オレンジの陽

鮫柄学園に侵入した翌日。私達は職員室にいた。

「ばかもーんっ!!お前たちは反省する気があるのか!!」

「「「すみません」」」

「廃墟の次は余所の学校のプールに無断で侵入とはどういうことだ!!まったく……向こうの先生が大事にはしないと言ってくれてるからいいものを……」

「……だから止めとけって言ったのに」

怒られると思ったから嫌だって言ったのに、なんで私まで怒られてんだろう。ハルに至っては反省の色が見えない。

「まあまあまあ、先生その辺で」

天ちゃんが仲裁にきてくれた。さすが天ちゃん!!

「ほら、こんな名言もあります。古代中国、周の時代の軍師太公望が金魚鉢をひっくり返して」

天ちゃんのフォローは先生の「金魚は嫌いですな」という言葉によって不発に終わった。

「天ちゃん先生、いまいち助けにならなかったね」

「でも結局金魚はどうなったんだろう……」

「天ちゃんが言いたかったのって覆水盆に返らずのことじゃない?一度失敗したことは取り返しがつかないよってこと。
太公望が読書ばかりしてたから、奥さんが愛想つかして出ていっちゃったんだけど、その後奥さんは復縁を求めてくるわけ。で、太公望は盆に入った水を溢して「この水を元に戻せたならば、復縁に応じよう」って言うのね。でもそんなこと出来ないじゃない。つまり、一度別れたから元サヤには戻らないってことね。
天ちゃんが言ってた金魚鉢っていうのは太公望が釣り好きを意味するから?因みに英語にすると『It is no use crying over split milk』ね」

「「……」」

……いかん。つい熱が入ってしまった。国語は好きな分野だから語っちゃうんだよなぁ。

「……すっごーいゆんちゃん物知りだね!」

「あ、ははは……そ、そう?」

「へぇ、そうなんだ!ハル、知って……あれ!?」

気がつくとハルがいない。どこいった?

「ハルちゃんなら、ねぇ!」

渚が指差す先には荷物をまとめて廊下を歩くハルの姿があった。帰るの早すぎ。

「あ、江ちゃん!!」

「こうちゃーん!」

廊下の向こうからやって来るコウちゃんを見つけ、勢いあまって抱きつく。コウちゃんは私を抱き止めると渚に「だから江じゃなくてコウって呼んで!」と詰め寄る。

「どっちでもよくない?」

「よくない!」

渚は乙女心が分かっちゃいないな……。

コウちゃんと渚は「コウ」「ゴウ」と言い争いを始める。一年生は本当可愛いね!私もまだ若くて可愛いけどね!

「それでお兄ちゃんとは会えました?」

「それがさー聞いてよ!凛ちゃんってば酷いんだよ四年ぶりだったんだよ!なのに、いきなりハルちゃんに向かって勝負!とか言ってさ、僕たちのことなんか完全にスルーだよ。積もる話とか全然なし!!」

憤る渚の気持ちはよく分かる。あの時の凛はまるでハル以外はどうでもいいというような冷たい目をしていた。

「コウちゃんは凛から何も聞いてないの?」

「メールも携帯も返信ないし、寮に電話しても出てくれないし」

寂しそうに言うコウちゃん。昔からお兄ちゃんっ子だったから凛の変わりように寂しさを感じてるんだろう。コウちゃん泣かしたら凛でも許さないからねっ!!

「凛ちゃんなんであんな変わっちゃったんだろう?オーストラリアで何かあったの?」

「ハルに闘争心剥き出しだったよねー……あんなにハル、ハル言っててもしかしてそっちに目覚めたとか……あいたっ。真琴、冗談だって」

コウちゃんはちょっと苦笑すると分からないんです、と首を振る。

「でもみなさんと再会すればなにか分かるかなって思って」

「あ、ひょっとして、スイミングクラブに凛が現れたのはコウちゃんの仕業!?」

真琴の言葉に思い当たる節がある。確か、私達がスイミングクラブに行く話をしたときコウちゃんは屋上にいた。だからタイミングよく凛が現れたのか……。

「えっ、えっ仕業っていうか……悪気はなかったんですけど……たまたま聞いちゃったからメールで教えてあげただけ?……でも反応がなくて」

眉を下げて言うコウちゃんの肩を軽く叩く。

「コウちゃんが気にすることないよ。それで昨日ハルの家に来てたの?」

「うん。何か聞けるかと思って」

「そうだ!良いこと思い付いた!」

いきなり渚が大声をあげた。大抵渚が思い付くことはろくなことじゃない。

「水泳部!作ろうよ!」

「は?」

「なんでそーなんのよ」

「そしたら試合で凛ちゃんに会えると思わない?」

……それだけ?

