「ん……痛ぃ……」
そう呟いて私は布団から体を起こした。時刻はすでに午前3時。布団に入ってからまだ3時間しかたっていない。
ふぁ……と小さく欠伸を漏らして、私は頬っぺたに手を当てた。
「まだ、腫れてる……」
今朝、鏡で見た自分のなさけない顔を思い出して私は深くため息をついた。
一昨日、親知らずを患った私は嫌々ながらも歯医者に向かった。何事もなく無事に親知らずを抜歯したが、その日は何も食べる気がせず、そのまま寝込んだ。そして翌朝、起きてから洗面所に向かい、鏡を見てギョッとした。それはそれはもう見事にぷっくりと腫れていたのだ。おまけに痛いこと痛いこと。こんな顔、銀時には見せられないと思い、急いでマスクを付けようとしたが時すでに遅し。珍しく早起きしてきた銀時は私と顔を合わせるなり、私の顔をまじまじと見て――爆笑した。それは神楽が起きてくるほどの爆笑っぷりで、私は渾身の力を込めて銀時にももパーンッをくらわせた。
銀時はほんっとうに乙女心が分かってない!!!!
神楽も新八も「あんな馬鹿気にしなくていい」と慰めてくれたのだが、乙女心を痛く傷つけられた私は痛み止めを飲みつつ、頬っぺたを冷やして、腫れを引かせようと頑張ったのだが、
「うう……」
相変わらず腫れたままだし、痛み止めが切れたのか痛みが増してきた。ジンジンと鈍い痛みが襲ってきて眠れそうにない。仕方なく痛み止めを飲もうとキッチンに行き、冷蔵庫を開けて薬の入った箱を探ったが、中は空っぽで痛み止めを昨日で飲み切ったことを今更ながら思い出した。
「最悪……」
痛みに疼く頬を押えながら事務所のソファに座る。朝になったら痛み止め買いに行こう。
寝ることもできず、かといってすることもなく、痛みに耐えながらひたすらボーっとしていると、突然寝室のふすまがガラッと開いた。
「あ」
「うわああああ!!……な、なんだ、佳音か。び、びびらせやがって……」
ふすまから現れたのは銀時だった。うら若き乙女の顔を見て悲鳴を上げるとか本当失礼すぎる。
ふんっと顔を横に背けると、何を思ったのか銀時は隣に座ってきた。
「なあ、まだ今朝のこと怒ってんのか?」
「べっつにー」
「つーか、なんでこんな時間にボケーっと起きてんだよ。夜更かしは美容の大敵だぞ」
「うるさい。眠れないのよ」
痛みが増してきたうえに、銀時のうるさい質問にイライラする。それに加えて眠いし。
「眠れないのか?だったら銀さんと夜の運動でも一発……うぐっ」
「死ね」
アホなことを言い出した銀時に肘鉄を食らわせるとすぐに大人しくなった。自業自得だ。
「じょ、冗談、だって……ごほっ、おまっ、本気出し過ぎ……」
「アホなこと言うあんたが悪いんでしょ。いーからほっといてよ」
痛みと眠気でイライラのピークが来ている。銀時に構っている余裕なんてない。
銀時はしばらく黙った後、ゆっくりと口を開く。
「おい、佳音。お前、本当にどうしたんだよ」
いつになく真剣なまなざしで、銀時は私を見つめる。心配そうなその瞳に私のイライラは一気に吹き飛んだ。
「……抜歯のあとが痛いの。痛み止め切らしちゃってるし、痛くて眠れないし、腫れは引かないし……」
私の言葉を聞くと銀時は「大丈夫か?」なんて優しい声で言いながら私の頭をなでる。その手のぬくもりに思わず涙腺が緩みそうになった。
「……今朝、笑ったくせに」
「あー、悪かったって。別に悪気はねーんだよ」
なんだかいつもの銀時らしくなくてじっと見つめると、銀時は照れたようにそっぽを向いた。そしておもむろに立ち上がると、私の手をつかんで寝室へと向かう。
「え、ちょ、何!?」
「いーから寝るぞ。その様子だとあんま寝れてねーんだろ」
「だから、私、抜歯のあとが痛くて眠れないんだって!」
銀時は私の話を聞かずに、自分の布団に潜り込もうとし、私を布団の中に引きずり込もうとする。
「いや、私、自分の布団あるし……ちょっ!」
しばらく抵抗したが銀時に勝てるわけもなく、諦めて力を緩めると銀時は強い力で私を布団の中へ引きずり込み、がっしりとした腕で私を抱きしめた。
「布団、汗臭い……」
「うるせー」
「別に添い寝なんかしてくれなくても、」
「おめーが眠るまでついててやっからよーあー銀さん優しいー」
「……子供じゃないし」
「そーかよ」
銀時は私の文句を軽く受け流し、片手でポンポンと私の頭をなでる。
その心地いい感触に痛みを忘れ、微睡みはじめる。
「なあ」
「んー?」
「銀さんが寝れないときはこーやって佳音ちゃんが添い寝してくれよ」
「……ばーか」
心地いい体温に抱かれながら、私の意識は次第に夢の世界へと沈み込んでいった。