覇王の行く末

それは――冬木に嫌な静けさが訪れ始めたある夜のこと。

「ウェイバー……急にどうしたの?」

突然、夜更けにウェイバーが家を訪れた。
目を赤く腫らし、涙のあとが頬についている。
何かあったのは一目見れば分かった。

「突然……ごめん」

「ううん。いーよ、別に。お茶入れるから座って」

椅子に腰かけたウェイバーに珈琲を渡す。
ウェイバーはありがとうと小さく呟くとゆっくりと珈琲に口をつけた。
私は黙って向かい側に座り、ウェイバーをじっと見つめる。
しばらく無言が続いたあと、ウェイバーが唐突に口を開いた。

「……終わった」

何が、とは聞かない。ウェイバーのその一言で全部分かった。

「そっか……。お疲れ様」

「ああ」

短く一言だけ呟くとウェイバーは珈琲を啜る。
その香りは私の鼻腔を擽り、何故だか泣きそうになった。

「ウェイバー……これからどうするの?」

ウェイバーは少し押し黙ると、ゆっくりと選ぶように言葉を紡ぐ。

「イギリスに帰るよ。……どんな形でもいいからあの人の夢を継ぎたいんだ」

「そっか。……夢、ね」

彼の王は聖杯に現界を望むと言った。果たしてそれが事実なのか、それとも何か他のことを成し遂げるためにそれを望んだのか。今となっては分からないけれどそれでもいい気がした。
覇王の姿は私達の心に深く刻み付けられているのだから。

「私も行くよ」

ウェイバーがきょとんとした顔で私を見る。

「私も一緒にイギリスに行く」

「なっ……お前は関係ないんだから日本に残れよ!」

「嫌だ。一緒に行くのっ!」

「いきなりどうしたんだよ……」

参ったように呟くウェイバーに私は告げた。

「私は……イスカンダル王に色んなことを教わった。あの人の野望、理念、目指すもの全てが私にとっての夢よ。
だからウェイバー、貴方と一緒に行きたい。あの人の一番側にいて、あの人のマスターであった貴方と共に彼の覇道をこの世に刻み付けたいの」

ウェイバーの瞳をじっと見つめる。翡翠色の綺麗な瞳はゆらゆらと揺れ動き、瞼でそっと覆われた。

「……僕はあの人のマスターなんかじゃない。王の臣下だ」

ウェイバーはゆっくりと目を開け、私をじっと見つめ返す。
その強い決意を称えた瞳から目を反らせない。

「彼に“生きろ”と命じられた。だから僕は生きて、後世に彼の覇道を刻み付ける!」

「――っ!」

ウェイバーの言葉に心が震えた。嗚呼、あの人がここにいなくてもあの人の志は強くここに残っている。ウェイバーが何よりの証拠だ。それは彼と私に刻み込まれた確かなもの。

ウェイバーの手をそっと握る。
私がいると足手まとい?と聞くとウェイバーは首を横に振って、力強く私の手を握り返した。

「僕と同じようにあの人の側にいたお前がいれば心強いよ、佳音」