と接することはなく、外から聖宮へと通って、巫女の世話のために働くのだった。
ときおり姿を見掛けることもあるが、皆総じて口を噤んで、言葉を交わすことはない。始めに姿を見掛けて声を掛けたことはあるが、彼女たちは無言で首を横に振るだけだった。遠巻きにされ、一体どう思われているのだろうと少しだけ恐ろしく思った。
朝食が済めば、聖火を拝する。地元の礼拝堂と同じように、聖宮の中にも火を灯す石造りの塔がある。講義が始まるまでと時間が決まっており、急かされるように巫女たちは移動していく。
中央に煌々と燃える炎は格段に大きく、近くに寄ればわずかな恐怖を抱くほどだった。三日に一度の拝火の儀式は毎日、朝と夕の二度に増えた。
揺れる炎に魔力をくべる。礼拝堂では言われなかったが、聖宮では注げる限りの魔力をすべて注ぎ切るようにと言われていた。自然、火の傍に立つ時間は長くなる。じりじりと肌が熱で炙られ、うっすらと汗が滲んだ。
緊張のせいか、ときおり注ぐ魔力が不安定に揺らぐ。膨れる炎を見るたび、逃げ出したいような恐怖と戦いながら、魔力の量を調整する。
そのせいだろうか。聖宮に来てからの拝火の儀式は苦痛でしかなかった。
膨らむ聖火に不思議と身体が強張った。火に寄る前には、無性に憂鬱でたまらなくなる。炎に手をかざせば足元から恐怖が湧き上がってくる。なぜか、と考えればすぐに答えは出た。
――今は助けがいない。
火に巻かれて助けてくれる二人がいない。見守っていてくれた存在が。
本当はもともと儀式など好きではない。面倒だったし、怖かったし、聖火の塔に入ると気が沈んだ。それでも今まではこんなに苦痛ではなかった。どこかで安心していた。
今はもう、何が起こっても誰かが助けてくれることはないだろう。
「もう結構ですよ」
声を掛けられ、フローレインははたと我に返った。
振り返れば、他の巫女たちが待っている。魔力はまだ尽きていないが、いいと言われたのでもう終わっていいのだろう。長々と時間を取って、面倒くさい奴と思われたのかも知れない。そんなことを思いながら。
「……はい」
そろりと手を下ろして、壇上から降りる。入れ違うように、順番を待っていた次の巫女が階段を上がり、横をすれ違う。
その間際、くすりと笑みの吐息が聞こえた。
「ずいぶん長居して、ご自分の魔力をひけらかしているおつもり? 結構なことね」
小さな声で囁いて、階段を上がっていった。弾かれたようにフローレインは振り返る。だが、当の巫女は後ろ姿を見せるばかりで、一瞥も寄越さない。
無防備だったフローレインの胸を、その言葉は氷柱のように鋭く抉った。まるで思いがけない、身に覚えのない嘲弄だった。
だが、小さな嘲りは他の誰の耳にも届かなかったのだろう。急に立ち止まったフローレインに、階下の巫女たちは怪訝な――あるいは胡乱げな表情をしている。またあの娘はおかしなことをと言いたげに。
フローレインは俯いて、自分の指を握り込む。
魔力の量は、聖宮に来て他の巫女と比較してなお、抜きん出ていた。学校の中よりは目立たないとはいえ、こうして魔力を注ぐのにさえ人より時間を要する。それを、自分の魔力をひけらかしていると受け取られるとは、まさか思わなかったが。
「……そんな、つもり……」
すっかり反論しそびれたまま、誰の耳にも届かないような小さな声で呟いて、俯きがちにとぼとぼと聖火へ続く階段を下りた。拝火を終えた巫女も、順番を待っている巫女も、フローレインに話し掛けてくることがなければ、近付くことすらしない。
ここでは皆がそうだった。
教育係の大祐は、ネヴィンの一件で頻繁に叱りを受けているが、それだけではない。
周囲の巫女たち皆が、フローレインを遠巻きにし、敵視し、排斥していた。始めは気のせいだと思っていたが、これだけ敵意を向けられればさすがに気付く。フローレインの勘違いなどではない。
はっきりと理由を述べられたことがないので、憶測でしかなかったが、原因と思しきものはあった。
――アステリア大史。
フローレインの聖宮での呼び名だった。
他の巫女たちは神部と呼ばれており、呼び方も家名のみで役職名はつかない。その中でフローレインだけが大史と呼ばれる。聖宮に来て講義の中で知ったことだが、大史というのはれっきとした神祇官としての官位であり、主典という役割にあるらしい。つまり、すでにフローレインは官位を与えられているということになる。
思い当たる原因はあった。というより、それ以外にないという特別なものを、フローレインは持っていた。
――《白鴉の魔法使い》。
勲八位、星華章。身につけるようにと指示された、星か花かという形の記章。かつてユージオと並んで贈られた誉れの証を、フローレインはその修道服に着用していた。――決して本意ではなかったが。
『特別扱いされて宮に来たなんて言うから』
原因は、おそらくこれなのだろう。
フローレインは俯いたまま、自分の胸元にある記章をじっと見下ろす。修道服に固定されてずっしりと重く、自分の身体までが重く感じられるほどの、その鬱陶しい存在を。
――こんなもの。
別に欲しくて貰ったわけでもない。誰かもわからない偉い人が勝手に押し付けてきただけの、そんなもののために。
熱くなる目頭をごまかすように、フローレインはきつく目を閉じて、ぐっと歯を食いしばる。ここに来てから、ことあるごとにそうしていた。頭の中がぐちゃぐちゃで、まともにものが考えられない。
握り過ぎた拳が痛かった。
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