セレーネの憂い

昔から何をやっても人一倍器用だった。勉強も運動も遊びだって。周りの大人たちは最初こそ褒めてくれるものの成長するにつれ、それは過度な期待や信頼へと変わっていった。
『和音ちゃんは器用だからねえ』
『東雲に任せておけば安心だな』
『さすが和音さんですね』
賞賛の言葉を聞くたびに笑顔の裏は乾いた感情になっていくばかり。なにをやってもうまくいく、当たり前、失敗しない。それがどれだけ面白くないことなのか周りは分かるはずもない。それでも何でもそつなくこなすことで人生はイージーモードになる。私はいつの間にかどんなゲームでも攻略本を見なくたってクリアできることが当たり前になっていた。
実家がゲームセンターということもあってか、昔からゲームをするのは割と好きだった。音ゲーにハマったときに、一時的にDJに興味を持っていた時期がある。色んな音楽を紡ぎ合わせ、観客の声援と会場を熱く盛り上げる。色んなテクニックに興味を持ってやってみたら、一通りのことはこなせるようになってしまった。DJだけじゃない。運動だって、勉強だって、人間関係だって。クラスメイトから和音ちゃんは凄いね、東雲さんは何でもできるよね、と言われて悪い気はしなかった。それでも悪気のない言葉を浴びせられるたびに、心の中に何か言い知れない感情が溜まっていくのを感じた。
何でもできることって本当に羨ましいことなんだろうか?
何にも夢中になれずに飽きてしまうことが?
……そんなことが羨ましいはずがない。だって、私が一番貴方たちを羨んでいた。
教室の隅っこの席からいつも彼女たちを眺めるたびに思っていた。何て楽しそうなんだろうって。勉強だってスポーツだって本気で打ち込んで負けて、だからこそ買った時の達成感が溜まらないのだと思う。それを感じることができない私はどこか人間として不完全な気がした。
だから、彼女と会ったのは私にとってのターニングポイントであることは間違いない。

「和音ちゃん、どうかしたの?」
出会った当初から変わらずに可愛い顔にきょとんとした表情を浮かべる彼女の写真を撮りたい衝動をこらえて、私は笑みを浮かべる。
「別に?どうもしないわよ」
「そお?なんか変な顔してたから」
「へ、変な顔……?」
言われた言葉にショックを受けていると、傍らにいたふたばが慌てたように「か、和音ちゃんはいつも可愛いよ……!」と言う。
「あら。私はふたばの方が可愛いと思うけどね。DJやってるときも含めて」
「そ、そそそれは忘れてえええ〜〜〜〜!!!!」
半泣きで私をポカポカと叩いてくるふたばの頭をよしよしと撫でていると、それを見ていた彼女――零奈はふふふっと笑みをこぼした。
「ごめんごめん、和音ちゃんの顔が変ってことじゃなくて、なにか言いたいそうな感じだったから」
「そうね……」
真剣な顔をして黙り込むと、零奈とふたばも真剣な顔になって私を見つめる。その視線を存分に浴びてから私は笑顔で言った。
「ないしょ」
「えー!それはないよ、和音ちゃん!」
「そうだよ〜今すごくドキドキしてたのに……」
部室に響く可愛い声を聞きながら、私は言いかけた言葉を自分の中にそっとしまい込んだ。零奈に言いたいことはたくさんある。その感情をすべてぶつけるのは実はまだ恥ずかしい気持ちもある。でも、仲間だから友達だから。いつか私がちゃんと言える時が来たら。

『今まで私が見つけてこれなかった衝動も感情も、熱く滾る想いも、全部見つけたのはあなたなんだよ。
私が一番嫉妬をして羨ましくてそして大好きなのはあなたのDJなんだよ。』

それはまるで告白のようで。考えただけで今はどうしても言えそうになかった。