夏に溶ける

・本垢で掲載済。転載ではなく本人です。

・主人公の名前がないと味気なかったので適当に「鳥居未来」にしてあります。結構ちゃんと自我があるタイプの主人公です。苦手な方はご注意を。すんません。

・スチルありのシーン想定。エンドルートはハッピーでもノーマルでもどちらとも取れる部分のみ書いてます。文体はシナリオ向きではなく完全に小説です。勝手にもりもり設定足してるので?と思ったらそういうことです。質問・掘り下げはお気軽に言うてください!

・加賀美くんルートの中で出て来た案の「親愛度によってライブの曲の内容が変わる」「ライブ中に目があったような気がする、気のせいだよね?」という要素に加え、葉加瀬さんのノーマルエンドエピソードから要素を貰っています(書いてて思ったけど、ノーマルがあれって拗らせすぎなんだよな)。お借りはしていますが、今出ているエピソードと諸々違う点もあるかと思いますのでご了承ください。
・夜見さんには「あの見た目でこういうキャラでいて欲しい」という立ち位置で出て頂いているのでちょっとご本人との違いがあります。お名前お借りしてすみません。夜見さんに是非ご学友になっていただきたいです。





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飛ぶように準備の期間が過ぎ、あっという間に文化祭当日。
我がクラスの出し物も順調に準備が終わり、残すは当日の当番のみとなった。一年生はあまり大規模な出し物ができないが、二年生は飲食店をやっていたり大規模な建造物を作っていたりと様々だ。三年生は大多数が体育館での演劇を選択している。私も来年再来年にはああいうものを作るのか、と思うとちょっぴり不思議だ。ついこの間入学したような気分だったが、この様子だとすぐに三年生になってしまう気がする。
朝の開始の放送を聴き終わったクラスメイトたちはそれぞれの持ち場や目当ての場所へと散会していく。


「で?未来は一発目どこ回るの?」


夜見は文化祭のしおりを片手にいくつか目星をつけてあるのか、夜見はね〜と答えを聞く前に自分の予定を教えてくれた。どうやら食べ物系は制覇の予定らしい。相変わらずだ、その細い体の中のどこに吸い込まれるのか…。

予定………。確か、加賀美先輩のバンドは大トリを飾ると言っていた。軽音楽部は文化祭で引退なので、実質卒業ライブ前最後のライブだそうだ。卒業ライブは学校外で行うので、人によっては出ないと夢追先輩が教えてくださったし、私は先輩の進路すら知らないからこれが本当に最後のライブになってしまうかもしれない。
四月にたまたま加賀美先輩の歌を聴いてしまってから早半年が過ぎようとしていると思うと、時間が過ぎるのが早くて驚いてしまう。あの頃はこんなに加賀美先輩と仲良くなるとも思ってなかったなあなんて思いを馳せていると、夜見に脇腹を小突かれる。


「で〜?加賀美先輩と約束とかはしてないの?」


ニヤリ、と効果音がつきそうな勢いで夜見は悪い顔をしている。一言もいっていないけどどうにも夜見には先輩を好きでいることがバレているみたいで正直バツが悪い。この子に隠し事はできない、と思う。


「し、してないよ…。先輩、生徒会の方でも忙しそうだから最近全然会えてなくて。連絡もないよ。」

「ふうん。未来から連絡しちゃえばいいのに〜。」

「うーん。迷惑かなと思うとしにくくて。」


文化祭は生徒会の役割がかなり多いし、自身のクラスの出し物に加えバンドの練習とで先輩は忙しそうにしている。負担になりたくない思いもあって、ずっと続いていたやりとりも私の方から返すのを辞めてしまった。実際校内で見かけた時は周りに何人も引き連れて忙しなくしていた。……校内に何人もいるであろう彼のファンの中の一人でしかない私が迷惑をかけていい状態ではないだろう。


「もー!そんなこと言ってるから進まないんだよお。ほら夜見に携帯を貸してみなさい!」


夜見は私のスマホを手からもぎ取ると勝手にロックを解除してメッセージアプリの先輩のトークルームを開く。ここまでコンマ5秒、早い!妙に手馴れている!し、私のスマホのロック番号を知っているのか疑問…ていうか何をしてるの!?


