愛し、恋しやと鳴く鳥は
結局、アンナちゃんが見たという男の人の名前は聞くことが出来なかった。思い出せない、ごめんって謝られたけどアンナちゃんのせいなんかじゃあないしね。
でもきっとその男の人が犯人だってことには間違いないし…どうにか調べる方法ないかなぁ。確か働いてたお店のお得意さんだったって言ってたわよね?そのお店に行けば何か聞けるかもしれないけど、…でもさすがにお客の名前までは控えてないか?それにそう簡単に教えてもらえるとも限らんしー…何より、出雲会のシマにあるお店に足を運びたくないという気持ちもある。
…けど、その人さえ見つかれば。警察に捕まってくれれば。久保くんが戻ってくるかもしれない、と思うと…どうにかしたいって気持ちが強くなる。
時くんを見ててようやく気が付いたよ。私はいつだって―――自分の気持ちに嘘をついてた、ってことに。あの時からずぅっと。どれだけ勘違いだと思おうとしても、そんなわけないって突っ撥ねても、ソレはすぐに私の元へと舞い戻ってきてしまう。戻ってくるってことは、私にとって嘘偽りのない真実だってことだ。
「―――…ほたる、起きてっか?」
「起きてるよ。眠れない?」
「ん。……モグリにさ、久保ちゃんが警察にパクられたって聞いた時に、逮捕歴…あるって聞いた。ほたるはそれ知ってたか?」
「…うん、知ってる。聞きたいの?鵠さんに聞いたんでしょう?」
「聞いた。でも…ほたるの口からも、教えて」
もぞもぞと私の膝の上に移動してきた時くんに、まるで眠れない子供に聞かせるお伽噺のように私は言葉を紡いだ。
私が彼に拾われて少し経った時のことだ、彼―――久保くんは、彼氏に暴力を振るわれそうになったアンナちゃんを庇ってその男の人を鉄パイプで殴ったの。何度も、何度も、それこそ男の人が動かなくなってからも殴り続けて。さすがに焦ったんだろうね、アンナちゃんが止めた時…久保くんは少し笑っていた。
その笑顔がとても綺麗で、とても切なくて、何でだかわからないけど…泣きそうになったのを覚えてる。
どうして彼がアンナちゃんと一緒にいたのかは知らない。それなのにどうして逮捕された時の出来事を見ていたかのように話せるかと言うと、偶然通りかかっちゃったんだよね…その場面に。我ながらすごい運だなぁ、って思ったけど。
「知り合いを庇っての行動だから正当防衛になるんだろうけど、過剰防衛とされて傷害罪でね補導されちゃったの」
「出雲会にいたっつーのは?」
「話には聞いてるけど、詳しくは何も。久保くんも話さなかったし、私も聞こうとしなかったから」
「そん時はもうほたるはそこにいなかったんだっけ?」
「そう。私があそこを飛び出したのは何年も前のことだもの」
ほたるは、…俺の知らない過去の久保ちゃんを知ってんだな。
そう呟いた時くんの声音はどこか寂しそうだったけど、過去を知らなくても…そんなものなくたって、君はちゃんと持ってるじゃない。それだけあれば、君にとっても久保くんにとっても十分だと私は思うけどな。
「モグリも、ほたるも…よくわかんねーこと言うんだな」
「鵠さんは納得だけど、私に関して言えばそんなことねーよ、だと思うけど」
「んー…」
「眠いなら寝なさい。ちゃんと休養とらなきゃ」
「…なぁ、ほたる…久保ちゃん取り返したら、一緒に帰んだかんな。3人一緒じゃねーと…俺は嫌だからな」
その言葉を最後に時くんは規則正しい寝息を立て始めた。
「そうね、……私も恋しくなってきちゃった」
いつの間にか眠り込んでいたらしい私の頭を覚醒させたのは、一向に鳴り止む気配のないケータイのバイブ音だった。半分も覚醒していない状態で電話に出てみれば、相手はアンナちゃん。どこか上擦ったような声音に夢の中に沈んでいた意識も少しずつ覚醒し始めた。
アンナちゃんが電話をかけてきたのは、昨日、事件現場で見たリカちゃんの得意客の名前を思い出したからってことだった。遺品の名刺入れを漁ってたらその人の名刺を見つけたらしく、一気に思い出したみたいね。肝心の名前はシムラ・ケン―――名前負けしたつまらない男だ、と確かに言っていた記憶があると彼女は話してくれました。ああでも、こういう名前だったからアンナちゃんもきっと覚えてたんでしょうね、助かったわ。
「ありがと、助かった」
『ううん、誠人のことよろしくね。…でも正直意外だった、ほたるちゃんって面倒なこと嫌いそうなタイプだったのに』
「…うん、そうね」
『いつの間にか、やられちゃった?』
「ふふっ…さぁね?アンナちゃんの想像にお任せするわ」
じゃあね、と電話を切れば、結局私の膝を枕にぐっすり眠ってしまっていた時くんが起きたらしくもぞもぞ動いてる。
「なに、でんわ…?」
「アンナちゃんから。ホテルの前をウロウロしてた人の名前がわかった、って」
「本当か?!」
「ホント。名前も聞いたし、勤めてる会社名と住所も聞いたから滝くん起こして早速行ってみよ」
見上げてくる時くんの頭を撫でれば、滝さん起こしてくる!とガバッと起き上がった。知ってたけど、相変わらず朝っぱらから元気な子だねぇ。今起きたばっかだっていうのに、あんなに勢い良く起き上がっちゃうし…さすがに見習えないなぁ。見習う必要もないし、見習う気も更々ないけどね。
ポケットから取り出した煙草に火をつけて窓の外を見上げれば、何だかどんよりと曇っていて晴れ間が差す気配すらなかった。まるで、私の心を代弁してくれてるみたい。