不安と喜びの狭間で

「人、ラブ!!俺は人間を愛してる!!」

「はいはい。そこどいて。掃除の邪魔」

臨也のいつも通りの台詞を無視して私はモップで床拭き掃除をする。
どうしてこんな奴を好きになってしまったんだろうか。
何度も思った疑問。
不覚にもこんな変態趣味を持った奴を好きになるなんて。
大体、私はあの理不尽な暴力をふるう彼が好きだったのに。

「ねー、佳音ー。コーヒー入れてー。でっかいマグカップに入れて。」

「自分で入れろバカ臨也」

自席のデスクのイスをくるくる回しながら注文する臨也。

…ああ、コーヒーに毒を入れたくなってきた。

「佳音ー?」

「な、何?」

考えてることを読まれたのかと内心ドキッとする。
しかしかえってきた言葉は想像を絶した。

「コーヒー、まだ?早くしてよ。」

………が ま ん の 限界!!

私は臨也の側まで行くと持っていたモップを叩きつけて臨也に言う。

「臨也!!何で私がこんなことしてんの!?波江さんは?」

臨也はすんでのところでモップを避けて私に言った。

「波江さんは弟を追いかけて旅行中。大体何でいきなりキレんのさあ?さっきまで掃除する気満々だったくせに。」

私は臨也を睨み付ける。

事の次第は日曜日の朝。

休日に友達とショッピングに出かける約束をしていたので胸を踊らせつつ朝を迎えていた。

その時、一本の電話がきた。

―臨也

「も、もしもし?」

「もしもし佳音?あのさー、今からこっち来れない?ちょっと重大な用があってさ。」

「えー…」

「佳音じゃないとダメなんだ、頼むよ。」

そこまで言われて友達との約束を断り、大急ぎで臨也のマンションまで来た。

なのに…

来てみたら波江さんは居なくて、代わりに家事を任された。

………なんとなくどうでもいい用件だというのは電話越しで解った。

でも……好き、だから

私を頼ってくれるのは正直嬉しい。
でも臨也は私のこと、どう思ってるんだろうか。
波江さんの代わり?
ただの家政婦?
臨也にとって、私は―何?

ここまで思うと不安で不安で堪らなくて…何度も諦めようとしたのに結局期待してしまうのだ、私は。

頼られる度に心がときめいて嬉しくなる。
しかしその反面、不安で辛くて泣きそうになる。

「…佳音?どうしたの、泣きそうな顔して。」

臨也が手を伸ばし、私の頬に触れる。

―どうにでも、なれ。

私は堪らなくなって臨也におもいっきり抱きついた。

臨也の座っている椅子がガタンと揺れる。

「何?泣きたいの?」

赤子をあやすように臨也は私の背中をトントンと叩く。

「…臨也のせいだよ。」

私はぎゅっとしがみついて言った。
服越しに彼の温もりを感じる。


(期待するから優しくしないでとか頼らないでとか言えない)(不安で辛くて苦しくて堪らないのに)(………好き)(誰かこの矛盾した感情の行く先を教えて)