なくなる音

最近、何かが足りない。

ふと気が付くと何かを求めて学校のあちこちを歩き回っていることがある。
何が足りないんだろう。心がどんどん乾いて、きゅぅと締め付けられるような苦しさを感じることがある。
何が足りないのか、誰か私に教えてほしい。

「やっぱ全然違うよな」
放課後、部活へ行く前の不二山くんと話し込んでいたら、彼は突然黙り込んだ後にぽつりと呟いた。
「違うってなにが?」
不二山くんは目をぱちくりさせて、気づいてないのかお前、と驚いたように言う。
「気づいてないって……何に?」
「……いや、そんならいい。部活行ってくる」
「う、うん。頑張ってね」
唐突に打ち切られた会話にもいつものことかと思いつつ、暇になった私は今日も校舎を歩き回る。
部活動に打ち込む声、吹奏楽部の音色、図書室で勉強しながらシャーペンを走らせる音、教室に残って雑談する笑い声、怒ったような先生の声、体育館でバスケ部がボールをつく音。様々な音が校舎に響き渡る。
それなのに、私の大好きな音だけが、聞こえない。
『やっぱ全然違うよな』
気づきたくない。
『何が足りないんだろう』
気づきたくない。
すぐそばにあったものが大好きなものだったなんて、なくなってから気づきたくない。

放課後、毎日のように音楽室から聞こえるピアノの音。
それをすぐ間近で聞くのが何よりも好きだった。文句を言われながら、意地悪されながらも、それでも決まって優しく弾いてくれる大好きな先輩の音。
今更もうここで聞くことはないと分かってるのに、それでも彼の音を求めてしまう。彼が知ったら何て言うだろう。呆れるだろうか、笑うだろうか。

私は、この音楽室で奏でられる設楽先輩のピアノの音がたまらなく好きだった。