幼稚な気の引き方

私はよく人からズルいと言われる。ズルいことをしているつもりはないのだけれど、これは性分だから仕方がないのだ。そんなふうに思っている自分はやっぱりズルいのかもしれない。

学校の授業が終わり、帰ろうとすると教室の前にコウちゃんが立っていた。

「コウちゃん。どうしたの?」

「ああ……その、なんだ……一緒に帰るか?」

しどろもどろとした誘い文句に暫し悩んでから頷く。

「そうか……じゃ、行くぞ」

少しばかりルカに用事があったのだが、まあいいか。
そのままコウちゃんと下駄箱の方へ向かうとルカにばったり出くわした。

「あ、ルカ」

「佳音ちゃん。に、コウ」

「これから帰るとこなの?一緒に帰る?」

「ごめん、俺用事ある」

「そっか、また今度ね」

ルカにそう告げるとコウちゃんが「ほら、行くぞ」と強引に立ち去ろうとする。あからさまにムッとした表情に笑いが込み上げてついつい意地悪したくなってしまう。

「ねえ、ルカ。今度の日曜、ショッピングモール行かない?」

「うん、いいよ」

唐突な私の誘いに快く応じたルカに笑いかけ――私はそのまま隣にいたコウちゃんをさりげなく観察する。
コウちゃんは複雑な表情を浮かべ、顔を横に背けた。

「コウちゃん、どうかしたの?」

私は気がつかない振りをしてコウちゃんの腕をとる。
コウちゃんは苦々しげな表情を浮かべ「なんでもねえ」と言った。

「コウ、妬くなよ」

「ばっ……妬いてねーよ!」

ニヤニヤとした笑みを浮かべるルカに茶化され、コウちゃんは顔を赤くして声を荒げた。そして私の腕を少し強引に振りほどく。

「……っあ」

「……先、行くわ」

振りほどかれた手とコウちゃんの後ろ姿を交互に見て私はため息をついた。

(また、やっちゃた……)

彼の気を引こうとしてつい意地悪ばかりしてしまう。
色々な男の子とデートしてみたり、約束をすっぽかしてみたり。
かと思えばコウちゃんにベタベタ触ってみたりして。
そうしていつもコウちゃんを困らせる。

「佳音ちゃんってズルいよね」

ルカが苦笑しながら言った。

「俺とデートする気ないでしょ?」

「そんなことないよー。……半々ぐらいかな?」

「やっぱりズリィ……もし、俺が本気になったらどうすんの?」

「何の話?」

さらっと誤魔化すとルカはおどけたように「やっぱ俺って召し使いどまり?」と聞いてきた。

「もう……ふざけたこと言わないの!とにかく日曜、はばたき駅で待ち合わせね?」

「仰せの通りに。ついでにサーチしとくよ」

「?」

ルカの言葉に首を傾げるとルカは先ほどと同様のニヤニヤとした笑みを浮かべて言った。

「コウの誕生日プレゼント買いに行くんだろ?」

「……」

思いもよらない台詞を告げられて思わず固まる。ルカは妙なところで鋭い。

「……気づいてたの?」

「まあ、なんとなく。もうすぐコウの誕生日だから佳音ちゃんからなにか相談されるんじゃないかと思ってさ。
俺もコウの誕生日プレゼント買おうと思ってたし、佳音ちゃんとデート出来るなら役得だからいいよ」

「あ……ありがとう」

きっとルカには到底敵わない気がする。

ルカと別れてから小走りで下駄箱へ向かうとコウちゃんが不機嫌そうなオーラを醸し出して立っていた。周りの人はそんなコウちゃんに脅えるように遠巻きに見ている。

「コウちゃん。お待たせ」

内心、ビビりながらコウちゃんに声をかけるとコウちゃんは顔をあげ、こちらをじっと見つめる。
……すっごい睨まれてるのは私の気のせいか。

「コ、コウちゃん……?」

「チッ……行くぞ」

コウちゃんに恐る恐る声をかけると舌打ちと短い返事が返ってきた。
私は頷き、急いで靴を履き変える。

「じゃあ帰ろっか」

コウちゃんと何回目かの下校デート。(向こうはそう思ってないかもしれないけど)
コウちゃんは話下手なとこもあって時々黙り込むこともある。
でもその間に流れる沈黙は決して居心地の悪いものではなくて、むしろ安心さえする。

「佳音……いや、なんでもねえ」

コウちゃんが突然なにかを言いかけてやめた。

「なあに?」

「なんでもねえ。気にすんな」

……そう言われると気になるんですが。
せめてもの抵抗にちょんちょんとつついてみたり、腕に抱きついてみる。

「ばっ……そういうことすんなって何度も……」

「嫌?」

ちょっと意地悪して聞いてみるとコウちゃんは顔を真っ赤にして「嫌とは言ってねえけどよ……」とモゴモゴと呟く。
嫌じゃないなら、たまにはコウちゃんから触ってほしい。
そう言ったらコウちゃんはどんな顔をするだろう。きっと困ってしまうだろう。

『言っとくけどな、俺は男だぞ?ほら……わかるだろーが、ガキじゃねえんだからよ』

分かってあげない。
コウちゃんは私に触れてくれないもの。
触ってもくれても中途半端にやめちゃって。

いつも私の前では『いいアニキ』の顔をする。

ガキじゃない。コウちゃんは男で私は女。
そんなこと分かってる。分かっていてやってるんだよ。
私の中ではコウちゃんはもうアニキじゃないもの。だからいつまでも妹扱いしないで。

もしそれを告げてもきっとコウちゃんを困らせるだろう。

だから――

「ね、私とルカのこと気になる?」

「……別に気になんねえよバカ」

「ふーん。そっかあ。コウちゃんはそこまで私に興味が持てないと」

「はあ?……別にルカと普通に遊びに行くだけだろうが」

「でもそれってデートだよ?」

「……」

コウちゃんがジロリとこちらを睨む。私がにらみ返すとコウちゃんは舌打ちして目をそらした。

コウちゃんがいいアニキでいる限り、私はやめないだろう。
色々な男の子と仲良くして、コウちゃんにわざとベタベタして。
それくらいしか私にはコウちゃんの気を引く方法が分からない。

「……ルカにもこうやって触んのかよ」

コウちゃんの腕に絡み付くとそれをさりげなくほどくようにしてコウちゃんが言った。
私はコウちゃんからあっさり離れ「どう思う?」と聞く。

「頼むから……あんま他の男にはこういうことすんなよ」

「……考えとく」

「お前なあっ……何度も言うけどよ」

「嘘、だよ?……コウちゃんにしかこんなことしないもん」

「……」

ヤバい。こんなこと言うつもりじゃなかったのに。
恥ずかしい。
顔があげられない。

熱い頬を冷ますようにパタパタと意味もなく手を振っていると、いきなりその手を握られた。

「……っ!?」

コウちゃんの方を見るとコウちゃんは私と反対側の方を向いていた。……コウちゃんの顔が見えない。

「ねえ、コウちゃん」

「……んだよ」

「んーん。なんでもない」

「なんだ、そりゃ……」

ねえ、コウちゃん。
私、今すっごく幸せだよ?