声で伝わるその表情

次の怜の特訓日。私の担当だと張り切ったその日は雨だった。
そして特訓の代わりにハルの家で緊急作戦会議が開かれた。

「えーこれより『なぜ怜ちゃんは泳げないのか?をみんなで考える会』を始めたいと思います」

渚の言葉に続いて小さく拍手をすると怜は少し居心地悪そうに身動ぎした。
意見のある人、と渚が言うとすかさずハルが「水に嫌われてる」と意味深な発言をする。

「怜ちゃん可哀想……」

哀れみの目を向ける渚に若干呆れたように真琴は「んなわけないだろう!」と言う。

「運動神経鈍いとか!」

「コウちゃんそれおかしくない?運動神経鈍かったら高跳び出来ないでしょ」

「あ、そっか」

「怜ちゃん走るの早いよ。テストの点数もいいし」

運動神経いい上に頭もいいのか……と真琴と一緒になって感心していると、ハルが

「サバ、好きなのか?」

「なんでそーなるの!?」

「DHA……」

「え、そうなの?怜ってサバ食べてたから頭よくなったの?」

「分かった!頭が重いんだ!!」

「勉強のしすぎで脳みそが!」

みんなで勝手なことを言い合ってたせいか、突然怜は堪えきれなくなったように机をバンッと叩いた。

「もういいです!!!!そもそも皆さんの教え方が悪いんです!ちゃんとしたコーチがいれば僕だって……!」

あ、人のせいにしたー。
むぅーと怜の方を軽く睨むと、真琴が突然大声をあげた。

「コーチといえば……!」

いいコーチに心当たりがあるのかと思えば、数分後には目の前にピザ。そして懐かしい顔。

「笹部コーチお久しぶりでーす。篠宮結衣です。覚えてますか?」

笹部コーチは岩鳶スイミングクラブに通ってた時のコーチ。スイミングクラブが潰れてから何してるのかと思えばピザ屋のバイトをしているらしい。なぜピザ屋。

「おおっ、結衣か!久しぶりだなー。美人になったなぁ」

「えへへーもっと言って下さい」

「笹部コーチ、結衣が調子に乗るんでそこらへんにしてください」

仲裁に入る真琴に向かって舌を出すと、コーチは昔から変わらないなぁと言った。

「で、コーチ。本題なんですけど……」

「ああ?金ヅチの面倒見ろってのか?元コーチの俺に」

笹部コーチは渋い顔をする。それもそうか。

「異議あり。僕は少なくとも浮くので金ヅチではありません。例えるならそう、潜水艦だ」

「ブフォッ」

怜がどや顔でまた面白いことを言う。お腹いたいよ!潜水艦って!潜水艦……っ!

大爆笑する私を余所に渚は一人でいくつもピザを頬張りながら笹部コーチにお願いする。

「ねぇ、吾朗ちゃん。なんとか泳げるように、してほしいんだ」

「渚、お行儀悪いよ。てか、一人で食べないでよ!」

渚に注意しながらこれ以上とられる前にピザを死守すると、笹部コーチが渋い顔で口を開いた。

「食うかしゃべるかどっちかにしろ!俺は忙しいんだよ。そのくらいお前らが教えてやれ。じゃーな」

行ってしまった……。

「ダメか……」

肩を落とす真琴を慰めようとタバスコを大量に振りかけたピザを渡したら丁重にお断りされた。



次の日は快晴。水泳部はまた怜の特訓に励んでいるんだろうなぁと思いながら、私は文芸部へ顔を出す。今日は部誌発行の打ち合わせだ。

「部誌については以上だ。なにか質問は?」

ちらほらと質問があがり、部長はそれに適当な感じで答えていく。そんなこんなで部誌の発行について大まかなことは決まり、あとは書くだけなのだが。

「どーしよーかなー」

ネタが思い付かない。大抵いつもは恋愛ものか推理ものなんだけど、どれも気乗りしないというか。

「副部長、行き詰まってるねー」

柚香先輩から面白そうに言われてむぅとふくれる。他人事だと思って呑気だ。

「なかなかいいネタがなくて……先輩は決まってるんですか?」

「まあねー。今回はちょっと変わったもの書いてみようかなーって。結衣ちゃんもジャンル変えてみたら?」

「うう……」

実際その通りかもしれないが、ジャンルを変えると書きづらそうだ。ああ、どうしよう。
だからといって、いくら悩んでいても仕方がない。ネタ探しに出よう!



