救いの光


鵠さんに少しだけお休みをもらった。どうしてもあの事件のことが気になって仕方なくて、自分なりに調べたくなったから。どんなに調べたって久保くんを助ける術は見つからないかもしれない、でも、それでも。何もしないで過ごすことだけは嫌だった。
どうにかしたい、どうにかしてあげたい。そう思う気持ちは昔、あの人に抱いたことがある…胸を締め付けられるような、焦がれる気持ちは。…だけど、久保くんに抱いてる気持ちはきっとあの時のとは違う。そうでなければ私はきっと、彼自身を壊してしまう。だから、この気持ちは私の勘違い…恋も愛も、私の中にはもう存在してないんだから。


「―――え…?」
『ですから、彼はやはり警察に捕まっていました』
「容疑は、あのニュースになっていた殺人事件ですか」
『ええ』
「久保くんはあの事件には全くの無関係…普通なら参考人程度で片のつく話」


犯人らしき男も彼は見ているし、本来ならばそれを話してしまえば事は収まるのだろうけど…そうなっていないってことは久保くんは黙秘を続けてるってことだ。だってその犯人のことを話す以前に、どうしてあのホテルを訪れたのか離さなくちゃいけないでしょう?それをするような人だとは、到底思えないもの。何て言うか、…義理堅い人だから。
それにあのホテルは出雲会の息がかかった店舗だと聞く。久保くんは前に少しだけ、出雲会に関わっていた。そのことや、過去の素行から警察が久保くんを事件に関わる重要参考人と捉えたって不思議じゃないわよね。全く…もしかして、と考えていた仮説がこうもピッタリ当てはまっちゃうなんてなぁ。…出来れば、外れててほしかったのに。

電話を切ってケータイをポケットにしまったら、ポツリと頭に何かが当たった。不思議に思って空を見上げてみれば、大粒の雨が空から降り注いでいた。徐々に激しさを増す雨は体をびっしょりと濡らし、体温を奪っていく。

『なぁにしてんの、おバカさん?』

傘を忘れて濡れたまま帰ろうと歩いていたら、そう言って傘を差し出してきた彼の姿を思い出す。いつもの笑みを浮かべて、でもどこか優し気で。濡れた髪をタオルで拭いてくれる大きな手も、私の名前を呼ぶ声も、何もかもが私にとっては痛い程に優しくて…そしてとっても、嬉しかったんだ。


「は、…ははっ何でそんなこと、今思い出すんだろう」


何でだろう。今、ものすごく―――――大きな声で、泣き叫びたい気分だ。


「…ほたる?!」
「ッ、と…きくん…?」
「お前なにやってんだよ、びしょ濡れじゃねーか!!」
「…同じくびしょ濡れな君に言われたくないよ」


私の名を呼んだのは、時くんだった。自分だってびしょ濡れなのに私のことばっかり心配して、腕を引っ掴んで街を疾走する時くんが向かったのはお世話になってる滝くんの家。インターホンを押せばお風呂上りであろう彼が上半身裸で顔を覗かせ、2人揃って濡れ鼠なこの状況にめっちゃ驚いてます。
ひとまず風呂!…と、タオルと着替え(滝くんのワイシャツとジーパン)を無理矢理渡され、これまた無理矢理にお風呂場に突っ込まれました。ああもう、そんな力ずくに押さなくたっていいじゃない…寒いからしっかり温まらせて頂きますけれども!


「くぼっちパクられたんだって?」
「時くんから聞いたの?」
「ああ、取り返すから手ェ貸してくれだとさ。…瀬上ちゃんも?」
「―――…さぁ?」


でも情報は少し持ってるわよ?と、カバンの中から自分なりに調べてみた紙を引っ掴んで滝くんに渡す。それ+滝くんの人脈や、ネットで掴んだ情報達を照らし合わせていくと…そこそこのことはわかり始めてきた。お風呂から上がった時くんも交えて話を進めていく。
まず殺された場所は横浜市内のホテルで、被害者は酒井里香子20歳―――同市内のお触りパブ『ブラックパピヨン』の風俗嬢だった人、らしいです。遺体からは薬物反応が見られ、常用の跡も見られたみたいね。ってことは、鵠さんが久保くんに頼んだのは薬、って線が濃厚かなー。自分で使う分か、それとも運びの為の分か…それは私達じゃ確認することも出来ないけどさ。


「リカコ…?」
「時くん?」
「あーーーーーーっ!!!」
「っちょ…?!なに急に大声なんか出して!」
「思い出した…繋がったんだよ!!」
「繋がったって、…何が?」


興奮気味の時くんが話してくれたことを要約すると、とある経緯で知り合った女の子がいて、で、その子の友達がリカって名前で最近殺されたらしく…何でもその子のお店は出雲会が絡んでいる所だったんだってさ。最近は薬に手ぇ染められてて、その流れからか売人みたいなことまで始めてたらしい…と、聞いたのを思い出したみたい。
なぁるほど…確かに繋がった。殺された子の名前や、出雲会が絡んでいるお店とホテル…それに薬物。その女の子の友達、この酒井里香子って子で間違いないでしょうね。ということは、だ…もしかしたらそのお友達が何か知っている可能性もあるわよね?