「いや、でもハルが何て言うか……」

真琴が言葉を濁す。競泳をやめたハルが素直に頷くとは思えない。現に去年だって真琴に誘われて水泳部作るの渋ってたし。



「別に。好きにしろよ」

「ええっ」

「やったぁ!これで決まりだね!楽しみだなぁ」

「ハルがそんなこと言うなんて台風でも来るんじゃ……わあっ!ご、ごめんっ。冗談だから濡れた手で頭グシャグシャにしないで!」

ハルに水泳部設立の件を話すとあっさりと承諾。(というか放置?)意外だ。てっきり、めんどくさいから嫌だって言われるもんだと思ってた。

「本当にいいの?俺たちだけじゃなくてハルもちゃんと部員になるんだよ?」

「分かってる」

「そんなことよりさぁ……ハル、女子の前で半裸晒すの止めてくれない?」

「別に気にしてないからいいだろ」

「こっちが気にするの!ねぇ、コウちゃん!……コウちゃん?」

コウちゃんは頬を染めてハルを見つめたまま、どこかへトリップしている。大丈夫だろうか。

「そうか、ハルちゃんは昨日会ってなかったんだっけ。凛ちゃんの妹だよ」

「あ、あっ、どうも。お久しぶりです」

ハル……コウちゃんのこと覚えてるかな……。

「松岡……コウ?」

コウちゃんの顔がパァッと輝く。きちんと覚えてなかったけど、グッジョブだハル。

「昨日は兄が失礼しました」

「別に」

素っ気なく言うとハルは台所に立つ。

「ごめんね。今も昔も愛想のないやつで」

「ううん。結衣ちゃんも、みんな変わってなくて安心した。……あれ、これって……?」

コウちゃんがリレーで優秀したときのトロフィーと写真を見つける。

「ああ、それは昔四人で獲ったトロフィーなんだけど。この間凛に要らないって言われちゃって」

「みんな笑ってる……」

写真をみたコウちゃんがポツリと呟く。あの頃は、みんな笑ってた。そのみんなの笑顔をフィルターを通じて見るのが好きだった。

「結衣ちゃんは写真に写ってないの?確か、スイミング通ってたよね?」

「うん。リレーには出なかったの。だから観客席でみんなの勇姿を撮ってた。この頃ぐらいからかな、写真に目覚めたのって」

「へぇー……」

「それにしてもハルは相変わらず無表情だよね。可愛くない」

「ハルちゃんはいつも心の中で笑ってるんだよ」

お茶を持ってきた渚が会話に入る。

「その言い方だとなんか悪い人みたい」

コウちゃんがクスクス撮ってた笑い、みんなも顔を見合わせて笑った。

お茶を飲んで一息ついたところで真琴がコウちゃんに質問する。

「そういえば凛はこの四年の間、一度も日本に帰って来なかったの?」

「毎年、お正月には帰ってましたけど」

……この四年の間、凛から一度も連絡なんてなかった。
私、一人で待ってたんだ。バカみたいだ。



「とゆーわけで、部活の申請用紙ゲットしてきました!」

昼休み。屋上で弁当を食べてる中、渚がバーンッと申請用紙を突きつけてきた。

「早っ!やること為すこと早いね渚は」

「こういうのは思い立ったらすぐにやらないと。えっと設立の目的は、水泳を通して心身を鍛え、学校生活をより豊かなものに」

「あと大会を通して他校との交流を深める、とかさ」

「あ、それいいね!さすがゆんちゃん!」

「しかも意外と卒がない」

真琴がボソリと呟く。

「部員はとりあえず僕たち四人。部長は」

「ちょっと待ったぁ!」

渚の言葉にストップをかけると、きょとんとした顔で渚と真琴はこちらを見てくる。

「四人って……誰?」

「僕でしょ、ハルちゃんでしょ、マコちゃんにゆんちゃん」

「……悪いけど、私水泳部入らないよ?」

「ええっ!なんでぇ!?」

「なんでって……そんな話聞いてないし」

「ゆんちゃん泳げるでしょ?」

「そりゃ泳げるけど……でも、スイミング辞めてから大分立つし、大会出れるほどは泳げないし、女子には色々あるし」

