誕生日の話

原題:五条悟の誕生日が最悪で最高な話


 くだらない心理テストみたいなものだ。

【十二月七日の第一位は……射手座のあなた! ラッキーカラーは赤色♪】

 普段読むことのない新聞の片隅に控えめに載せられたその占いコーナーは、やけにポップな字体と星を象ったキャラクターが印象的だった。
 おおよそ編集だか企画だかの人間がサイコロでも振って決めているのであろうそんな占いは別に興味もなければ信じてもいないが、唯一目に留まったのは、どうにも見慣れた二つの数字の羅列。自分の誕生日はもちろんのこと、その数行下に書かれた「相性の良い誕生日」なんて見出しの中に見つけた、あいつの生まれた日。

「相性の良い、ねぇ……」

 そう、くだらない心理テストみたいなものだ。別に信じちゃいない。が、悪い気もしていない自分に苦笑する。
 そもそも普段読まないこの新聞も、今頭の中を支配する彼女が「たまには新聞くらい読みなよ」と言うものだから、本当にただなんとなく買って広げてみただけなのだ。
 世の中で起きている事件の多数は呪いによるものであるし、記事に載っているものの中で既に俺や他の高専の呪術師が祓った呪いも少なくない。結局新聞の方が情報が遅いのだから読む意味はないという結論に落ち着き、砂糖をたっぷり入れたコーヒーだけを片手に部屋を出た。

「や、悟。おはよう」

 教室へ向かおうと数歩進んだところで、自分にかけられたであろう声に振り向くと、そこには親友である夏油傑の姿があった。その髪の毛はいつも通りきっちりと纏められ、自分の寝起きとは随分違うもんだとカフェインで無理やり覚醒させた頭で考える。

「誕生日おめでとう。今日は良い日になるといいね」
「サンキュー」

 誕生日というものをそれほど特別に思ったことはない。五条家じゃあ俺のような所謂��天才�≠ェ生まれた日はそれはそれは特別で、大切に盛大に祝うべきとされているようだが、目に見えない大人の事情という奴は、目に見える呪いよりもはるかに不愉快で反吐が出る。

「あいつは?」
「ん? ……あぁ、彼女ならもう教室の方に行ってるんじゃないかな」

 その言葉に短く「そうか」と返せば、何やら愉快そうに、傑は喉をくつくつと鳴らした。

「なんだよ?」
「いやいや。誕生日だから浮かれてるのかと思ってたけど、平常運転だね」

 今日も二言目には彼女の話で安心したよ、と肩をすくめる親友を小突いて、並んで教室へ向かう。
 唯一自分の誕生日が特別だと思う瞬間を挙げるとするのならば、友人たちと、俺がガキの頃から懲りずに想い続けるあいつからの純粋な祝意を受け取るときだ。何の他意も含まれない「おめでとう」は、俺でもご多分に漏れず喜ばしいと思える。

 普段と何ら変わりない扉をがらりと音を立てて開けば、室内にいた同級生二人が同じタイミングで顔をこちらへ向けた。

「お、噂をすれば。今日の主役登場」

 おはよーとひらひら手を振る硝子と、その隣で何やら難しそうに眉間にシワを寄せている俺の幼馴染み。

「なになに、俺の噂? 女子二人でどんな恋バナしてたわけ?」
「恋バナなんて一言も言ってないでしょ」

 不貞腐れたような声を出しながらも一足遅れて「おはよ、悟」と挨拶する彼女の手元を覗き込むと、そこには不機嫌の原因となっているであろう一冊の雑誌が開かれていた。かけているサングラスを少しずらしてさらに近寄れば、どこかで見たような可愛らしい字体とキャラクターが目に入る。

「お前、また星座占いなんて見てんの? そんなん信じる奴今どきいねーよ」
「別に信じてないわよ‼ ただ運勢の良い日はお守り替わりにしてるだけ‼」
「じゃあなんでそんな機嫌悪いんだよ? どーせ悪かったんだろ」

 椅子に座っている彼女とそうでない俺との間に生まれる圧倒的高低差のまま笑ってそう言い放ってみれば、彼女はぐぅ、と悔しそうに押し黙った。「今日の恋愛運が最悪らしいよ」とにやにや笑う硝子の言葉に「なんだよ、やっぱ恋バナじゃん」と返すと、隣にいた傑がこれまたにやにやと笑いながら言う。

「ふーん。そんなに恋愛運が悪くて凹むなんて、よっぽど好意を寄せる相手でもいるのかな」

 少し間があって、直後顔を真っ赤にして堰を切ったように否定を始めた幼馴染みを横目に、俺は小さなため息をひとつついて後方の席へと腰を下ろした。

 面白くない。仮にも俺の誕生日だというのに、なぜ自分の好きな相手が他の男を想って頬を赤く染める様を見せつけられなければならないのか。何が今日の一位は射手座だ。何が相性の良い誕生日だ。やっぱりそんなもんはクソ食らえだ。
 心の中でこれでもかというほど悪態をつくのには、別に理由がないわけじゃない。俺の幼馴染みの想い人は、何を隠そう今目の前で楽しそうに彼女と問答を交わす俺の親友、夏油傑なのだ。

 そんな知りたくもない事実を知ってしまったのは、今から遡ること半年ほど前だろうか。
 あの時もあいつは飽きもせずに占いの雑誌を見ていて、その中でも相性占いを食い入るように見つめていたのを憶えている。ページをめくるごとに一喜一憂するその表情がどうにも可愛くて、隣の席で頬杖をつきながら観察していると、その顔がひと際嬉しそうに輝いた瞬間があった。

