春の足音

ムーミン谷の寒い冬もそろそろ終わりを告げる。
私はムーミンパパの釣り小屋からの窓からそっと外を覗いた。
雪は所々とけているがまだ一面真っ白で寒そう。太陽の光に反射して雪はダイアモンドみたいにキラキラと光っている。
私は熱い紅茶をすすりながら側で編み物をしているトゥティッキーに話しかけた。

「ねえ、トゥティッキー。春はまだ?」

「もうそろそろよ」

「もうそろそろスナフキン帰ってくる?」

「佳音…その質問、何度目?」

トゥティッキーは編み物をしていた手を止め、呆れたように私を見た。

「だって早く会いたいんだもん……」

そう言って私は紅茶をすすり、遠くにいる彼に思いを馳せる。
スナフキンと別れてからもう三ヶ月も経つ。そろそろ本気で心配になってきた。病気や怪我をしてないだろうか、ご飯はちゃんと食べているだろうか、困ったことになってないだろうか…考えるだけで嫌になる。
スナフキンなら大丈夫だと思うけれどやっぱり心配だ。
あのどこか飄々としている素敵な彼に会いたくなって、彼のハーモニカが聞きたくて堪らない。

無理だけど、やっぱりスナフキンと一緒に旅に出たかった。
彼は孤独を誰よりも愛してるから一人で旅に出てるけどそんなの知らない。私を置き去りにして一人で出掛けちゃって。私は寂しくて寂しくて仕方がない。
それはムーミンだってフローレンだってみんな同じだ。
だから早く、早く、

「帰ってきてよ……」

トゥティッキーは何も言わずにまた編み物を再開した。



「暇だなあ」

私は自分の家のベッドでごろごろと転がる。トゥティッキーに「そろそろ小屋から出なさい」と言われ、追い出されてしまったのだ。
それにしても暇。
遊びに行くにも一人じゃつまらないし。ムーミン達は冬眠中。雪遊びもそろそろ飽きた。
ああ、つまらない。
そんなことを思いつつ、ひたすらボーッとしていると唸るようなものすごい地鳴りがした。

(もしかして……)

私はベッドから跳ね起き、急いで支度をして家を飛び出した。

「やっぱり……春の大砲だ!」

私は岬で海を見つめていた。海の氷にはどんどんひびが入り、そこから割れてものすごい音を響かせる。

春はもうすぐ側だ。



春の大砲から2週間ほど経ち、ムーミン谷は春を迎えた。
地面には草木が覆い茂り、花を咲かせている。
ムーミン達もそろそろ目を覚ます頃だろう。

そして私は彼がいつも通る道にある木の株に座っている。
ムーミンには悪いけどやっぱり一番に彼に会いたい。

どんな顔をして帰ってくるかな。ああ、ドキドキしてきた。
目を閉じて耳を澄ます。
小鳥たちの春の音に混じって聞こえてくるのは微かな彼の足音。
しゃくしゃくと土を踏む音がだんだんと近づいてきた。それと同時に懐かしい彼のハーモニカ。私はギュッと目をつむって耳だけに集中する。

ハーモニカの音色が止まった。
私はゆっくりと目を開ける。

目の前には変わらない彼の優しい顔。

「ただいま、佳音」

優しい声で一言そう告げて彼は私をそっと抱きしめた。

ずるいよ。これじゃあ、今まで寂しかったとか、もう行かないでとか、言えないじゃない。

私はギュッと彼にしがみついて答えた。

「おかえり、スナフキン」