「マネージャーでもいいよ?」

「めんどくさいから嫌。それに岩鳶の兼部って二つまでしかダメじゃなかった?」

「結衣……部活入ってたの?」

何故か真琴が驚く。

「うん。文芸部と家庭科部。真琴とハルにはよく部活で作ったお菓子あげてたでしょ?」

「知らなかった……てっきり趣味で作ったものかと……てか、ハルにもあげてたんだ……そっか…………」

「……」が多くなる真琴。そんなに私が部活に入ってたことがショックだったのか。ようわからん。

「えー、ゆんちゃんどっちか辞めて水泳部入ろうよー」

「やーよ。部員募集は手伝ってあげるから、頑張んなさい。……1ヶ月たっても新入部員がいなかったら考えてあげる」

渋々引き下がる渚。可哀想だけど私も譲る気はない。

「しょうがないかぁ……。じゃあとりあえず、部長はやっぱりマコちゃんだよね」

「そーだねー。妥当」

「いや、そこはハルだろ。一番早いし」

「遅い早いは関係ないでしょ。大体、真琴はハルが部長に向いてると思うの?」

しばらく考え込む真琴。何を想像したのか顔をしかめている。

「じゃあ部長はマコちゃんで、ハルちゃんは副部長ってことで」

「おい、勝手に話を」

「まあまあ、副部長っていうのは大体名前だけでやることないから安心して」

不満そうなハルをなだめる渚。あんた全国の副部長を敵に回すつもりか。

「あと会計は僕で、残りは顧問の先生」

「どうするんだ?」

「えへへっ、天ちゃんに頼めないかなって思って」

「天ちゃん先生に?」

「天ちゃんって国語科でしょ?運動部なんて……」

「クラスの友達からすごい噂を聞いちゃったんだ」

そう言って渚は何かを面白いことを企んでるかのように笑った。



「よぉ、ゆんちゃん。一年から水泳部に誘われたって?」

「加賀部長……やめてください。一体、誰から聞いたんですか?」

「家庭科部の安藤から」

「安藤先輩、口軽い!」

新学期始まってから初めての文芸部のミーティング。新入部員はまだ入ってきていないが、とりあえず決めることを決めようということで集まることになった。
メンバーは去年からお馴染みの先輩と同級生だ。

「そういえばお前んとこの天方先生、東京で水着関係の仕事してたって噂だぞ」

「へえー……」

渚が言ってたのはこの事かな?

「水着関係ってことはさてはグラビアか?」

「んなわけないでしょ。水着メーカーにでも勤めてたんじゃないですか?」

あ、水着で思い出した。

「加賀部長。ミーティング終わったら抜けていいですか?ちょっと用事があって」

「おー、いいぞいいぞ。別にやることないからそのまま解散にしちまうつもりだったし」

私と加賀部長が雑談をしている間にみんなが集まってきた。他愛もないことを話ながらもぼちぼちとミーティングが始まる。

「それじゃ、ミーティングを始める。まず部長、副部長についてだが――」

「部長は加賀くんで決まりでしょ?みんな賛成だよね?」

柚香先輩の言葉で拍手があがる。

「あー、サンキュ。じゃあ副部長に立候補したいやつかもしくは推薦!いないなら俺が勝手に決めるぞ」

誰からも手が上がらない。誰かやれば?みたいな雰囲気である。

「誰もいないのか?じゃあ副部長は篠宮で。はい、拍手ー」

「ええっ!?」

何でそーなるのっ!

「いやー、こん中で一番ネタありそうなのお前じゃん。だからまあ……何となく?」

「部長、殴りますよ?」

「だーいじょぶ、だーいじょぶ!副部長なんて肩書きだけだし、やることねえって!」

どっかの誰かと同じこと言ってるよ……。

かくして私は強制的に副部長にさせられてしまい、他の役職も決めたところで呆気なくミーティングは終わってしまった。
……この後、水泳部の手伝いにいかなきゃならんのか。ついてない……。

(でも、こんな日常は悪くない、気もする)