「ちょちょちょちょちょ夜見!?!?」

私が慌てて携帯を取り返そうとすると、夜見さんはけらけらと笑ってくるくる回りながら私から携帯を遠ざけた。

「あはは、嘘だよ〜。やらないやらない。でもさー、今日何か言わないと勿体無くない?引退して受験が本格的に始まるともっとお話できなくなっちゃうよ?」


それはごもっとも。引退してしまって、会長の座も退任して、あの小さな部屋に先輩が来なくなってしまったら私は彼と会う機会も話す内容もどんどん減ってしまうだろう。そうなれば、あとは卒業まではあっという間であることには変わりがない。今までの時間の早さを考慮してもそれは目に見えていた。
私は先輩の進路も知らないけど、先輩のことだからしっかり受験をするに違いないから、受験モードになればもっと連絡なんてつかないかもしれない。


「…そうだよね。なんとか会えればいいんだけど。」


行動を起こそうにも色んなものが邪魔をする。迷惑にはなりたくない。彼は決して私だけと約束をしてはいい人間ではないのだ。ファンクラブの圧の強めな人たちの顔を思わず思い出す。もやもやとした気持ちを抱えていると、私のスマホがぽこんと音を立てた。こんな朝に、一体誰だろう。


「お!?未来!!噂をすれば先輩から連絡きたよ!即既読つけちゃった!」

慌てて夜見の手元のスマホを覗き込む。

『鳥居さん、おはようございます!☀今日、お互い楽しみましょうね!…1つお願いなのですが、以前お伝えした私のステージを見にきて頂けませんでしょうか?今日は絶対に鳥居さんに見て頂きたいです。お待ちしています。』


加賀美先輩にしては珍しく下手に出てきている感じがない。私の予定を伺う感じもなく、自分の来て欲しいという気持ちが全面的に出ている。


「ほお。めっちゃ来て欲しそうだね?もちろん行くんでしょ?」

夜見さんはふむ。と呟きながらそう言った。
言われなくたって見に行くつもりだった。定期的に先輩のライブを見に行っていたけど全部すっごく楽しかったし、恋愛感情抜きにしてもライブは必ず見に行きたい。私は加賀美先輩のことを好きである以前に、彼の歌のファンなのだ。それに、先輩のライブをしばらく見れないのだから余計に。…なんか必死すぎて言い訳くさくなってしまうけど。

「 ────うん。行くつもりだよ。ちゃんと見て来る。」

「ん!それなら良し。楽しんでおいでね!じゃあ夜見、ホットドック食べてくる!」


満足そうに笑うと、夜見は私にスマホを返してからじゃーねー!と言って去ってしまった。残された私はスマホを握りしめたまま、ぼんやりとしてしまう。もう一度、確認をするように先輩からの文章を読み直す。


もしかしたらこれが正真正銘、最後のチャンスかもしれない。言うなら今日しかないのだろうか。握りしめたスマホの画面の先輩の言葉をじっと見つめた。








一日中気も漫ろで過ごしてしまい、気がつけばもう文化祭も終盤となっていた。一体どう過ごしていたのかあまり覚えていない。なんだか勿体無い気もするが、どうしても気を抜けば先輩のライブのことを考えてしまう。最後にあの部屋で話せた日に言っていた曲は完成したのだろうか。今までにない真剣そうな顔で絶対に完成させたいと言っていたこととその時の表情が脳裏に浮かぶ。真面目で、でも時々お茶目で、年相応でもあって。たくさん先輩の表情を見て来たと思うが、…でもあの時の表情は、私が知っている先輩の表情の中でも格別に真剣だった。
…しかも心の奥底から私を見ていた、と思う。あんな表情をしてしまうほど作りたかった曲を、今日聞けるのだろうか。


