今も昔も遠い未来もすぐ側に

文芸部のミーティングも無事(?)終わり、水泳部の手伝いに行くかーと思ったところでどこに行けばいいか聞くのを忘れていたことを思い出した。連絡が来てないかなと携帯を開くと新着メールが1件。

『部活終わったらプールまで来てね☆ From:渚』

……あそこのプール、使われてなかったっけ?
なんとなく嫌な予感を感じながら屋外プールへ足を運ぶ。

「……うっわぁ」

「あ、ゆんちゃんきたー!おーい!」

そこには荒れ果てたプールとそこを手作業で掃除する男子3人。

「なにこれ……なにしてんの?」

「なにってプールの掃除だよ!天ちゃんがプールをきれいにすることが部活設立の条件だって言うからお掃除してるんだぁ。ねぇ、ゆんちゃん」

「私、用事を思い出しました」

そのまま引き返そうとする私の腕をぐっと掴み、渚は天使のような笑顔で一言。

「もちろん手伝ってくれるよね?」

嘘でしょ……。

強制的に渚から軍手を渡されてしぶしぶプールの中に入る。もちろん水なんか入ってなく、雑草だらけ。

「あ、結衣。部活終わったの?」

「うん……これマジで綺麗にするの?」

「あと、ひび割れたとこも補修しなきゃだし、ペンキはがれたとこも塗りなおさないとね」

「マジですか真琴さん」

部員見つける前に大きい難題だなぁ……。
はしたないと思いながらもヤンキー座りをしながら、雑草を抜くのを手伝う。これならジャージかなんかを持ってくるべきだった。気を抜いたら制服を汚しちゃいそうだ。

「ちょ、結衣!」

なぜか真琴があわてた様子でこっちにくる。

「ん?なにかあった?」

「何かあったじゃない!女の子なんだからもう少し気をつけなよ……スカートの中見えるよ?」

確かに平均よりちょっと短めのスカートは下手すると見えてしまいそうだ。でも、

「別にわざわざ好き好んで見る人いないでしょー。ここには真琴とハルと渚しかいないし」

「……」

「あれ、真琴さん?」

真琴はムスッと黙り込むと、どこかへ行ってしまった。

「なんだありゃ……ねー、ハル。真琴どうしちゃったの?」

「いいから手を動かせ。さっさと終わらせるぞ」

おお、遙さんがいつにもましてやる気に……!さすが水パワー!プールで泳ぎたいという気持ちがハルを突き動かしてるんだな。
黙々と手を動かすハルに習って、必死で雑草を引っこ抜いてると真琴がどこからかジャージのズボンを持ってきた。

「ほら、これ履いてろよ」

「それ真琴の?ええーいいよー」

「いいから」

なぜか強制的に真琴のジャージを着せられる。全くもって意味が分からない。

「……真琴って過保護なお父さんみたいだよね。昔からそういうとこあるけど」

「おと……っ」

素直な感想を口にすると真琴は何故かショックを受けたように黙ってしまった。さっきから様子が変なんだけどどこか具合でも悪いのだろうか。

「ゆんちゃん、あんまりマコちゃんいじめちゃダメだよ〜」

「えー、いじめてないし!」

「ゆんちゃんって昔からちょっと鈍いよね」

「渚それ酷くない?」

会話をしながらも手は休めずに動かす。雑草を抜いては放り、抜いては放り……段々と作業に慣れてきたのか楽しくなってきた。スカートは埃まみれだし、ブラウスも汚れちゃったけど、こういう風にみんなで何か作業するって小学生以来だからちょっと懐かしいような気恥しいような変な感じ。でも、楽しい。

