今度は、私が赤くなる番だった

「……え。お休み、ですか?」

「うん、そうなんだ。風邪を引いたらしくてね」


昨日のデートで大雨に見回れてしまった私と設楽先輩。
そんな中、

『いいから黙って庇われてろ』

と設楽先輩は私を雨から庇ってくれたためびしょ濡れになってしまったのだ。
風邪引いてないといいけれど……と思いつつ、月曜日。
先輩の教室へ向かったのだが、そこには設楽先輩の姿はなく、代わりに紺野先輩がいて設楽先輩が風邪で休んだことを知った次第だ。

設楽先輩もメールくらいくれれば良かったのに……。

「設楽が風邪を引くなんて珍しいよね。何かあったのかな?琴宮さん、知ってる?」

「あ、えと、昨日設楽先輩とお出かけしたときに突然雨が降ってきて、先輩が濡れないようにって私を庇って……」

その時の設楽先輩はいつもと違って見えて。
『先輩』ではなく『男の人』って感じで、濡れた髪も近くに感じる身体も知らない人みたいでちょっとドキドキした……。

「デートか。設楽もなかなかやるな」

お出かけ=デートというのはどうやら紺野先輩にはバレバレだったらしい。
私は急に気恥ずかしくなって下を向く。

そんな私の目の前に一枚のメモ用紙が差し出された。

「これ……」

「設楽の家の地図だよ。僕は今日塾があるから琴宮さん、よかったら代わりに見舞いに行ってくれないかな?」

そう言っていたずらっぽく笑った紺野先輩に向かって私は元気よく返事をした。

「はいっ!!」



「佳音ちゃん、セイちゃん風邪で休みだって?」

自分の教室へ向かう途中に声をかけられた。

「ルカ」

ルカは面白くてたまらないといった顔をしている。

「よく知ってるねー」

「さっき、佳音ちゃんと会長が話してるの聞いちゃった」

そう言ってルカはペロッと舌を出す。

「もう……それでどうかしたの?」

「いや?ただ佳音ちゃんとセイちゃんの間に昨日何かあったのかな〜って思って」

思わずギクリとする。

ルカはとらえどころがない感じでいて、結構鋭いとこがある。

「や、やだなあ〜別に何もないよ?」

「昨日、途中で通り雨が来たからセイちゃんそれで風邪引いたのかな……だとしたら大分マヌケだね」

「設楽先輩はマヌケじゃないもん!!ただ私を庇ったから……」

「やっぱ昨日セイちゃんといたんだ」

ハッとしてルカの顔を見る。いたずらっ気のある茶色い瞳とぶつかり、私は俯いた。

「佳音ちゃん、嘘つけない性格してるからね」

からかうように言うルカを私は睨む。

「どうせ私は分かりやすいわよ」

ルカはハハッと笑うと急に真面目な顔になった。

「ところでさ、佳音ちゃんいつからセイちゃんと付き合い始めたの?」

「なっ……な、なな何で知って……!?」

「あれ、本当に付き合ってたんだ?」

「なっ……!!」

引っ掛けられた……

「み、みんなにはその、内緒にして、ね……?」

そっとルカを見上げてお願いするとルカは私から顔をそらして「ずりぃなぁ……」と一言呟いた。

「何がずるいの?」

「ううん。何でもない。……分が悪いけど俺も頑張ってみるよ。じゃ、セイちゃんによろしく」

「?……う、うん」

ルカ……どうしたんだろう

設楽先輩と何か勝負でもしてるのかなぁ……?



―放課後―

ミヨから設楽先輩へのお見舞いの差し入れとして、洋菓子屋『アナスタシア』を紹介された。

設楽先輩、グルメ家っぽいけど平気だよね?

カランカラン

「いらっしゃいませ。バンビ」

「ミ、ミヨ!?どうしてここに?」

「ここでバイトしてるから。設楽先輩もよく買いに来るから好みとかも知ってる」

「(さすがミヨ……!!)えと、じゃあその設楽先輩の好みのケーキをください」



「相変わらず……大きいなあ……」

私は設楽先輩の家を見上げため息をついた。
さすがセレブというべきか。見上げるほどの大きな建物、そして門。
思わずインターホンを押すのにためらってしまう。

いつもは設楽先輩がいるけれど今日は一人だ。

私は決意をかためるとインターホンに手を伸ばした。

『どちら様でしょうか?』

「え、えと、設楽先輩の後輩の琴宮佳音です。設楽先輩のお見舞いに来たんですが……」

『少々お待ちください』

ギィーという音が突然聞こえ、門が開いた。

「……」

唖然としてる私に向かってインターホンから『お入りください』という声が聞こえた。

(設楽先輩の家ってやっぱり凄いなあ……)