「ねぇ、なんで私電車に乗ってるの。というかどこ行くの」

日曜日。小説のネタ探しをしようと近所を散策する支度をしてたら突然の真琴の訪問。

『結衣、ちょっと買い物に行かない?』

『行かない。私、今日は近所を散策するの』

『小説のネタ探してるんだろ?いいネタあるかもよ?』

『え、行く!』

てっきり近所かと思ったら、何故か駅に連れてかれ、しかも水泳部集合していて、そこで初めて私は真琴にホイホイと釣られたことが分かった。

「今日の教訓は知っている人にホイホイと着いて行かないということね」

「そう拗ねるなよ。なにかあとで奢ってやるから」

真琴にポンポンと頭を撫でられ、私はそっぽを向く。なんか懐柔されているようで面白くない。

「で、なんで水着買いに行くのに天ちゃん先生は着いてきてくれなかったんだ?」

真琴の疑問に確かに……と納得する。確か、天ちゃんって

「東京で水着メーカーのOLしてたんですよね?」

コウちゃんの言葉で天ちゃんが水着メーカー働いてるところを思い浮かべる。……想像出来ない。

「誰か頼みに行かなかったの?」

「それがお願いしたんだけど……」

渚の話だとお願いしたら、「日曜日は用事が」とか「メーカーの関係で公正な目で判断できない」とか曖昧な理由で断られたらしい。

「その曖昧極まりない言い回しは何なんですか……」

怜の言葉にうんうんと頷く。天ちゃん……怪しい!!

電車に少し乗った先の駅にこの辺で一番大きなショッピングセンターがある。そこで今日は怜の水着を買うらしい。

「へぇー……結構いろんな種類があるんだ」

「競泳用っていってもいろんな形、柄、色とかあるんだよー。まあ、遊ぶのに比べたら地味だけどね」

コウちゃんと一緒に水着を物色している傍らで、一年コンビははしゃぎ回っていた。今日は怜の水着を買いに来たことを分かってるんだろうか。

「ゆんちゃん、見てみて!!……理論は全て頭の中に入ってません!!」

「ブフォッ!!やばっ……渚それやばい!!」

怜のメガネをかけてどや顔で怜の物真似をする渚。そんな渚を怜はメガネを取り返そうと追い回す。

「遊んでないで真面目に選びなよー……ハル?なんで水着持ってるの?」

何故かハルは水着を持って試着室に向かっている。

「水着試着するから」

「は?水着いっぱい持ってんじゃん。しかもそれと似たようなやつ」

「いや、違う。着てみれば分かる」

ハルはそう言うと試着室にこもった。隣の試着室に怜も入る。

「……着替え終わった?」

渚が声をかけると「やはり僕にはブーメラン型より」と言いながら怜の試着室のカーテンが開いた。

「こっちでしょう」

「「「レインボー!?」」」

怜がキメ顔で身に付けていた水着は足首まである形。しかし、レインボー柄。されどレインボー柄。

「怜だけにレインボーかぁ!」

「ブフォッ」

「え、今の笑う要素あった?」

「結衣の笑いのツボが分からない……」と呟く真琴は怜の水着を見て軽く引いているようで直視出来ていない。

「それぞれの色が心理学的に与える効果を考えてのことです」

怜の説明がさらにツボにハマる。あり得んわ……怜のその才能素晴らしすぎる。

「似合う似合わないは問題じゃないのか」

真琴がボソリと呟くが、そもそもそんなこと言ったらそれまで怜が履いていた渚のブーメラン型水着もあんまり似合っていなかった。から、そこは重要じゃないんだろう。

「俺も着替えた」

隣の試着室から声が聞こえて、カーテンがシャーと開く。

「どうだ」

ハルが身に付けている水着は……いつもと変わらない。

「ヤバい……いつも履いてるのと違いが分からない……!」

「右に同じ!」

「一緒じゃないの?」

当然の渚の疑問にハルは嬉しそうに語る。

「違う……締め付け感が、イイ」

はい、ノーコメント!

