(この世に神がいるとして、)

彼女が私の目の前から消えてしまったあの日以来、私は何度も体育館へ足を運んで、彼女が消え去ったあの場所を見つめていた。
私は、この世界へ来て貴女と出会えて、初めて神に感謝さえ、したのに。

「岩沢、さん」

ポツリと口から洩れた名前。岩沢さんは初めて私を救ってくれた人だった。

生前の記憶は最悪だった。思い出したくもない。家族に見捨てられて、同級生からはひどい扱いをされて、私を救ってくれる人なんて誰もいなかった。私はいなくてもいいゴミみたいな存在だと笑われ、脅され、憎まれ、疎まれた。死んだほうがましだと思える生活だった、少なくともその時は本気でそう思っていた。
寂しくてたまらなくて、寂しさを埋めるためにいろんな男と寝た。その分また寂しくなった。でも、帰る場所はどこにもなかった。
他人の家が、家庭が、家族が眩しかった。眩しすぎて近づけすらしなかった。私には一生手に入らないものだと知って絶望した。

どうやってこの世界に来たかあまり覚えてない。少なくとも私が望んでではないことだけは確かだった。

でも、私はここで岩沢さんに出会えた。

岩沢さんが、岩沢さんだけが私を救ってくれた。
間違ってるのは世の中の方で、私は間違っていないのだと、泣いている私は正しいのだと教えてくれた。
岩沢さんの歌はどんな時も私の心に響いて私を救ってくれた。
私が声を大にして叫びたいことを、岩沢さんは歌ってくれたのだ。
泣き叫んでわめいて、それでも誰にも届かなかった私の叫びを岩沢さんだけは分かって歌にしてくれた。
前に、岩沢さんに尋ねたことがある。

『岩沢さん……岩沢さんはどうして唄っているんですか?』

『……私にはこれしかなかったから、かな』

岩沢さんは愛用しているギターを見つめながらポツリと言った。

岩沢さんの歌は誰もかれも魅了してしまう不思議な魅力があった。生身の人間だって、NPCだって、みんな彼女に、彼女の歌に焦がれた。

岩沢さんに出会えたことを、私は神に感謝すらしていた。ゆりに誘われるまま戦線のメンバーにはなったが、それはゆり達と志を同じにしたからではない。
岩沢さんのそばで、ずっと彼女の歌を聞いていたかったから。
私の孤独や苦しみをすべて救ってくれるあの歌を。

それでも、

彼女は、もう、

『あの子が納得しちゃった。それだけの話よ』

ゆりの言葉が頭から離れない。そして体育館で歌い切った岩沢さんの最後の姿も。

ガルデモのバラード「My Song」はまるで岩沢さんを救うような歌だった。
聞いているだけで勝手に涙がはらはらと零れ落ち、頬を濡らした。
ああ、この歌だ。この歌は真っ直ぐ私の心に届いて、揺らした。
今まで、岩沢さんが私を救ってくれた歌を、言葉を、すべてを詰め込んだ歌だった。
そしてそれは岩沢さん自身に向けられた歌――。

でも、それでも、
私から岩沢さんを取り上げないでほしかった。

生きている人生に意味を見いだせずに、ここへ来て、そしてやっと意味を見いだせそうだったのに、その道しるべとなってくれた岩沢さんはもうどこにもいない。

「こんなにも汚れて醜い世界で出会えた奇跡にありがとう」

私は、ありがとうだなんて言えない。

ねえ、神様。どうしてなの。
私が生きていた人生に意味がなかったのは、ここで岩沢さんに出会うためだったんでしょう?
それなのに、なぜ岩沢さんは消えてしまったの?

嗚呼――

何て残酷なことをする、