出迎えてくれたメイドさんは何も言わず設楽先輩の部屋へと通してくれた。

「何かご用があればお申し付けください。ではごゆっくり」

そう言って下がったメイドさんに慌ててお辞儀をし、私は設楽先輩の方を向いた。
設楽先輩はむくれたような顔でベッドに寝ていた。

「設楽先輩……大丈夫ですか?」

「大したことはない……なんで俺が休みだって知ってるんだ?」

「昨日、雨から庇ってもらったから風邪引いてないか心配で……3年の教室行ったら紺野先輩から設楽先輩が風邪で休みだって聞いたから……」

「紺野のやつ……」

設楽先輩は不機嫌そうな顔で呟く。

「ごめんなさい……私のせいで……」

私が謝ると設楽先輩は舌打ちをして、ベッドから体を起こした。

「!?設楽先輩!!ダメですよ、寝てなきゃ……」

「いいから。……昨日のは俺が勝手にしたことだからな。大体、好きな女をびしょ濡れにして風邪引かせたら最悪な男だろ!?……風邪引いたのは誤算だったが」

「でも……」

「佳音」

設楽先輩が真摯な眼差しを私に向ける。

「ああいうときは黙って庇われてればいいんだよ。それに……風邪引くのだって悪いことばかりじゃないからな」

「?」

「こうやってお前が見舞いに来てくれるだろ?」

私はなんとも言えず黙り込む。顔が赤くなるのが嫌というほどわかった。

「ああ、それと二人っきりのときぐらい名前で呼べよ」

「なっ……」

「ほら、はやく」

ニヤニヤとからかう設楽先輩を軽く睨みながら私は彼の名前を口にした。

「せ、聖司さん……」

「――っ。……本当にお前はずるいよな」

「え?」

口元に苦笑を浮かべた聖司さんと目があった刹那――

唇が重なった。

まるで絡めとられるような口づけにすべてを奪われてしまいそうで――

(甘い……)

頭の片隅でぼんやりとそんなことを考え、気づいたら頬を赤くした聖司さんの顔があった。

「……えっ!?なっ、今の……」

「……なんだよ」

「だって、聖司さん今……」

「ああ、もう。うるさい、黙れ」

照れたようにそっぽをむく聖司さんを見て、移ったように私の頬も朱に染まる。

そうして思わず黙り込んでしまった私達に突然、声がかけられた。

「ひゅーひゅー。見せつけてくれちゃってお熱いことで」

「やるじゃねえか、セイちゃん。昔は泣き虫だったのによぉ」

「なっ……お前らっ!!」

「ルカ!!コウくん!!なんでここに!?」

そこにいたのはニヤニヤと笑うコウくんとケーキを頬張るルカ。

「ってルカ!!それ私が聖司さんのために買ってきたのにっ!!なんで食べてるのよ!!」

「これ美味しいねー。どこのケーキ?」

「目の前で熱いラブシーンを演じてるから邪魔しちゃ悪ぃと思ったんだよなぁ……クックック」

反省の色が全く見られないルカとからかうように笑うコウくんを睨み付け、私は二人の頬っぺたをおもいっきり引っ張る。

「い、いててて…おい、バカやめろ!!」

「い、いひゃいいひゃい……ごめん佳音ちゃん」

「なんでうちのやつらはこいつらを家に入れたんだ……」

頭を抱える聖司さんを見てコウくんは笑いながら言った。

「クックック……さて、いいもん見れたし、ルカはケーキ食えたし帰るとすっか」

「そうだねー」

「お前らは一体何しに来たんだ!?……ゴホッゴホッ」

「!?聖司さん、無理しないで寝ててください……ほら、ルカ、コウくん。帰った帰った」

「じゃーな、セイちゃん」

「お大事にねー」

そのままコウくんの後をついて部屋を出ようとしたルカだったが急に振り返って私の耳元で囁いた。

「――――」

「!!……う、うん。ありがと」

ルカは私を見てにっこり笑うと今度こそ部屋を出ていった。

「……佳音」

「……はっ、はい!!」

「お前、今琉夏に何言われた」

「な、なんにも?」

「じゃあなんで顔を赤くして挙動不審な態度をとってるんだ……?」

「……な、何でもないですっ!!」

「嘘をつくなっ!!早く言えーっ!!」

「せ、聖司さん!!風邪悪化しますっ!!」



『セイちゃんさ、意地っ張りなとこあるけど本当は優しいから。きっと佳音ちゃんのこと幸せにしてくれるよ。そんなセイちゃんのこと……好きなんだろ?』



(好き、なんて言葉じゃ足りない)(そんなことを思ったからか、なかなか頬の熱は冷めてくれない)