『……何、なんか良いことでも書いてあった?』

 そう俺が訪ねると、彼女は今と似たような真っ赤な顔をして、慌てて雑誌を閉じた。そして視線を泳がせながら、少し照れたように一言呟いた。

『わ、私と傑、相性最高だって』

 あー。思い出したくもないが、あのときの衝撃といったら。
 まるで金槌で頭を殴られたかのような嫌になるほどの眩暈がして、俺は続けて何かを言う幼馴染みの言葉が右から左へ流れていくのを感じながら、みっともなくフラフラと教室を後にしたのだった。
 それからしばらくは傑を見る度に無条件にイラッとしたし、くだらない占いの話が出ればすぐに席を立ったりもした。
 今でもその気持ちがなくなったといえば嘘になるが、あまりに分かりやすく態度に出しすぎたせいか彼女は滅多に俺の前でそういった類の話をしなくなったし、俺も多少なり罪悪感が芽生えたので考えるのは止めた。

「……のに、なんで今日に限ってまた」

 誰にも聞こえないような声で再び悪態をついて机に突っ伏すと、先刻も聞いたがらりという扉を開く音の聞こえたのち、夜蛾先生が入ってきた。
 ご指名が入ったのは傑と硝子。二人はすぐに身なりを整えると、先生の後ろについてそそくさとその場を後にする。

「……どう思う? 五条」
「かなり機嫌悪かったね。……さて、彼の誕生日が��良い日�≠ノなるといいけどね」

 廊下で二人がそんな会話を繰り広げていたなんてつゆ知らず、俺は取り残された彼女との間に流れる微妙な沈黙を破る気もないといったように携帯をいじる。どうやらそれがわざとらしいと勘付いた彼女は、むっとした表情をすると、後方までやってきて俺の前の椅子へ腰かけた。

「なんでそんな不機嫌なのよ。せっかくの誕生日なのに」
「……誰かさんが祝ってくれないからだろ」
「ごめんって。本当は顔見たら一番に言おうと思ってたの」

 そのあとに続いた「お誕生日おめでとう」という言葉は、こんなに面白くないと思っていても心にすっと入り込んでじんわりと体中を熱くさせるのだから、こいつの言葉は呪力よりも厄介だ。

「……恋愛運、最悪だって?」

 感謝の言葉を伝えたあと、俺が二つ折りの携帯を閉じてそう呟けば、彼女は結局話を戻すのかといった表情を見せた。こんなのはいかにも気にしているといった風で、我ながらダッセェなぁと感じつつ、目の前にある大きな瞳に視線を合わせる。
 突然交わった視線に少したじろいだように見えた彼女は、控えめな小さな声で言った。

「……そう、今日は私にとっても大切な日なのに」
「あ? 大切な日?なんで?」
「そ、そりゃあ……悟の誕生日だし」

 自分が女心に疎いと思ったことはあまりないが、俺の誕生日とこいつの恋愛運が最悪なことに関連性を見出せず、俺は分かりやすく眉をひそめ首を傾げてみせる。彼女自身も先ほど発した言葉が整合性を欠いていると分かっているのか、難しそうな表情をして、つまりその、と口ごもっている。

「なんだよ? 傑に告白でもすんの?」

 これは普段から言えることだが、こいつのことに関しては殊更効かない感情のコントロールがそんな言葉を乱暴に口から吐き捨てさせた。それが肯定されたときのことなんて考えたくもないが、「は⁉」と素っ頓狂な声を上げる幼馴染みが本当に驚いた顔をしているのを見て、微かな違和感を覚える。
 どうにもそれは、なぜ俺がそのことを知っているのかということに向けられているというよりも、本当に何を言っているのか分からないという表情に読み取れた。

「……違ぇの?」
「え、いや、違うというか……そんな話どこから出てきたの? 私、傑のこと好きだなんて言ったことあったっけ?」

 好きだと言ったことは、ない。はっきりとその言葉を聞いていたなら、俺がこいつに気持ちを伝えるのを止められたわけがないからだ。

「前に傑と相性抜群だってめちゃくちゃ喜んでたのは?」
「えぇ⁉ いつの話⁉ 多分普通に友達として相性が良かった言ってただけでしょ⁉」
「……じゃあ、さっき恋愛運が悪くて凹んでたのは? 傑じゃねぇの?」

 俺のその言葉を聞いて、瞬間ぱっと色づいた頬に、思わず俺も動きを止める。
 つい数十秒前の整合性のない言葉と、今目の前にある幼馴染みの表情と、半年前に右から左へ流れた何かしらの言葉。それらが突然繋がったように、頭の中でひとつの可能性が首をもたげる。

 女心に疎いわけではないというのは嘘ではないが、まさか。

「……俺?」

 思わず口から漏れた情けない声と、俺の長年の想いが実を結んだことを意味する目の前の彼女の反応がお互いの顔を真っ赤にして、こんなときに信じたくもないクソみたいな占いの一文が頭を過った。

【十二月七日の第一位は……射手座のあなた! ラッキーカラーは赤色♪】

 ――なるほど、たしかに最悪だ。
 一位だなんて信じたくもなければ特別でもない今日という誕生日が、最高なまでに��良い日�≠ネのだから。


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