過去が優しいと言うのなら、早く過去にできますように。

彼と別れる日は刻一刻と近づいている。
それでも私は今この場所から一歩も踏み出せないでいる。
来月から彼に会えなくなる。人づてに聞いたその話は私の心を凍りつかせた。
本当なの、その話、と友達に問い詰めると、そうだよ、知らなかったのか?と世間話をするように言われた。みんな知ってるぜ、その話、お前そういう情報疎いもんな、言われた言葉に私は曖昧に笑って、そうだね、と答えるしかできなかった。
彼にもうすぐ会えなくなる。だからって一生会えなくなるわけじゃない。ただ、毎日のように顔を見合わせることがなくなるだけ。別になんてこともないでしょう?そう自分に言い聞かせて、途端に泣きそうになる。
私が一番頼りたいときに頼っていたのは彼だけだった。困ったとき、悩んだとき、寂しいとき。そんな時には彼のもとをいつも訪れて話をした。彼と私はただの友人。私にそこまでしてくれなくてもいいのに、甘やかしてくれる彼に私は自然と恋をした。本当に自然だった。友情と愛情がいつすり替わったか覚えていない。ただ、彼に食事に誘われたとき、彼と手をつなぎたいと思って伸ばしかけた手に、私は初めてこの恋を自覚した。それぐらい、私の中では自然なことだった。
その彼がもうすぐいなくなる。完全にいなくなるわけじゃない、そう頭ではわかっているのに、彼と離れるその事実がつらくて、悲しくて、たまらなくなって、私は目を背けた。
仕事に費やしていれば忘れられると思って、仕事をたくさんこなした。急に忙しくなってから、彼に会うことも自然と減った。口実を見つけて会おうとふとした時に無意識に考えてしまって、またそれが嫌になって私はまた仕事をした。
その仕事もあまりうまくいかなくて、彼に相談したくなった。どうしても会って話したいと思った時、私は彼と会うすべをとっくに失っていた。
今からでも会いに行けばいい、頭ではそう分かっていても体は動いてくれない。理性がブレーキをかけて、感情の邪魔をする。
だって、会ってなんていえばいいの。
好きです、って伝えればいいの。
そんなことできるはずがない、絶対にできない。
そんなことを伝えて、本当に彼に会えなくなってしまうくらいなら一生告げずに黙っていた方がいい。
私が言う。
それで本当に後悔しないの。
私が言う。
後悔はするわ。
私は言う。
じゃあ伝えればいいのに。
私は言う。
きっと一生伝えないわ。
後悔はきっとする。伝えればよかったと悔やむ。
それでも私は、たとえ時間を巻き戻してもその思いを口にすることはないだろう。
それから過ぎる時間が私の思いを溶かしてくれると思って、私は見向きもしないだろう。
彼と別れる日は刻一刻と近づいている。
それでも私はここから動き出せない。