「……終わったー!!!!!疲れた〜」

雑草を一通り抜き終わり、ほっと溜息をつく。天ちゃんが「あらあらお疲れ様」と言って日傘の下でにっこりとほほ笑んだ。……天ちゃん、手伝ってくれないんだね。

「なあ、ここなんだけど……」

真琴がプールのひび割れたところを指さす。

「ここも直さないとだよな」

「そうだよね。金網のとこも破れてるとこあったし、ペンキ剥げてるとこもちょっとあったし、こうなったら全部ピカピカにしよう!」

渚が意気込んで言う。彼の眼にはきっとピカピカになったプールが見えているんだろう。

「じゃあ休みの日に買い出しに行かないとねー」

天ちゃんが車を出してくれるということで、次の休みにホームセンターに買い出しに行くことになった。着々と水泳部発足に近づいているようでなんだか嬉しくなってくる。

「ねー、プール完成したらちょっと泳いでもいい?」

「もっちろん!ついでに入部しようよ!」

「それは嫌」

「えええーそんなぁ……」



――日曜日。天ちゃんの可愛い愛車に乗って近くのホームセンターにやって来た。

「何がいるか調べた?」

「ええっと……ペンキだろ。プールのひび割れを埋めるやつも買わなきゃだし、あとは……」

「金網も補修するんだよね?うっわー荷物になりそうだよね」

真琴と私が真剣に話し合っているのを他所に渚は「面白いものがいっぱいあるよ!」なんて呑気なことを言っている。
何しに来たか分かっているんだろうか……。

「渚、遊んでないで手伝ってよー」

「ごめんごめん。……あれ、ハルちゃんは?」

気がついたらハルがいない。どこをふらふらしてるんだろうと辺りを見渡して――気がついた。

「ねぇ、真琴。あそこに水槽コーナーあるよね」

「うん……まさか」

「ヤバいんじゃない?」

三人で慌てて水槽コーナーに行くとちょうど服を脱いで水槽に飛び込もうとするハルに遭遇した。

「ああああーっ!ちょ、ハル!?」

「ハル!ダメだってば!!」

「ハルちゃん!抑えて抑えて!」



一通り必要なものを揃え、月曜日からハル達はまたプールの補修作業に勤しみ始めた。

「真琴、ハルは?」

お昼休みに珍しく教室でお弁当を食べている真琴に聞くと、真琴はちょっと苦笑して「プールだよ」と言った。

「またプール!?ほんっと昔から好きだよねー」

「うん。昔からハルは水の中にいるのが自然だからね」

「……何でまた泳ぐ気になったんだろうね。やっぱり凛とのことがあったから……かな」

「……俺達が気にしててもしょうがないよ。それより、またハルと泳げるのは嬉しいな」

真琴はそう言って嬉しそうに笑った。



「ねぇ、君!水泳部に入らない?」

廊下を歩いていると下手なナンパみたいな勧誘をしている渚と遭遇した。なんか無性に恥ずかしい。
無下に断られているが、渚は諦めたりしない。持ち前の明るさで色んな子に声をかけまくっている。

