どんくさい?
私は奴の何を知ったつもりでそう思ったのか。
夜営場所となる洞穴の発見から罠の仕掛け、食材調達までどれほどの時がかかったか。
…長いのではない、短すぎるのだ。
この建穂という男は何食わぬ顔で淡々とそれらをやり遂げてみせた。
圧巻だ。
二年生の忍たまに何がわかるものかと言われるかもしれないが、奴の技術は本物だ。
それこそ、私が目指す完璧に程近い。
「立花君?」
「っあ、ああ…なんだ?」
「いや、すこしぼーっとしていたようでしたので。こんな真夜中ですから眠くなって当然ですよね」
…馬鹿が。
忍者の修行を始めてもう二年経っているんだぞ?
忍の本領たる夜に眠くなるわけがないだろう。
しかし思い耽っていたことにかわりはない…見透かされているのだろうか。
「いや、すまない。少し考え事をしていた」
「そうでしたか。それなら先に休んでくださって構いませんよ?見張りは交代で行うものですしね」
実に柔和な笑顔だった。
……とても年相応のものとは思えない。
同年代がする無邪気さなどではなく、時折先生方が浮かべるようなそれに程近い。
自らの内を悟らせまいとする、偽装の笑顔。
こいつは本当に二年目の忍たまか?
私が過ごしてきた一年と建穂の過ごしてきた一年にどれだけの差があるというのか。
愕然とする私を見なかったかのように奴は此方に背を向け、見張りの任へと戻っていった。
何もかもが不可思議な存在の同級生。
私の目指す完璧を身につけている者。
……理想、そのものかもしれない。
―…カランカラン…
「「!?」」
軽い音が僅かに響いたと気付いた瞬間に奴は暗闇の中へと飛び込んでいた。
私も数拍置いてから入口まで駆けつけクナイを手に辺りの様子を伺う。
建穂は音の方へと向かったのだろうか…その物音すら感じられない。
しかし罠にかかる程度の何かだ、遅れをとるようなことはないだろう。
やがて月光が差し込み辺りが俄に青白く照らされた。
その光を受けない木々の向こうから、小さな足音をたてながら建穂が戻ってきた。
奴の力量なら足音などたてるわけも無いと思ったが…やはりそこは二年生ということなのか。
「戻ったか。何があっ…」
月光に照らされて浮かび上がる新鮮な赤。
それは建穂の頬を彩り不気味な輝きを放っていた。
そしてゆっくりと歩み寄ってくる奴は、ゆるゆると視線を私とあわせてきた。
交わってみてはじめて分かった…今奴は何も瞳に写していない。
虚ろという言葉はきっと今の建穂を表すための言葉なのだろう。
意思がまるで読み取れない…恐怖を覚えて背筋が震えた。
「すみません。逃がしてしまいました」
「い、いや…」
声をかけられてはっと我にかえった。
声が裏返るのではないかと…いや、こんなことで何を動揺しているのか。
私達は忍をめざす忍たまだ、いつかはこんな日だってくる筈だ。
それがただ、建穂にとって今日となってしまっただけ。
「すみません……見張り、交代していただけますか?」
「ああ。お前は休んでおけ」
言えば視線を地へと落とし、奴はそのまま寝床の奥へと姿を消した。
考えてみれば当たり前のことだ。
奴は私よりも完璧に近いかもしれないが、近いだけでまだ完璧ではない。
動揺から思考が止まり無感情のようになってしまったところでおかしくないだろう。
建穂もまた、完璧を目指すその途上にあるのだ。
それを目指す理由など私と同じわけもないのだろうが、奴は紛れもなく私の同志。
だがそうだとしても私達の関係が劇的に変わるわけもない。
完璧を目指すとて、そこに仲間など必要ないのだから。
これは常に己との戦いだ。
それは奴もわかっている筈。
だから多くを語ることはないのだろう。
今は間違いなく建穂が私の前を行き、その背を見せつけている。
だが私は必ず追い付く。
より完璧を目指して、必ず辿り着く。
そしてその背を超え、奴の前に立つだろう。
私は誰よりも完璧でありたい。
この思いをより強くさせたのは間違いなくこの出会いだった。
しかしその二年後、建穂は忽然と姿を消した。
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