結局朝の加賀美先輩のメッセージに返事もできず、トーク画面を開き見つめては閉じ…を繰り返してしまっていた。あと本番まで一時間もないことに気がつき、意を決して私は画面に指を滑らせる。さすがに返事もしないのはあんまりだろう。


『先輩、こんにちは。お誘いいただいていたライブ、もちろん行くつもりです。引退されてしまう前に、きっちり目に焼き付けさせて頂きます!楽しみにしてますね!』


終盤に差し掛かった体育館の特設ステージの人の多さは尋常ではなかった。夏特有のむわっとした空気が立ち込める中、舞台上の進行は予定通りの様子だ。つまり、今のバンドの演奏が終われば加賀美先輩のバンドの演奏ということになる。おそらく今体育館にいる人の大半が最後まで残り、先輩のバンドを見ていくのであろう。このバンドの人はなんといったか。何度か見たことのあるバンドだけれど落ち着きのないせいかうまく耳に入ってこない。とにかく自分の場所を確保しなければ…。
前すぎず、でも表情が見えるような位置を探して人波を掻き分け前へと進む。

多少苦労することになってしまったがなんとかいい場所を確保できた。今演奏しているバンドのメンバーさんの顔が見えるし、おそらく向こうからは私のことをギリギリ視認できるかできないかだろう。
ふと、すれ違いざまに「加賀美会長のバンド今日でしばらく見れないなんて寂しすぎる、泣いちゃうかも」と話していた知らない生徒のことを思い出す。
…もし、うっかり何かのはずみで泣いてしまったら。それを先輩に見られるなんて、とてもじゃないけどごめんだ。
少し早めに来て、いい場所を確保できたことにホッとする。時間を確認しようとスマホを見ると、少し前に夜見さんから『体育館、人数スゴいねー!?全然未来と会えなさそう。終わったらまた連絡するね。』と連絡が入っていたことに気がつく。ありがたいことに、一人にしてくれるようだ。ありがとう、また後でね。とだけ返信して、私は携帯をスカートのポケットの中へ突っ込んだ。

今日着ればもうあとは寝巻きにしかならないようななんともいえないデザインのクラスTシャツ、少しだけ折って涼しくなるようにしたスカート、長すぎない丈の靴下にちょっと汚れてきたスリッパ。髪の毛は汗で崩れているし、怒られない程度の化粧だってもう半分は落ちているだろうけど、向こうからは見えないはず。それでも私はそわそわと身なりを気にしてしまう。

気がつけばもう前のバンドの演奏は終わっていて、転換が始まっていた。加賀美先輩がサウンドチェックのために出て来ただけで色めき立った女の子たちの声が前の方から聞こえて来る。
…見れば見るほど、私と一緒に狭いあの部屋で騒いでいた人とは思えない。別の世界の遠い人かのようだ。実際のところ全部夢で、過ごしてきた時間は私の空想ではないだろうか。そう思ってしまうほどステージの上の先輩と、フロアの私は離れていた。

「────それでは、5分後!皆様宜しくお願いします!」

どうやらバンドのチェックは終わったらしい。メンバー全員が一度袖へとはけていき、同時に体育館のなけなしの照明も絞られて行く。……ああ、本当に最後か。そう思ったのもつかの間でBGMが一瞬爆音になった後、一気にフェードアウトして。

ついに先輩のライブは始まってしまった。


一曲目は今まで何度もライブで聞いた定番のカバー曲、次は何度か聞いたことのあるオリジナル曲、そして誰でも知っているような有名なバンドのカバー。あっという間に進行するセットリストだが、先輩たちのバンドはフロアのお客さんを誰一人として置いていかない。全員を巻き込んで高まらせ、熱気は最高潮に達する。MCの時間に先輩が思わず不安そうに「皆様大丈夫でしょうか、周りへのお気遣いもお忘れなきようにお楽しみいただけると…!」と注意を入れるほどだ。モッシュやWODが起こるような激しいナンバーがあっても誰も怪我をせず倒れもしないあたりがみんな慣れているなと思う。ここにいる多くの人が何度も先輩のライブに足を運んだことがあって、その度に全力で楽しんできたのだろう。そう思うと何様かは知らないが、ほんの少し視界が滲む。ああ、私の好きな人の音楽、こんなにたくさんの人に愛されていたんだな。言葉は不要で、こんなにも多くの人がその「好き」「楽しい」という感情を一斉に共有するようなこの体験はライブでしかできないと思う。──それもこれも、加賀美先輩が教えてくれたものだ。私一人じゃ、こんなところに来ようとすら思わなかったであろう。

