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「はあ〜?で、葉加瀬はその人と連絡先交換したわけ?」


「連絡先って言っても、ツイッター交換しただけだけど…」


先日の話を大学の同級生の緑にすると、呆れたような顔をされた。まあ当たり前かもしれない、出会ってすぐの人に個人情報を漏らしたに等しい。今のご時世SNSなんて知らない人と繋がってもおかしくないだろうけど、普通に生活の範囲やらなんやらが特定できそうなことを呟いている鍵アカウントを教えたのは間違いだっただろうか。私はそのあたりの認識が甘いと、前にも緑に怒られた。


「でもさあバンドマンでしょ?なんかな〜。大丈夫?すぐ抱かれちゃったりしない?かっこいいのステージの上だけかもよ?」


緑があんまりにもさらっととんでもないことを言うから、私は飲んでいたレモンティーを思いっきり吸い込んで咽せた。だ、抱かれる…って。そんな漫画じゃあるまいし。て言うかかっこいいとは一言も言ってない。


「や、うーん、今の所そう言うチャラそうな感じはないから多分ヘーキだよ。なんか基本形態が敬語ですっごい腰低いし。大丈夫だって、私もそんなすぐ着いてったりしないから。」


「声かけられてすぐライブハウス入った人のセリフじゃないねえ。」


ぐうの音も出ない。私はずずず、とパックの下に溜まったジュースを吸い上げながら交換したツイッターのアカウントを眺める。加賀美さんはハヤト、と言うらしい。バンドのアカウントでも個人でも名義は「ハヤト」だから、苗字で呼ばない方が良かったのかも。隠してるわけでもないのかもだけど。3000フォロワー、500フォロー。フォロー比率もステージマンっぽい。この500人の中に私のアカウントが入っていいのか、甚だ疑問だ。最新ツイートはご来場ありがとうございました、と言う文言と共に鏡越しのバンドメンバーの写真だった。………写真で見ても整った顔してるな。


たまにライブハウスに出てる緑に聞いたけど、どうやら緑とは界隈が違うみたいで知らないバンドだ、と言われてしまった。MVを見ながら「上手いなあこいつら…」と呟いていたから、素人目だけじゃなくてしっかりと上手な人たちだったらしい。


次のライブは来週の火曜。ライブって年に数回行けば行ってる方だと思ってたけど緑を見てるとどうもそうでもないらしい。自分が出演する分も含めて月に4〜6本が普通みたいで、緑は大学とバイトとライブとてんてこ舞いである。きちんとファンがいて、やりたいことがあって、そのために全部を頑張る緑はかっこいい。


「ねーえー。みどりい。一緒に行かない?ライブ。」


休みの日が貴重な人に誘いをかけるのは少々気がひけるけど、また一人で行くのもちょっと心苦しい。珍しく即座にROM用のアカウントでフォローをかけていたし、きっと興味はあるはず。ダメ元で手を合わせ、問いかけてみる。緑は飲んでいたストローから口を離してあっさりとこう言った。


「いーよ。行こうか。」



…………え?二つ返事かよ。珍しいな。


「じゃあ葉加瀬が二枚取り置きお願いしといて。せっかくDMできるんだし。」

「その言葉この間も聞いた、取り置き……ってなに?」


あー、そっか。わかんねぇよなあ。と緑は呟くと説明してくれた。取り置きとはチケット予約のことで、前もって予約をしておくことで前売りの料金で入れるらしい。当日は前売りの金額よりおおよそ500円ほど高いから行くって決めたら予約をしておくのがいいし、演者としてもお客さんが来ることをわかってる方が気持ち的にホッとする、とのことだ。……なるほど。


ぽん、とDMの吹き出しを押す。日付と名前と枚数だけ言えばいいよ、って言われたけど幾ら何でもそれだけじゃなんか人間に対してする連絡っぽくない。この間の今日でさすがにそれもどうかと思うし。


少し考えた上で、私は画面に指を滑らせた。


『こんばんは。先日はありがとうございました、葉加瀬です。来週〇〇日のライブなのですが、葉加瀬で二枚取り置きをお願いしたいです。大学の友人と一緒に行かせていただきます。』


送って数分も経つと、ぽこんという音と共に返事がきた。


『こんばんは!先日は急なお声掛けにも関わらずご覧いただきありがとうございました。CDまで購入して頂けて、気に入って頂けたようで幸いです。そして、お取り置きまでありがとうございます!ご友人と来られるんですね、かしこまりました。葉加瀬さまで二枚お取り置きしておきますので、当時受付でお名前を言っていただければと思います。では、お会いできるのを楽しみにしていますね!』






なんだかんだと週末を乗り越え、やってきた火曜日。最後のコマが一緒の授業だったから学校から直接ライブハウスへと向かうことにしたが、先日とは違う会場だったから緑に案内を任せることにした。ライブに行くと決めた日に「え?箱CARBONかよ、めっちゃ店長知り合いウケる」とか言ってたからどうやら出たことのあるところらしい。


学校からはバス停3つぶん。この間よりちょっと遠くて、微妙な距離だからこそ行かない地域だ。緑に連れられて会場に着いた。今回は、前回より少し大きい、気がする。手馴れたもので進んで行く緑について行くので精一杯だ。受付で名前もバンド名も緑が言ってくれた。私はただただお金を出しただけ。手馴れてる。


「あれ?リューシェンじゃん。今日は何見にきたの?」


緑のことをさらっと音楽活動名義で呼んだから、そっち系の知り合いかな。話の邪魔をしたくなかったからそっと後ろに下がった瞬間、とすんと誰かにぶつかってしまった。「あ、すみませ、ん」咄嗟に謝罪の言葉を言いながら振り返ると、なんと。加賀美さんだった。


「あ、こんばんは…?」


加賀美さんは私のことを受け止め、「大丈夫ですか?」と問いかけて目線を上げた後、固まってしまった。え?


目線の先には、ライブハウスの人と喋る緑。…?


「……緑仙さん!?」



加賀美さんはわたわたと謎に慌て始めた。呼ばれて加賀美さんの方を見た緑は、キョトンとした顔をしている。別に知り合いってわけでもないはずだ。そうだとしたら、絶対MVを見せた瞬間に言ってるはずだもんな。その瞬間、関係者っぽい知り合いが大笑いし始める。


あ、なんかよくわかんないけど、疎外される気がする。これ、関係者だけの話やんな。そう思って私はすうっと離れようとしていたところを、緑に捕まえられた。「葉加瀬、ここ居な。」



…………逃げられない。しまった。