私だから気付く事

「くううーっ!生き返る〜」

熱いお風呂につかりながら思わず唸ると、天ちゃんが「あらあら」と笑った。

「日本人はやっぱりお風呂よねえ」

「ですよねーうあー気持ちいいー」

旅館に戻り、私とコウちゃん、天ちゃんはとりあえずのんびりとお風呂に浸かることにした。
源泉かけ流しのお風呂が合宿での一日の疲れを癒してくれる。ぼーっとしながら湯船に浸かって、のんびりするのが一番リラックスできて、日本人でよかったなあとしみじみ思う瞬間だ。

「……結衣ちゃん」

コウちゃんがすすーっと私のそばにやってきた。ポニーテールをお団子にしてくくっているコウちゃんもかわいい。そろそろ茹り始めているのか頬を真っ赤にしている。

「コウちゃん?どしたの」

コウちゃんは私をじろじろと眺めるとはぁーっとため息をついた。なんだなんだ。

「結衣ちゃんってスタイルいいよね…」

「ええっ、いやいや!私よりコウちゃんの方が細いじゃん!!」

いきなり何を言い出すのかと思えば……

「でも、出るとこ出てるし、ひっこんでるとこひっこんでるし……羨ましい」

「それをいうならコウちゃんだってそうじゃん!私ももうちょっと細くなりたい……それにさ、私より……」

コウちゃんと一緒に天ちゃんをじーっと見つめると、天ちゃんは「えっ、何!?」とうろたえ始める。

「天ちゃん、スタイルいいですよねー。羨ましい!」

「それ分かる!天方先生、スタイルすっごくいいですよね!!」

天ちゃん、意外と着やせするタイプだったらしく、隠れ巨乳でしかもくびれもあってスタイル抜群!羨ましいです

「そ、そそそんなことないわ!!!……二人とも若いんだし、ねえ」

天ちゃんはあからさまに狼狽するとそれより、と言っていきなり話題を変えた。

「篠宮さん、七瀬君と橘君と幼馴染なのよね?二人とも昔からああいう感じなのかしら?」

「そうですねえ……二人とも変わってないですね。ハルは昔っから無愛想だし、あ、でも昔の方がまだ可愛げがありましたけど。真琴は昔から世話焼きで……よくハルと私と弟妹の面倒見ていました」

でもあの頃に比べたら、私たちは幾分か大人になった気がする。
昔の私たちは未熟で、幼くて、互いに足りない部分を補うように依存しあっていた。今でもそうだけど、昔に比べたら少しは成長しているはずだ。

「昔は私って泣き虫で、よくハルと真琴を困らせたりしてましたね。中学の時はこのままじゃいけないと思って、ハルと真琴から頑張って離れようとか思ってましたけど……」

小さい頃は、ハルちゃん、マコちゃん、って二人といつも一緒にいた。二人の後をいつもくっついて歩き回って、私が泣くとよく慰めてくれたっけ。
中学に入ると、そういうのがちょっと恥ずかしくなって、七瀬君、橘君ってよそよそしくしたりしてたっけ。ハルは気にしてなさそうだったけど、何も言わなかった真琴はちょっと寂しそうな顔してたなあ。
それでもハルたちのことが気になって、水泳部こっそりのぞきに行ったりして。そうこうしてるうちに、スイミングクラブが潰れちゃって、ハルが競泳をやめたのと同時に私も写真を撮る趣味からなんとなく離れて……

「いろいろ考えると私って結構中途半端なんですよねー。そこは今でも変わってないかもしれません」

「でも若いうちはなんでもできるからいいのよ。こんな名言があります。『若いうちの誤りは、きわめて結構だ。ただ、それを年をとるまで引きずってはならない。』」

「天ちゃん、また名言ですか……」


コウちゃんがのぼせそうになってたので、私たちは早々とお風呂から出ることにした。脱衣場で火照った体を冷まし、浴衣に着替え、髪をまとめる。

「うん、よしっ。コウちゃん、あとで卓球でもする……って大丈夫?」

コウちゃんは脱衣場で扇風機を浴びながらぐったりしていた。

「うん、平気ーちょっとのぼせちゃったみたい……私、涼んでから戻るから結衣ちゃん先に戻っててー」

「ついてなくて平気?」

「うん、ちょっとのぼせやすくて……いつものことだから心配しないで」

コウちゃんが心配だったけれど、大丈夫と押し切られ脱衣場をあとにすると

「あ」

「あーゆんちゃん!」

渚と怜に遭遇した。そういえばハル達、ここのお風呂使わせてもらってるんだっけ。

「ゆんちゃん、浴衣だー!ちょっと色っぽいね?」

「そう?普通だよ。渚たちはここのお風呂使わせてもらうことができてよかったねえ」

「はい、源泉かけ流しでとてもいい湯でした」

ほっこりした顔で言う怜。いいリフレッシュになったみたいだ。

「その割に怜ちゃんすぐのぼせてたよね」

「なっ……ぼ、僕は長風呂はしない主義なんです!」

「あははっ。そういえばハルと真琴は?」

渚と怜は揃って男湯の方を見やる。

「遙先輩がまだ上がらない様子だったので、真琴先輩が付き添ってます」

「ハルちゃん、お風呂好きだもんね」

「ハルのってお風呂好きっていうの……?」


渚と怜は湯冷めする前にテントに戻ってしまった。私も湯冷めする前に部屋に戻るかな……と、その前に。

「湯上りにフルーツ牛乳飲みたいんだけど、置いてないのかな……」

宿内にある自販機を探してみたが置いてないみたいだ。ううーん、残念!