バンドメンバーとじゃれるようにして話していた先輩がふと佇まいを直し、どこか遠くを見つめるような目になる。フロアもそろそろ終わりが近づくことを察したのか、全体的に静かになった。

「えー…それでは。ここでですね、わたくしたちの最後のオリジナル曲を聞いて頂ければなと思います。…実は、その。聞いて頂きたい方がいまして…、きっといらっしゃってくれているとは思うのですが。そう信じて、歌わせて頂きます。」

ヒュッ、と喉に空気が入り込む。あの、顔だ。私に見せたあの顔。完成したんだ…。わたしは慌ててポケットから携帯を取り出し、ボイスメモを立ち上げる。

「それでは聞いてください、────」


おそらくこの曲は最後から二番目の曲にあたる位置にあるはずなのだが、ここに来て初めてバラード。フロアはみんな先輩たちの紡ぐ音に耳を傾けている。

──── 音が、切ない。歌詞をきちんと飲み込む間も無く曲は頭へと流れ込んで来る。あんな表情をして絶対に聞かせたいと、…おそらく、自惚れでなければ、他の人に向けて同じ文を送っていなければ。聞かせたいと思った相手は私だ。あの小さな防音のゆるい部屋で先輩と一緒に歌ってみたこと、いろんな音楽を教えてもらったこと、自分の父親と将来の話。深読みかもしれないけど、手から零れ落ちそうな言葉たちを無理矢理精一杯頭に詰め込んだ歌詞からはそう読み取ってもおかしくないような、そんな色が流れ込んで来る。歌詞は未来へと、限りなく明るい未来へと進んで行くのに、音だけがずっと切ないままで。気がつけば私は涙を流していた。
どうしてだろう。何も言っていないのに何も伝えられても伝えてもいないのに、こんなに苦しくって切なくなることなんて、あるだろうか。

わたし、先輩のこと、なんにも知らなかったのかな。

体育館の上の窓を塞いだ暗幕が風でめくり上がり、太陽の光が体育館の中へと差し込む。激しい照明の点滅の合間に私は太陽の光に照らされる。眩しい…手を目の上へかざした、その瞬間だった。マイクを持ち、必死で歌う先輩と目線が一瞬交錯する。
── 先輩は驚いたような顔をした後に、ひどく優しそうな顔をした。


曲が終わると同時に切れ目なしでキミシダイ列車のリフが鳴りだす。最後にふさわしい曲だ。わたしは涙で顔があげられない。手拍子が聞こえる。ちらりと見たステージで私も歌えるようになってしまったくらい聞いたこの曲を歌う先輩の顔は驚くほど清々しく、そして格好が良かった。今までの出来事がギターソロと共に走馬灯のように駆け巡る。

「今までわたくしたちを応援してくださいまして、誠にありがとうございました!皆様のこれからが輝かしいものであることを!」

アウトロでそう叫んだ先輩はジャンプと共にバンド隊の音を一身に受けて停止させる。フロアからは割れんばかりの歓声、拍手が巻き起こり大変なことになっている。最高のライブであったことを全てが物語っている。大成功だ。


私はフラフラと体育館から抜け出し、辿り着いた人気のない花壇の脇で動けなくなってしまった。涙が止まらない。先輩が私に聞かせたかった曲の真意を汲み取るのが怖い。
震える手で回していた録音を止める。ほぼ同時に文化祭終了の放送が校内に鳴り響いた。