大切な人の宝物
鵠さんに許可をもらってお店のドアに本日は閉店しました、のプレートをかけさせてもらった。だって結構、物騒なお話になりそうだからね…他のお客さんがもし来てしまったらビックリしちゃうもの。それで変な勘違いされて警察に通報とかされちゃっても面倒だし。
そういう経緯でお店を閉め、私は少女に出す為のお茶を用意する為に一度奥へと引っ込んだ。ついでだから久保くんに時くん、それから鵠さんの分も淹れよう。…そういえば、急なお客さんだったからお昼食べ損ねちゃった…お腹は空いたけど、話を聞きながら食べるのはさすがに失礼よね。初対面の子の前なんだしそれはやったらマズイ。彼女が帰るまでお預け、かな。
自分の分もいれた5人分のお茶をトレイに載せてお店へと戻れば、久保くん達は食事を終えたらしかった。それならもう帰るからお茶はいらないかもな、と思ったんだけど、どうやら2人はこのままお店にいるつもりらしく立ち上がる様子はない。鵠さんが此処にいるのはお店の主だからだろうけど…2人はどうして?話を聞かれるのは何とも思わないけど、彼らが聞いても面白くも何ともないだろうし、『W・A』に関する情報も得られないと思うんだけどね。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「…それで、まずは名前を聞いてもいい?」
「つゆり、…佐久間、つゆり、です」
幼さを残した少女が紡いだ、彼女の名前。その名前が頭の片隅に引っかかったような、気がする…昔、どこかでその名前を聞いたことがあるはずなんだけど…一体、どこで?
私はそんなに知り合いが多いわけじゃない。そりゃオシゴトで知り合う人は星の数ほどいるけど、本当の名前を名乗り合うような仲になった人は誰もいない、と思う。それこそ鵠さんくらいのものじゃないのかな?オシゴト関係で名前を名乗り合ったのは。雇い主に名前を告げないのはおかしな話だしね。…ま、裏のオシゴトでの関係だったら本当の名前は名乗ることの方が少ないんだけどさ。だって知られない方が都合がいいから、色々と…私だっていくつか偽名を持っているもの。
…っと、変な方へ話がズレちゃったな。今、考えなくちゃいけないのはそんな名前事情じゃなくて、目の前に座る少女の名前のこと。ああでも、どんなに考えても思い出せそうにない。
どうにもこうにも思い出せそうにないので、可愛らしい少女―――つゆりちゃんに詳しい話を聞くことにした。さっき言っていたのはどういうことなのか、ね。こんな幼い少女が口にするようなものではない言葉が羅列していたような気がするんだけど。
「では改めて、つゆりちゃん?君の目的は?」
「貴方に―――瀬上さんに、殺しの依頼をしに来ました」
「…そんな依頼をこんなに小さな君がしにくるなんて世も末ね」
「茶化さないでください。…私は本気で言っています」
本気じゃないかどうかなんて、彼女の目を見れば一目瞭然だ。本気も本気、…一歩間違えれば狂気に変わってしまいそうな鋭い光を宿したその瞳は、少女がするようなアレじゃないというのに。それだけ両親を殺した人物が憎い、ということなのかしらね。
でもわかっている?君が私に依頼しようとしていることは殺し。それは即ち、表の依頼ではないということ。一般人が簡単に踏み入れてはいけない、裏の依頼になるってことなの。
それをわからずに私にその依頼をしているというのなら、どうにか思い止まらせた方がいいのかもしれないって思うのはどうしてだかわからないけど。
「お願いです、瀬上さん!私の両親を殺した人を見つけて、殺してください…!」
「復讐をしたいということ?」
「はい。きちんとお金も払いますっ!だからっ…」
「君のその依頼は裏の依頼だってこと、ちゃんと理解してるの?」
え?と目を大きくするつゆりちゃんを正面からじっと見つめてにっこりと笑みを浮かべる。
「裏の依頼の報酬ってね、君が考えているより法外よ?それこそ、君みたいな子供が払えるような値段じゃない」
脅したいわけでも怖がらせたいわけでもないけど、自然と声は低くなるし目が細められていくのを自分でも感じていた。その様子を真正面から見ていた彼女は一瞬、ビクリと肩を震わせたんだけど、すぐに驚きの色を消してその瞳に再び鋭い色を宿した。その瞳が、誰かと―――ひどく似ているような気がしてならない。
名前を聞いた時からそうだ。佐久間という名字も、彼女の容姿も、雰囲気も、綺麗なあの瞳も…私はずっと前から知っているような気がするんだ。絶対に知っているはずなのに、それなのに思い出すことが出来なくて少しだけ歯痒くなる。
「どんなに高い値段だとしても、払います。必ず」
「…君の体で払ってもらうよ、って言っても?」
「ちょ、おいほたる、」
「―――…瀬上さんは、そんなこと言いません」
彼女の真っ直ぐな瞳に、ハッキリと告げられた言葉に。私は彼女の心臓を指すように触れた指をそのままに固まってしまいました。だって私はこの子と初対面だ、今までに一度も会ったことがないし、話をしたこともないのに…それなのに何でこんなにもハッキリと私はそんなことをしないと言い切れるのだろう。
だけどその言葉を発した彼女の顔に焦りの表情は一切浮かんでいなくて、その場しのぎの言葉でないことがわかった。何というか、…とても芯の強い子だなぁ、佐久間つゆりという少女は。
『ほたるちゃんは、そんなことを言わないだろう?』
不意に浮かんだ映像。言葉。それはずっと昔にとある人に言われた言葉だ…どんなことを話していて、何がきっかけだったかは全く覚えてないけど、さっきの彼女のように真っ直ぐな瞳でそう言われたことだけは覚えてる。
その時の光景が、目の前に座る彼女と重なった。
「さ、くませんせい…?」
「やっぱり覚えてくれていたんですね、瀬上さん」
「話が全く見えねぇんだけど、お前とほたるって知り合いなのか?」
「いえ、正しくは私の両親が瀬上さんと知り合いだったんです。生前、言われたんです…自分達に何かあったら瀬上さんを頼りなさいって」
「…成程。それで今回、ほたるを訪ねて来たってわけだぁね」
静かに椅子に腰を下ろした私を見て、彼女は父親は佐久間雄一、母親は佐久間美弥子だと教えてくれた。
ああ、やっぱりそうだったんだ…そりゃああの時の光景と重なってもおかしくないよね、だってつゆりちゃんはあの人達の娘なんだから。
「これ、父からです。遺品の整理をしていたら出てきました」
「手紙、と…写真?」
手渡された手紙に書かれていたのは、この手紙が私の手に渡る頃にはきっと自分達は生きていないということ。もし娘のつゆりが訪ねてきたらよろしく頼むということ。…そして、私に会えて良かったということ。同封されていた写真は、一度だけ…あの人達と撮ったものだ。
私を真ん中にして、両脇にあの人達がいて―――美弥子さんは、生まれたばかりのつゆりちゃんを腕に抱いている。私は無愛想な表情だけど、でも佐久間先生と美弥子さんはとても嬉しそうに、楽しそうに笑っていて。いつ見てもあの人達の笑顔は、誰かを幸せにできる力を持ってるなーなんて思うんだよ。
「全く、…相変わらず自分勝手な人なんだから」
「瀬上さん…お願いします、私の依頼―――受けて頂けませんか?」
「―――…いいよ、ひとまず報酬はこの写真で保留にしといたげる」