蠢く闇と影


葛西さんに連絡を取った日の夜。約束通り、仕事を終えてから私達のマンションを訪ねてくれた。見せてほしい、とお願いした手帳を携えて。
ありがとう、と受け取ろうとしたんだけど、それをひらりと躱され、説明が先だって言われちゃった。まぁ確かにそれを条件にしていたわけだし葛西さんがそう言うのも無理ないわよね。一切の説明をすることなく、ただ見せてほしいとしか言わなかったし。私。…ちょうどつゆりちゃんもお風呂から上がってリビングにいるし、全てを話すにはうってつけのタイミングかも。


「で?今度は何に首突っ込んでんだ、ほたる」
「人聞きが悪いなぁ、葛西さんってば。まるで私がいつでも事件に首を突っ込んでるみたいじゃない」
「あながち間違っちゃいねぇだろうが」
「あはは、葛西さんの言うこと否定できないんじゃない?」
「うるさいわよ、久保くん」


つゆりちゃんには冷たいお茶。久保くんと時くんにはコーヒー。私と葛西さんは缶ビール。それぞれに用意した飲み物を渡してから、久保くんの座るソファへと腰を下ろした。ちなみにつゆりちゃんと時くんはソファの前にちょこんと、並んで座ってます。なんだろこれ、めっちゃ可愛いんだけど。
…っと、私の萌え所は置いておいて。ひとまず説明をしちゃわないとね。


「実はちょっとした依頼を受けまして。…それが以前、事故死で処理された佐久間夫妻に関係があるんですよ」
「あ?」
「あの2人の死因は、事故じゃなく殺人だってその依頼人は睨んでるみたいなの」
「…それで担当刑事の手帳が見てぇとか言い出したのか」


はぁ、と大きな溜息を零した葛西さん。毎度のことながら危険なことに首突っ込みやがって、とかなんとか言いながらも手帳はきちんと貸してくれる辺り、この人も私に甘いと思うんだよなぁ。
受け取ったそれをそっと開いてみれば、聞き込みをした際の証言や会議で得た情報などが事細かに記されていた。その情報量に圧倒されそうになるけど、今は中身をじっくり見ている場合じゃないのよね。私が見たいのは佐久間先生達の事件のことだけ…ええっと、つゆりちゃんから聞いた情報や滝くんに集めてもらった情報から推測するに、日付はこの辺りだと思うんだけど。


「ほたる、そのページ。佐久間夫妻の事件のことじゃない?」
「本当だ。遺体が見つかった日のことだわ」


読み進めていくと、先生達の死因についての記載が少しだけあった。頭蓋骨陥没による即死…だが、僅かに2人の体内から麻薬と思われる成分が検出されたとの報告あり―――滝くんがくれた資料にあったのと同じだ、どこを調べても出てこなかったからガセかもって思ってたんだけど、でも担当刑事さんの手帳に記載がある所を見るとガセじゃない可能性が高いってこと。

けど、それが本当だとしたら何で公になっていないんだろう?2人が麻薬常用者なら事故にされてもおかしくないと思うけど、そうでない可能性が高いことを考えると…おかしいよね?事故死にしたこと。なーんか引っかかるな、確実に裏で誰かが糸を引いてるとしか思えないんだけど。
もし、私の推測通りだとしたら。この刑事さんはその誰かに殺されたかもしれないってことだ。


「おいおい、本当かよ…もしそうだとしたら、面倒なことになるぞ」
「あくまでかも、だから何とも言えないけどね。そういえば、つゆりちゃんの家に忍び込んだ泥棒のこと何かわかりました?」
「ああ、そいつなら捕まえた。組のモンだったよ」
「組って、…ヤクザか?何でそんな奴がつゆりん家に」
「嬢ちゃん、何か心当たりはねぇか?」
「…狙われるとした、ら、たぶん…お父さんとお母さんの、研究結果だと思います」
「研究結果?」


…あれ?私、葛西さんはこの子のことをある程度わかってるもんだと思ってたけど…もしかして勘違いだった?


「つゆりちゃんは件の事件で亡くなった佐久間夫妻の一人娘。気が付いてませんでした?」
「…言われてみりゃあ、嬢ちゃんの名字は佐久間だったな…うっかりしてたぜ」
「実を言うと、依頼人ってこの子なんですよ。あの人達は事故死じゃない、殺されたんだって、だからそれを調べてほしいって」
「そう思う根拠はあんのか?」


葛西さんの疑問は尤もだ。現に私もそれが気になって仕方なかったから。聞こう、聞こうと思ってたんだけど、バタバタしちゃってて聞きそびれてたのよね…葛西さんが代わりに聞いてくれて助かったかも。
こくん、と頷いた彼女はそっと口を開いた。事故死じゃないって思い始めたのは、先生達の遺体が見つかってから1週間程した時のことで、急に男性が訪ねてきてこう言ったんだそうだ。「君のご両親は事故死なんかじゃない、殺されたんだ」って。


「2人の体内からは麻薬と思われる成分が検出されたけど、常用していた痕も見られないし、家からクスリも見つかっていないから…きっと、無理矢理体内に入れられたんだろうって」
「その他には?何か言ってた?」
「特には、……あ、そういえば両親は危ない橋を渡らされてたって言ってました」


危ない橋、…もしかしてヤクザと手を組んでいた可能性があるっていうアレのこと?真偽は確かではないけれど、ヤクザと手を組んで劇薬を開発していたって噂があったのよね、先生達が勤めていた会社って。


「その情報を持ってるっつーことは、嬢ちゃんに接触したっていう男は…恐らく、俺の同僚だ」
「…ねぇ、葛西さん。その刑事さんが亡くなったこと、ニュースにはなってないですよね?」
「大っぴらには、な。刑事ってことは伏せられて、事故死として処理された。けど、あの現場の状況から察するに―――」


あれは確実に、殺人だ。
刑事さんの遺体が発見されたのは葛西さんの管轄内。当然、その事件も担当したらしいんだけど…何故か事故として片づけられてしまったんですって。明らかに事故ではない証拠があったのに、それは全て突っ撥ねられて受け取ってもらえなかったみたい。
先生達の事件と、刑事さんの事件。もしかしなくても、この2つの事件の犯人は同一人物なんじゃないかしら?いや、同一人物というより、…同一の組織って言った方が正しいかもしれないわね。
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