額に浮かぶ汗を手ぬぐいで拭ってやると眉間に寄っていた皺がわずかに緩む。
新野先生は実継の様子を見ているようにと言って保健室を出て行ってしまった。
俺は保健委員じゃないんだが…しかし言われなくても俺はこの場を離れるつもりはなかった。
何となく離れがたいと思ったこともそうだが、俺はこいつが何者なのかを知りたかったのだと思う。
今までほとんど話したこともない、同じ組の仲間。
姿を見る時はいつも授業か何かの時で、組のみんなと穏やかに話している奴だ。
でも実技の時なんかは抜かりなく何でもこなすとは思っていた。
しかし抜きん出ているわけではない。
もしこいつの実技の成績がいいとするなら、三年にしては難しい忍務についたっておかしくはないと思えたんだろうがな…。
そんなことを考えていた時、実継の目が静に開かれた。
「気がついたっ!?」
声をかけた瞬間、体をはっ倒された。
息つく暇なく俺の上に乗ったと思えば、首もとには冷ややかな感覚だけが鋭くあてがわれた。
そして視界を埋め尽くす実継の顔。
降りきった前髪から覗く瞳は剣呑な光を宿し俺を射殺さんばかりに睨み付けていた。
背筋が震え上がった。
首もとの凶器は寸分の狂いもなく急所を掻き切ってしまいそうで、躊躇いなんて微塵もないような、まるで、
本物の忍のようで
「…どう、します?」
少し掠れていて冷めきった声。
戦場にも出たことの無い俺達が聞いたことがあるはずない、殺気に満ちた声だったんだろう。
しかし未だ毒が抜けきっていなかったのか顔を歪めて俺にのし掛かってきた。
「っおい、実継!?」
声をかけてみるも反応はない…しかし呼吸は落ちつているようだし多分、大丈夫だろう。
それにしてもこの反応の良さは一体何なんだ…こいつは何を持っているんだ?
「…………て、…せ…」
戸惑う俺の耳に届く実継の声はか細い。
弱々しいく呟かれる言葉は聞き取ることができないが…こいつ、魘されてるのか?
手は凶器を手離してはいないものの、空いている手は俺の肩をがっしりと掴んでいる。
しかしその手は……震えていた。
「……大丈夫だ、実継」
どうしてそんなことを言ったのか、今でもよく分かっていない。
ただ震えるあいつに、俺はどこかで守ってやらやきゃならないんだと感じていたんだと思う。
きっと一人で何かを抱え、俺たちの知らないところで独り忍になっていきそうなこいつを。
それから俺は実継を目で追うようになった。
何しろ俺が一方的にあいつのことを気にしているだけだったから、声をかけることも憚られてな…。
時折一人で鍛練しては表情を曇らせる実継を見るたびに、何をしているのか知りたいと思った。
けどそれを聞くことは忍たまの俺たちとて例外なく禁忌だ。
ただ学園にいる間は何かがあった時に手を貸すことができないかと思い、ただ見ているだけだった。
そのうち五年になった頃、姿が消えた。
そして知らされた、御使いの内容。
いつまでも帰ってこない実継。
導かれる答えはひとつだった。
だが俺はそれを易々と信じることはできなかった。
実継の努力を、実力を、見て知っていたから。
だから俺はひとつの噂を流すことで実継の存在をこの学園から消さないように仕向けた。
六年生の長屋の端には、優秀な忍たまの幽霊がいるのだと。
我ながら強引ではあったと思う。
だがこれで実継の名前が消えることはない。
それと同時に実継の名前を広く知らしめることにもなるだろう。
あいつは委員会にも所属せずひたすら御使いに打ち込んでいた為に他学年の生徒にほとんど認識されていない。
それはけして良いことじゃない。
俺はあいつの存在がこの学園になくてはならないものだと思っている。
それにきっと、下級生にとっても良い先輩になる!間違いない!!
早く戻ってこいと、ずっと実継を待ち続けてきたんだ。
そして今、あいつは帰ってきた!
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