「とりあえずコウちゃんも天ちゃんも部屋に戻るころだし、私も……ってうわっ」

「おっと、すみませ……あ、結衣」

部屋に戻ろうところで誰かにぶつかったかと思いきや、それは真琴だった。

「真琴か……びっくりした。あれ?ハルは一緒じゃないの?」

「ハルは先に戻っちゃったよ。俺はちょっとお茶買おうと思って」

「そっか。あ、合宿お疲れ様ー」

「結衣こそお疲れ様。正式な部員じゃないのにいろいろ手伝わせて悪いね」

「別にいいよ。今さらでしょ」

「そうだね」

真琴はクスリと笑うと自販機の前でちょっと眉を下げた。

「どしたの?」

「いやあ。なんとなくオレンジジュースが飲みたくなって。でもお茶も飲みたいし」

「お茶と両方買えばいいじゃん」

「そんなにいらないよ」

「じゃあ」

私は自販機でオレンジジュースのボタンを押して購入すると、はいと真琴に手渡した。

「え?」

「一口だけあげる。一口だけだからね!あとは私のだから」

「……いいの?」

「それぐらい別にいいよ」

真琴はプシュッと缶を開けるとオレンジジュースをゴクリと飲む。喉が一回だけ動いた。

「ありがと。……えっと、俺の飲みかけだけど、」

「別に今更気にしないって」

私は真琴から缶を奪うとそのまま口をつけて飲む。喉に伝わる冷たいオレンジジュースが気持ちいい。
真琴はなぜか口を押えたまま、自販機でお茶を買い始めた。

「……結衣のそういうところって昔から変わらないね」

突然、真琴がそんなことを言い始めた。自販機の方を向いていて表情がよくわからない。

「そういうとこって?」

「いや……ごめん、なんでもないよ」

こっちを振り向いた真琴はちょっとだけ悲しそうな顔をしていた。多分、私の気のせいだろうけど、なぜだかそう見えた。

「昔から変わらないのは真琴も一緒でしょー。未だにチョコ好きなとことか。それを言えばハルも昔から鯖好きだよね」

「うん。俺達って本当変わらないね」

「……ねえ、マコちゃん」

私がそう呼ぶと真琴は驚いたように目を見開いた。そして、小さく笑う。

「その呼び方も懐かしいね、ゆんちゃん」

「聞きたいことがあるんだけど」

「んー?」

「……本当に、大丈夫?海、怖くない?」

真琴の表情が少しだけ翳る。

「……恐くない、って言ったら嘘になるかもしれない。けど、今はハルもいるし、渚も怜もいる。何より合宿に行くって決めたのは俺だ。だから、大丈夫だよ」

「うん……無理しないでね」

「ああ」

真琴と別れてから私はすぐに部屋に戻らずに、その場にたたずんでいた。
真琴はやっぱりまだ海が恐いんじゃないだろうか。あの事故があってから真琴はしばらく泳ぐことを怖がっていた。でもスイミングクラブでバックを習い始めて、ハル達とリレーをしてからはそんなことなくなったと思ったけど……。

「大丈夫、だよね」

真琴が大丈夫っていうなら、それを信じよう。きっと大丈夫なはずだ。
しかし、私の胸のうちの不安を表すように外は風が強く吹き始め、雲が遠くから押し寄せてきていた。
少し、天気が荒れそうだ。


部屋に戻るとコウちゃんがノートとにらめっこしていた。

「コウちゃん、どうしたの?」

「うん、ちょっとトレーニングの調整とか。怜くんにはまだキツイみたいだし、無理ないメニューにしないとね。それから結衣ちゃんにちょっとお願いがあるんだけど……」

「ん?」

「お願いっ!時間がある時でいいから、鮫柄水泳部にいって見学させてもらえるかどうか、聞いてきてくれないかな……?」

コウちゃんに上目遣いでお願いされたら、断るわけにはいきませんよね!

「うん、いいよーお安いご用です!」

「一応、御子柴部長には話してあるんだけど、確認ってことでお願い!いつ頃行けばいいとか聞いてほしいな」

「わかったーそれにしてもコウちゃん、ますます敏腕マネっぷりが板についてきたねぇ……」

「えへへっ、そう?」

「うんうん。ところで天ちゃんは……」

部屋を見渡すと、天ちゃんは先に布団を敷いてぐっすりと眠っていた。

「早っ!」

「天方先生、お疲れみたい……」

「まあ、部活の合宿の引率なんてしたことないだろうしねー。新任でクラス担任、部活の顧問って天ちゃんも大変だよね。私達の宿代も出してもらったし」

「そうだね」

コウちゃんと顔を見合わせて、二人でふふふ…と笑う。

「結衣ちゃん、明日も頑張ろうね!」

「うんっ、コウちゃん!」

合宿はまだまだ始まったばかりだ。みんなが、この合宿で少しでも成長できるといいな。