「ねえ、運命って信じてる?」
急にそんなことを聞かれて、私は少し面食らってしまった。聞いてきたのは私の友人の荻野目苹果。ちょっと変わってるけど、なかなか可愛い子だと思う。
元から少し変わったところがある子だったけれど、最近はそれに輪をかけておかしい。ぼーっとしてるかと思えば、今みたいに急に変なことを言い出して。思い返せば苹果がおかしくなったのって、この前の事故からかもしれない。電車の中で見知らぬ女の子と二人でぶっ倒れたなんて、聞いたときは肝を冷やした。別段、大したこともなく、今ではその女の子とも仲がいいようで安心したけれど。
「苹果、この前からちょっと変じゃない?やっぱり急に倒れたりしたから、」
「もーっ、何度も言ってるけどもう大丈夫!」
苹果はちょっと頬を膨らませてそう言うと、「で、佳音はどっちなの?」と再度問いかけてきた。
「運命を信じてるかって?うーん……」
運命の赤い糸なんて話をよく聞くけど、実際にそんな出会いをしたことがないし、運命的な何かを感じたこともない。信じてみたいというロマンチックな思いはあるものの、本当に信じてるかと聞かれるとちょっと微妙だ。
正直にそう告げてから、「苹果は信じてるの?」と尋ねてみる。
私の問いかけに苹果はちょっとドキリとするような笑みを浮かべて頷いた。
「私ね、運命って言葉が好きなの。だって運命によって決まってたら無駄なことなんて一つもないんだよ。だから私は運命を信じてる」
あまりにロマンチックな言葉に私はちょっと恥ずかしくなる。苹果は意外とロマンチストだ。
「それにダブルHも”運命”が好きみたいだし!」
「あー、新曲ね。聞いたよ、”運命の果実を一緒に食べよう”だっけ」
「そうそう!この間仲良くなった陽毬ちゃんもダブルHが好きみたいで、新曲の話で盛り上がったんだ〜これも運命、かもね」
運命について語るときの苹果は普段より熱心な口調になる。
瞳はなにかを慈しむかのような淡い光を湛えて、口元には朗らかな笑みを浮かべて。
そういうときの苹果は私の知らない顔をする。
「……私ね、すっごく好きな人がいたの」
苹果が手首を擦りながら、唐突に話し始めた。手首にはいつの間にできたのか、痛々しい火傷の跡がある。本人もいつどこで出来た跡か覚えがないらしい。時折、苹果は何かを思い出すかのように遠くを見つめながら、火傷の跡をなぞる。
その瞳にいったい何を映しているんだろう。
「苹果の好きな人ってどんな人なの?」
聞いたことのなかった話に興味をもって尋ねると、苹果は曖昧に笑いながら首を横に振った。
「さあ……あんまり覚えてないの。ただ、すっごく不器用で、鈍感で……それでも誰よりも優しくて、素敵な人、だった気がする」
「……そんなに好きだったのに、覚えてないの?」
「うん。でもね、きっといつかまた会えるよ。だって、そういう運命だから」
そう言って苹果は泣きそうな顔で、笑った。