「今入部すればもれなくこの岩鳶町のマスコットキャラ、イワトビちゃんが一年分ついてくるよ!」

この台詞は決定打だったようで、渚の周りには誰もいなくなった。

「あ、ゆんちゃん!ねぇ、このイワトビちゃんを一年分あげるから」

「いらない」

「水泳部に入らない?」

「入らない」

「えええ〜冷たぁい……」

「そもそもその可愛くない鳥みたいなのは何?」

「岩鳶町のマスコットキャラ、イワトビちゃんだよ?」

そうか……うちの地元はこんな可愛くないゆるキャラを推してたのか……知らなかった。

「だめだぁ!!やっぱり誰も入ってくれなぁい」

渚が椅子にもたれ掛かり、真琴に愚痴を漏らす。
側には一生懸命イワトビちゃんを作り続けるハルと無理やり連れてこられた私。

「このままじゃプール修理しただけで終わりかも……」

真琴が弱音を吐くのを私は「シッ」と制する。

「ハルに聞こえたらモチベ下がるよ」

「「「……」」」

こっそりハルの方を伺うと、私たちの話なんか耳に入っていないようで、一生懸命イワトビちゃんを作り続けていた。

「そもそもイワトビちゃんで釣ろうって考え方が間違ってるんだよ。他に方法はないの?」

二人に尋ねると渚が真剣な面持ちで告げる。

「そうだね。こうなったら最後の手段!天ちゃんに一肌脱いでもらおうよ!」

「一肌って?」

「クラスごとに水泳部をふれ回ってもらうの?」

「顧問が天ちゃんだってのをもっとアピールして、水泳部に入れば水着が見放題!って」

……。

「なるほど……文字通り一肌」

「渚、バカなの?って言いたいとこだけど、天ちゃんの水着姿なら私も見」

「あーなーたーたーちー?」

突然、聞こえた声に後ろを振り返ると、般若が……失敬、般若みたいな顔した天ちゃんがいた。

「それやったら私顧問降りるからね。もう、ぜっっったい水着にはならないって決めてるんだから!いい?分かったかしら?」

「「「はい……」」」

水着に何のトラウマがあるのか、天ちゃん水着大作戦は失敗に終わり、水泳部の部員募集は再び振り出しに戻った。



「部員になってくれないなら、せめて手伝ってよ!」という渚の言葉により、私は放課後の貴重な時間を割いて水泳部の手伝いに駆り出されている。

「真琴。部員の方はどう?」

真琴は作業していた手を止めると、さっぱりだと言うように首を横に振る。

「人目を引くようなポスターまで描いたのになぁ……」

「ポスター?あの下手なイワトビちゃんのマンガ?」

「えええっ下手ぁ!?」

「というか、あれで部員が来ると本気で思ってたの?イワトビちゃんじゃ釣れないよ……」

真琴達のセンスが分からない……。

「結衣ちゃん」

突然、呼ばれた声に振り返るとそこにはコウちゃんがいた。

「コウちゃん!!どうしたの?」

「差し入れに来たの。ジュースここに置いておきますね」

「ありがとう」

「さんきゅ」

手を休めてコウちゃんからもらったジュースを有り難く飲む。労働のあとは格別に美味しい。

「でも不思議ですよね」

「何が?」

「何で一年生の時に水泳部作ろうとしなかったんですか?」

「……ハルがあんまり乗り気じゃなかったんだよ」

「あんなに泳げるのに?」

コウちゃんと真琴の会話を聞きながら、私は中学生の頃を思い出していた。
中1の冬になってからハルの様子がおかしかったこと。水泳部をやめて競泳には一切関わらなくなったこと。時折、プールの方を見つめる眼差しがどこか寂しそうだったこと。
理由は分からないけれど、あの頃のハルは水泳をやめようとしていた。結局、ハルが泳ぐことをやめられるわけなかったが。

「お兄ちゃんも同じなのかな……」

「えっ?」

「同じって……どういうこと?」

コウちゃんは複雑な面持ちで「鮫柄学園に転入したけど水泳部には入ってないみたいなんです」と告げる。

「そんな……だってこの前ハルと競争して、」

「きっと、そこで負けたんですね……。それでお兄ちゃんもう水泳がダメになったんですよ」

「……それはおかしいと思うよ」

え?という風にコウちゃんが私を見る。

「あの夜の勝負に勝ったのはね、凛だったの」

「えええっ!?お兄ちゃん勝ったの!?」

「うん。だけど勝ったっていうか、なんていうか……」

あの時は勝負に勝った凛よりハルの方が嬉しそうに見えた。まるで何かから解放されたような、そんな感じに。

「やっぱり、凛変わっちゃったね。ハルと泳いだら何か分かるかなって思ってたけど」

「お兄ちゃんもまた昔みたいに……」

私の言葉を聞いてコウちゃんは少し俯く。そして何かを決意するかのように顔をあげると、まっすぐ真琴の方を向いた。

「部員、まだ一人足りてないんですよね」

「えっ。そうだけど……」

「私も入部させてください!!」

「ええっ!?」

「……お兄ちゃんを変えられるのは遙さん達だけだから」

そう言ってコウちゃんは嬉しそうに、でもどこか寂しそうに微笑んだ。
きっと凛のこと、すごくすごく心配してたんだ。

「私でよければマネージャーとして皆さんのお手伝いさせてください!」

コウちゃんの声を聞き付け、渚が「なになに?どーしたのー!」と会話に入ってくる。

「コウちゃんが水泳部に入ってくれるって!!」

「えっ、本当!?それじゃあ、これで水泳部設立完了だぁ!やったぁー!!」

渚の嬉しそうな声に私の頬も自然と緩む。

――水泳部設立、おめでとう。