――私立来良学園
池袋の真ん中辺りに位置するこの学校は室内プールや第2グラウンド、冷暖房完備の教室など普通の私立よりも設備が整っており、尚且つ都心ということでなかなか人気のある高校である。
来良には広々とした屋上もありそこでは昼食を食べる者や静かにまったり過ごす者などがいる。
来良の屋上からは眺めのよい景色が一望できて、天気のいい日には東京タワーやスカイツリー、富士山なども見ることができる。
そんな来良の屋上に昼休み、彼は必ずいた。
ハーモニカと鉛筆とノートを持って。
ジリジリと太陽が私を追い詰めていく。その熱気におされるように私は数歩下がって日陰に入った。容赦ない暑さが私に襲いかかり、だらだらと汗は滝のように流れ落ちる。蝉の鳴く声がよりいっそう暑さを高めるようだ。
そんな夏休み直前を控えた来良学園の屋上に今日も彼はいた。
私は彼を見つけると一瞬だけ暑さを忘れて彼に駆け寄った。
「たーきぐちっ!何してるの?」
滝口はノートから顔をあげ、私を見て「またお前か」と言った。
その額には汗が浮かんでいて頬は少し火照っている。こんな炎天下の中にいると熱中症になっちゃうのに。
「またとは酷いなあ」
私は苦笑しながら滝口の隣に座る。
炎天下の中に晒されたベンチは暑くなっており、私は一回座ってからまた立ち上がってベンチにタオルをひきそこに座った。
隣でそんな作業をされているのにも関わらず、彼は何も言わずにまたノートに鉛筆を走らせる。
「作曲してるんでしょ。今度はどんな曲?」
「出来たら教えてやるよ」
滝口はその後は口を開かずに作曲に集中する。
私は彼が作曲をしている姿を見るのが好きだ。
真剣な顔つきで鉛筆を走らせる彼は思わずドキッとしてしまうほどカッコいい。
じっと見つめてると滝口はさすがにこちらの視線に気づいたようで「何?」と言った。
「んーん。ただ見てただけ」
笑ってそう言えば滝口はこちらを驚いたように見つめ――直ぐ様視線を外した。
「え。何、今の」
「何でもねーよ」
「嘘っ!!なんかついてた?」
「嘘でもねーし、なんもついてねーよ。作曲してんだから邪魔すんな」
「はぁーい」
私が彼――滝口亮と出会ったのは今から3、4ヶ月前の来良学園の入学式。
席が隣同士だったけれど最初は会話もなかった。
けれどある日
「あれ、滝口。何か落としたよー……ハーモニカ?」
「あ、それ。サンキユ」
「滝口、ハーモニカ吹くの!?」
驚く私に滝口は曖昧な感じに言う。
「え、ああ。まあ作曲んときちょこっと、な」
「へえ、カッコいい!!スナフキンみたい!!」
「ス、スナ…!?」
呆気にとられたような滝口に私は言う。
「そう。ムーミンの親友のスナフキン。ハーモニカ吹いてさ、いつも素敵な音色聞かせてくれるんだ。まあ、平成版じゃない方ではギターをデンデレ弾いてたけどカッコ良かった!!」
「へ、へえ……」
スナフキンについて熱く語りすぎたか、滝口はちょっと引いている。
私は構わずに滝口の手をとった。
「お願い!!作曲してるとこ見てもいい?」
「はあ?」
面食らう滝口を押してみる。
「お願い!!私、将来そういう関係のことやりたくてさ…滝口見てたらなんか掴めるかなーなんて。…ダメ?」
「……別にいいけど」
「本当!?ありがとー」
こうして滝口と話すようになり次第に仲良くなった。
最初はただ滝口の作曲に興味を持っただけだったけど段々と彼そのものに惹かれていく。
次第に「作曲を見学する」なんて口実に過ぎなくなって
私は彼に会いに行っているのだ。
クラスでは味わうことのない、彼との唯一の時間―
―いつか
いつか、彼の曲に詩をつけてみたい
そんなことを思い続け、早1ヶ月。
私と彼の距離は入学式からほんのちょっと縮まっただけ。
「佳音ー。最近さ、滝口くんとよく一緒にいるみたいだけど…どうなの?」
「どうって……」
休み時間、友人が興味津々と言った様子で話しかけてきた。
「いい雰囲気じゃない?佳音ってば昼休みの度に滝口くんのところに足しげく通ってんでしょー?」
「そ、そんなことないし!!ただ、趣味とかちょっと合うだけ。本当にそれだけだからさ……」
それだけと思ってるのは滝口だけで
私は下心しかない。
「趣味って…音楽のこと?佳音は作詞家になりたいんだっけ。そんで滝口くんと話してるわけねー」
友人の言葉に黙って頷く。
恋は下心
最初のきっかけなんて忘れた。
今はそのきっかけにすがり付いて彼に会うだけ。
――昼休み
日に日に暑さを増す屋上からだんだんと人影が無くなる。
それでも彼はそこにいた。
「たー」
「よっ、滝口ー」
私が滝口に声をかけようとしたとたん、遮るように別の人物が滝口に声をかけた。
「おう、またおま……なんだ、紀田か」
「なんだとはなんだよー。つれねー奴だな。あ、もしかして女の子待ちー?『滝口くーん、作曲してるの?カッコいーいー』とかいう声かけ待ってた?」
見覚えのある茶髪が太陽の光を受けてきれいに光っている。
彼は確かB組の
「紀田、正臣…」
思わず漏らした声に反応した二人が私の方を振り向く。
「おおっとーマジで可愛い子ちゃんとーらいっ!!てか、俺のファン?俺の事知ってくれてるってことは俺にホの字の可能性アリーってことだよね?」
「ええっ!!いや、あの」
突然喋り出した紀田くんにどうすればいいのか解らない。
慌てふためいていると滝口が口を挟んだ。
「紀田、止めとけよ。困ってんだろ」
「DNAに刻まれたチーム男子の宿命を果たそうとして、つい…」
「どんな言い訳だ、それ」
滝口がフォローしてくれたおかげで会話は横にそれたみたいだ。
「琴宮に紹介すんのは初めてだよな。B組の紀田正臣。軽いしナンパ好きだがまあ、いい奴だよ」
「はじめまして!!かわいーお嬢さん♪俺は全ての女の子を愛する紀田正臣、よろしく。ちなみに彼女はいつでも募集中だからそこんとこよろしく!!」
「……はあ。あ、琴宮佳音です。滝口と同じクラスです」
よろしくと言えばよろしくねーと勝手に握手をされた。
噂の通り、かなり軽い子みたいだ。
確か入学式で数人の女の子に告ったとか今は親友と恋のライバルだとか……
まあ、どこまで本当かわからないけど。
「あ、もしかして俺邪魔しちゃった?二人の逢瀬」
「なっ……!!」
紀田くんがニヤニヤしながらからかうように私と滝口に言う。
ああ、もう!!滝口に誤解されたらどうしてくれんの!?
