聖なる前夜に些細な祝福を

「じゅ、銃兎さんは、24日って何か予定あるんですかっ」

平静を装って尋ねたつもりが最後の最後で声が若干上ずってしまった。
そんな私に違和感を覚えたのか、傍で煙草を吸っていた彼は煙を口から吐き出しながら、僅かばかり端正な顔立ちを歪ませた。

「そ、そんな怖い顔で睨まないでくださいよぉ……」

ただの会話のネタじゃないですか、と冗談交じりを心掛けながらあいまいに笑いかけると彼は、別に睨んでいませんよ、と言いながら懐から携帯灰皿を取り出して、短くなった煙草を仕舞う。

「24日……ああ、火曜日ですね」

「知ってますよ、それぐらい」

「その日は朝から会議が立て込んでいまして……それと溜まった書類にいい加減蹴りを付けないといけないですし」

「公務員さんは忙しそうですね」

「そういう貴女はお仕事ではないのですか?」

不思議そうに聞いてくる彼に私は苦笑しながら、残念ながらお仕事です、と返す。

「24日ってクリスマスイブですよ!イブ!なのにお仕事なんて……」

「私は特にクリスチャンというわけでもないので」

「私も別にクリスチャンではないですけど……でも街中クリスマスで賑わっているのにお仕事なんて寂しくありません?」

「平日ですからほとんどの人が仕事でしょう」

クールに言う彼に私はだんだんと返す口数が少なくなってきているのを感じる。
確かにクリスマスなんて学生とか休みの人とか恋人が浮かれる行事であって、独り身の社会人になんの関係もないけれど、一欠けらでいいからちょっとしたロマンが欲しい。
……できれば隣にいる彼と過ごしてみたいけれど、そんなことを口にしたら、可愛くない兎に鼻で笑われそうだ。

「大体、女性の皆さんはクリスマスと聞くと嬉しそうにしますよね。……おかげで断るのにも一苦労だ」

若干、苦々しげに呟かれた一言に嫌でも反応してしまう。

「……誰かに、お誘いでも?」

「ええ。まあ、仕事ですとはっきり断りましたが。平日の夜遅くまで遊んでいる暇もないわけですし」

「そうですよね……」

彼に言おうと思っていた言葉は胸の中ですっぽりしぼんでしまった。
別に期待なんてしていなかったけれど、それでもちょっとだけ、という気持ちは消えなくて。自分ならと自惚れていた気持ちがなかったわけでもなく、恥ずかしい。

「……というわけで、24日は仕事で忙しいので、帰るころの時間しか空いてないですね」

「はい……はい?」

銃兎さんから告げられた言葉に意味がよくわからずに首をかしげると、彼は咳ばらいをした後に、不機嫌そうな顔をする。

「聞いてなかったのか?」

「聞いてましたけど……お仕事お忙しいんですよね?」

「そうだが……そうじゃない。……帰りにここら辺を車で回るぐらいの時間はある」

「はあ……」

「……貴女って人は」

いまいち飲み込めない私に銃兎さんは若干苛立ったように、こめかみを抑えながら深呼吸をした。

「佳音さん。24日の夜、空いてるんですよね?」

「……仕事の後なら」

「イルミネーションを見るのはお好きですか?」

「……す、好きです!」

「遠出はできませんし、レストランでディナーなんかもできませんが……それでも良ければドライブなんていうのはいかがです?」

「い、いいです!行きたいです!で、でも、」

銃兎さんお仕事お忙しいし、ほかの人の誘いを断ったのでは、という疑問を口にする前に、左手を優しく掴まれる。

「何か問題でも?私の車の助手席に乗れる人なんて数えるほどしかいませんが」

何て言っていいかわからずに銃兎さんを見上げると、悪戯っぽい口調とは裏腹に優しい瞳で見つめ返されて、頬が一気に熱を持つのを感じた。