聖宮の巫女 17

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 一通目の手紙が届いて以来、定期的にフローレインから手紙が届くようになった。
 聖宮の生活は窮屈だとか、勲章のせいで周りの巫女と少し扱いが違うとか。内容はどこか愚痴っぽいが、必ず文末には元気で変わりないと添えられており、ユージオたちがどうしているのか知りたがった。

 クランカイトはユージオと共に、週末には時折生家に戻っている。その際フローレインの両親、クラウディアスとシグリに手紙を見せると、内密の手紙のやり取りについて難色を示しながらも、やはりどこか安堵の表情が見えた。

 無論、ネヴィンの負担を考えると、手紙の内容はあまり長いものにできないが。

「よかったな。まだ王子のお手付きじゃねえとさ」

 どこにもそんなことは書いていないのだが、書いていないからこそ変わりないのだろうと判断して、クランカイトが揶揄するように言う。
 まんまと反応したアーサーの肩口がびくりと跳ねる。そうも素直に動揺するから、クランカイトがからかうのだろうが、笑い話ではないとユージオが窘めても、アーサーの顔色は戻らなかった。

 だが、次に顔色を曇らせたのはクランカイトだった。

「しかしこう、もうちょっと魔法で連絡が取りやすくならねえもんかな」

 どうしても情報量を限界までこそぎ落とす必要があるため、筆を執るクランカイトが面倒という顔をしていた。奨学生特権で個室を与えられているユージオの自室に、クランカイトとアーサーとユージオが集い、三人揃って手紙の内容に頭を悩ませる。

 まどろっこしそうなクランカイトの言葉に、ユージオが眉をひそめた。

「また馬鹿なこと言い出した。例えば?」
「ほら、昔使ったことあんだろ。集音装置と音響装置を魔法で作って、離れた場所に伝えるっていう……あれをこう……なんか応用して」

 と、窓辺の止まり木にいるネヴィンに木の実をやりながら、アーサーが微妙な顔をした。

「運ぶネヴィンが可哀想だろう……ただでさえそれほど近場じゃないというのに」

 こうも人に懐くカラスが珍しかったようで、アーサーはネヴィンの給餌を進んで担っている。ネヴィンも始めは知らない人間相手に警戒していたが、餌に釣られたか、はたまたアーサーの思いがけない甲斐甲斐しさを気に入ったか、今やすっかり懐柔されていた。翼を撫でられながら上機嫌に木の実をつついている。

 荷物を括り付けられるネヴィンを気遣うアーサーの発言に、クランカイトが首を捻る。

「紙に小さい魔法陣書き込めばギリギリ……どうだ?」
「どうと言われても……俺が考えるのか」

 溜め息を吐きながらユージオが紙片を手繰り寄せる。鳥に括り付けられる程度の小さな紙だ。これに書き込める魔法陣は、かなり小さくなるのではないだろか。となると魔法の規模もかなり狭まってくる。

「その上、聖宮で発動する魔法か。厳しいな」
「レインの魔法で発動するように仕掛けりゃいい」
「そういえばあの紐、いちおう使い物になってたみたいだな。けど、装置が二か所に跨って遠隔で発動するんじゃ、いくら魔法が使えようとおそらく結界に阻まれる。あの紐の効果なんてせいぜい両腕を伸ばした範囲分ぐらい……」

 と、怪訝な顔をしていたアーサーが、堪えきれないというように「ちょっと待て」とユージオの言葉を遮った。

「フローレインの魔法って……なんだ?」
「「あっ」」

 ユージオとクランカイトが失言に気付いてはたと口を噤む。その顔色を見て何か仕込んだと気付いたのか、アーサーが胡乱げな目つきを向けてきた。

「聖宮は魔法の使えない禁域だったはずだが……?」
「あー……そうだったそうだった。忘れてたな」
「……まあ、この話は一旦終わることにして。そういえばちょっと済ませておく手続きがあったんだった。行ってくる」
「おい待て!! 何をしらばっくれようとしている!? 聞き逃さなかったぞ、紐というのは一体――」

 手続き自体は事実だが、この状況ではただの言い逃れにしか聞こえないだろうし、実際にただこの場を逃れる口実でしかない。後ろから慌ただしい足音と共に追ってくるアーサーを振り返らず、ユージオは足早に自室の扉を開く。

「っと……」

 が、危うく廊下にいた人にぶつかりそうになり、足を止めた。
 廊下にいたのは、見慣れない生徒だ。制服を見る限り同年の生徒のようだが、さすがに同じ廊下に連なる部屋の生徒の顔ぐらいは見覚えがある。そして、彼は違った。
 精悍な顔つきと灰色の瞳の、見覚えのない同年の生徒だ。目が合って、彼はその場に留まったままだった。ユージオが一言詫びても、やはり立ち去ろうという気配はない。
 どうしたものだろうかと立ち止まっていると、後ろから廊下を覗いたアーサーが、不思議そうな声を出した。

「イングリッド? なぜここに」
「クレイオ。君もここにいたか」

 呼ばれた彼は、アーサーを見て名前を呼ぶ。どうやら顔見知りのようだ。呼び方から察するに、それほど親しい間柄ではなさそうだが――とユージオは首を傾げる。
 アーサーのさらに後ろからクランカイトが廊下を覗き、怪訝な顔をする。

「? 見た顔だな。誰だったか」
「同級生だぞ。第弐寮のルシン・イングリッド」

 ルシンと呼ばれた青年は、クランカイトに気付くと、じっとクランカイトを見据えた。ルシンの方には面識があるようだが、どうも一方的なものらしい――というのをクランカイトの表情で察したようだ。アーサーが嘆息混じりに言う。

「イングリッドは軍人一族だ。剣術の講義を取っているなら顔を見ているはずだが」
「他寮の生徒がどうしてここに?」

 クランカイトの率直な疑問に同意するように、ユージオもこくりと頷く。それに、制服を着用してはいるものの、その手に携えた模擬剣――それも二本――の存在がどうにも異様だ。
 ルシンはクランカイトから目を離さない。

「アステリアがここにいると聞いて、許可を得て入れて貰った」

 クランカイトはますます怪訝そうに「俺に用か」と首を捻った。名指しを受けて渋々というように廊下に出てくるクランカイトから、ルシンはやはり視線を外さない。表情が変わらないため、真意はやはりよくわからないが。

「手合わせを申し出る。付き合って貰えるか」

 ユージオとアーサーが視線を交わして首を傾げた。クランカイトもとうとつな申し出にいくらか面食らっているようだ。やはり意図が理解できない。
 首を傾げるクランカイトは、返答より先に問いを返す。

「俺?」
「腕が立つと聞いた」

 どうやら鍛練の一環のようだが、何の前触れもないどころか、他寮に押し掛けてまでする話だろうかという困惑が勝った。
 だが、受けるまで立ち去ってくれそうにないと見て、クランカイトはルシンの手から模擬剣を受け取った。半ばまで鞘を抜いて、刃が潰れているのを指先でなぞって確かめながら。

「賭け勝負……じゃねえよな」
「? 何の話だ」
「こっちの話。まあ、断る理由もねえ」
「受けるか」

 率直な問い掛けに「ああ」と答え、クランカイトはルシンを伴って歩き出す。意外なほどあっさり応諾するクランカイトに、拍子抜けの気持ちがないといえば嘘だ。なぜもっと仔細を尋ねないのかともどかしい思いでユージオはそれを追った。

 アーサーも何とはなしに、一緒になって歩き出しながら。

「クランカイトあいつ、恨みでも買ったのか……?」

 こっそりと耳打ちされた疑問に、ユージオもなんと答えていいかわからない。



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