「そのお友達の連絡先、わかる?話を聞いてみる価値あるでしょ」
「おう!アンナって名前で名刺が―――…あ。」
「うん?」
「ソイツ、久保ちゃんの知り合いみたいでさ…ほたるによろしく、って」
「私に?………アンナ、って…もしかしてあのアンナちゃん…?」


ケータイに登録したままだった番号は今も変わっていなかったらしく、少しだけ緊張しながらもかけてみれば記憶の中の彼女と何ら変わりない声が耳に届いた。話したいことがある、と言えば、彼女―――アンナちゃんは何かを察してくれたらしく、近くのファミレスで待ち合わせしようと言ってくれました。
これで何か進展するような情報が得られれば万々歳なんだけど、さあどうなることやら。





「ほたるちゃん」
「久しぶり、アンナちゃん。ごめんね、こんな時間に」
「大丈夫。それで話って?」


どう話すべきか…でもここは全部話しちゃった方がきっとわかりやすいよね。
私達は、というかほぼ時くんが事の次第を1つずつ説明していった。アンナちゃんの友達が殺された日、久保くんもそのホテルを訪ねていたこと、監視カメラにホテルに入っていく彼の姿が映し出されていたこと、そして…今、殺人の容疑がかけられていて久保くんが捕まっていること。
全て包み隠さず話せば、アンナちゃんはひどく驚いた表情を浮かべていた。そりゃあまぁ、そんな顔にもなるわよね?私だって彼女の立場で、知り合いが自分の友達を殺した容疑で捕まってるって聞いたらびっくりするに決まってるもの。


「〜〜〜アンタそのリカって人と友達だったんだろ!なんか犯人に心当たりとかねぇの?!」
「そんなこと言われたって………あ…そういえば、」
「何か思い出した?」
「うん。今朝、現場のホテルまで献花に行ったんだけどその時、ホテルの前をウロウロしてる男がいて…」


どんな人かを聞いてみれば、リカちゃんの得意客だった男の人だったんだって。アンナちゃんも前のお店で数回会ったことあるからよく覚えてたみたい。見た目は中年のサラリーマン…これ、久保くんが見たっていう犯人像と一致してるんじゃない?あとは名前さえわかれば、その人のこともう少し詳しく調べられそう。
だけど、アンナちゃんは直接関わりがあった人間じゃあない。仮に名前を聞いていたとしてもよっぽど印象に残るような名前じゃなければ、記憶になんか残ってないわよねぇ。なかなかに有力な情報だったけど、ここまで…かな。


「―――思い出してくれよ、頼むから…!!」
「時くん…」
「……ねぇ、君。そんなに誠人のことが好き?」
「…な…なんだよソレ!関係ねーだろッ?!」
「誠人は誰のものにもならないよ…そういう人だよ、アイツは」


アンナちゃんの言う通り、いつだって久保くんは1人で勝手に考えて、勝手に行動して―――今回の事件だってそう。周りに迷惑をかけないように、ってぜーんぶ自分でどうにかしようと立ちまわってる。
周到に行動して、その結果、私と時くんの存在はきっと警察には深く知れていないと思う。家に近寄るな、って私に言ったのも、時くんにしばらく家に帰るなって言ったのも、きっと家宅捜索に入るであろう警察に見つからない為だったんだと思う。
そこまで事前に考えて、…でも詳しく話さないで行動しちゃったもんだから、時くんはご立腹なんだけどね。


「それにほたるちゃんだって同じ、彼女だって誰のものにもならないし…どこか誠人に似てる。覚えがあるんじゃない?」

―――何も聞かされないで、振り回されたこと。

「当たり前じゃん。久保ちゃんは久保ちゃんだけのものだし、ほたるだってそうだ。…だけど、久保ちゃんのものとほたるのものは全部俺のものだ」


ぽっかーん。
アンナちゃんの言葉にどう返すんだろう、どう思ったんだろうと考えていれば…予想だにしない一言が返ってきました。うーわー、まっさかそんな言葉が返ってくるなんてこれっぽっちも想像していなかったから口あんぐり開いちゃったよ。絶対今、もんのすごーく間抜けな顔してる自信ある。


「ぷッ…くっくっくっく…」
「〜〜なんだよ!てか、ほたるまで笑ってんじゃねーよッ」
「ふはっ…ごめ、…でもさぁ、どんだけジャイアンなのよ君ってば」


いつだって正直で、真っ直ぐな君は。久保くんと―――――私を照らす太陽、だったんだ。
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