それからは何故か渚と真琴までもが加わり、水着試着大会が始まった。

「コウちゃん……嬉しそうだね」

試着室を見ながら嬉しそうに輝くコウちゃん。

「試着室と筋肉。この非日常的な組み合わせもいいと思わない?ね!」

「う、うん……」

コウちゃんの言葉に曖昧に頷く。ごめん、よく分からない。

「じゃーんっ」

渚はギンガムチェックの可愛い水着姿を披露。

「おおっ、似合う似合う!!」

「うわっ、すっごい似合うよねー……」

これが似合うとか凄いわ渚。あざとい。

「……変かな?」

真琴は全身を覆うオールインワンタイプの水着。引き締まった筋肉が強調されている。

「マコちゃんかっこいい!!」

「真琴こういうのも似合うよね。うっわー、背中の筋肉やばっ」

そう言いながら真琴の体をペタペタ触る。ちょっと鍛えただけでもきちんと体が出来上がっているのが分かる。

「ちょ、ちょっと、結衣!!人の体触るなよっ!!」

「ああ、ごめんごめん」

顔を真っ赤にしながら叫ぶ真琴。あんたは女子か。

そのあと怜が全身蝶柄の水着を披露したり(あれは最高すぎるっ……!ツボに入ったわっ!写メ写メ!!)ハルがいつもと変わらない水着を披露したところでそろそろ飽きてきた。コウちゃんも同じようで輝きがなくなってる。

「私、ちょっと自分用に水着見てくるー。コウちゃんは?」

「私はいいや……飲み物買ってくる」

コウちゃん達と別れ、女性用の水着を見に違うフロアへ。やっぱり新しい水着欲しいしね。学校のプールでも海でも泳ぎたいし。

気に入った水着を見つけ、購入したあとちょっとぶらぶらと外を散歩する。なんだかんだで水泳部と行動すること多いなぁ……。このまま半強制的に水泳部に入部させられたらどうしよう。とか考えてたからなのか、

「ぶっ」

「おわっ」

人に思いきりぶつかってしまった。そのまま尻餅をついてしまう。

「おい、大丈夫か?」

「あ、はい。すみませ……り、凛……」

そこには何故か凛がいた。何で、凛がここに。

「……いいから立てよ」

差し出された手に甘えて立ち上がる。温かい手。

「怪我、ないか?」

「う、うん。ごめんね」

「別に……」

「……」

沈黙が気まずい。凛は軽く舌打ちをし、そのまま立ち去ろうとする。その背中に私は慌てて声をかけた。

「あ、あのさ、ハル達もここに来てるんだよね。水着、買いに来てて」

「知ってる。さっき、ハルに会った」

「そ、そっか……」

どうしよう。なにか言いたいのに言葉が出てこない。
凛はいきなりこちらを向くと真っ直ぐ私を見つめる。

「俺は県大会でアイツと決着をつける。……だから、お前も見に来いよ」

驚いて凛を見つめる。言葉が、出てこない。胸がいっぱいで。
だって、またあの景色が見れるかもしれない。凛とハルが一緒に泳いだら。

「……楽しみにしてる。頑張ってね。……それとさ、凛」

今なら聞ける気がした。

「あのときの約束、本当に忘れちゃった?」

凛は背中を向けるとゆっくりと歩きながら確かに言った。

「県大会で俺がハルに勝ったら、必ず言うから」

やっぱり、あの頃と変わらないんだって信じていいんだよね?