だが、心の中で焦りまくる私とは正反対に滝口は「ばーか」と紀田くんに言う。
「別に琴宮と俺はそんなんじゃねーよ」
「…………」
解りきっている答。
私と滝口には何もない。
クラスメートという関係でしかないのだ。
私がどう思おうとそれは揺るがない。
紀田くんはふーんと興味なさげに頷き、
「じゃあ可愛い可愛い佳音ちゃんはこの紀田正臣が美味しく頂いちゃって良いわけだ!!」
「はあっ?」
「なっ……」
紀田くんの言っていることがよく理解できないのだけれど。
頂く……って私の意思は無視かい。
「で、佳音ちゃんはどう?俺と付き合ってみる?」
「え、いや、あの」
ああ、こういう軽いタイプは苦手だ。
どう切り返したらいいのかよく解らない……
「紀田。あんまりこいつ困らせんな」
鋭い声が私の思考を中断させた。
滝口が珍しく強い口調で紀田くんを諭す。
「そー怒んなって!!冗談、冗談。じゃ、俺行くわ」
紀田くんはさっさと屋上から出ていってしまった。
後に残った私と滝口。
「ごめんなー。紀田も悪いやつじゃないんだが」
「あ、ううん。ただちょっとびっくりしただけだから平気。それに紀田くんのことは前々から知ってたし」
「……何で知ってたわけ」
滝口が私をじっと見つめる。その眼は何故か責めるように私を見ていて思わず視線を反らした。
「B組の紀田くん。結構有名だから。入学式のときに複数の女の子に告ったとか。それによくナンパしてる姿も見かけるしね」
「そっか。なら、いい」
滝口はそう言うと俯いた。心なしか耳が赤い気がする。
「なあ、」
「何?」
滝口は俯いた顔を勢いよくあげ私を真っ直ぐに見つめる。
炎天下の中にいたせいか頬が真っ赤に火照ってる。
「琴宮さ、夏休みとかどっか行くの?」
「んー、一応は予定なし。独り暮らしじゃないから帰省もしないし。友達に誘われでもしない限り特に遊びに行く用もないかなあ」
「そっか……」
「滝口は?」
「俺も似たようなもん。バイト以外は用ねえな」
「ふーん……」
夏休みが始まったらしばらくは滝口に会えないんだ。
そんなことは知ってるけど、でも、
会いたい
「「あのさっ」」
滝口と私の言葉が被る。
「な、なに?」
「琴宮先言えよ」
「滝口先言ってよ」
滝口は口をギュッと結び、何かを決意したような目をして私に告げた。
「あのさ、夏休みも会えないかな」
「え……?」
「あー、いや、嫌ならいいんだけどよ」
滝口は慌ててそう言ってポリポリと頬を掻く。
嫌なわけないじゃない。
夏休みもまた滝口に会えるなら……こんな素敵なことってない!!
「滝口っ!!夏休み、どっか遊びに行こうよ」
滝口の目が丸く見開かれる。
「私、嫌じゃないよ。滝口といるの。作曲してる滝口見るの好きだし。それにさ、曲できたら一番に聴きたい」
一番に。私だけに聴かせてほしい。
そう言って滝口を見ると
「なっ……」
何故か顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。
「た、滝口!?熱中症?大丈夫?」
「ね、熱中症ではないけど……お前さ、あんまりそういうこと言うなよ」
「そういうこと?」
何か気に障るようなことを口にしただろうか。
滝口はむっとした様な表情を浮かべ一言。
「鈍い」
「えええっ!!何で!?どこが?」
「あー、なんか俺報われない気がするわ」
滝口はそう呟くと屋上を後にする。
「ちょっ、待ってよ滝口」
スタスタと歩いていってしまう滝口を慌てて追いかけると滝口はいきなりこちらを振り返った。
「琴宮」
「何?」
「曲出来たらさ、歌詞つけてくれよ」
「いいけど私でいいの?」
「お前がいいんだよ」
滝口はその言葉を放つと屋上から姿を消した。
後には頬を赤らめているであろう私一人。
「滝口……今のはずるいや」
眩しすぎるのは太陽じゃなくて
(貴方の笑顔とその言葉に私は一喜一憂してしまうのです)