急速展開
学校から帰宅したつゆりちゃんは顔を真っ青にしていた。何事かと思って話を聞いてみれば、帰り道、サングラスをかけてスーツを着た男2人組に声をかけられた、らしい。両親の研究結果は何処に隠してるんだ、とか、嗅ぎまわってる奴らの名前を吐け、とか、それはもう威圧感バリバリだったらしいよ。中学生相手にそれは怖いと感じて当然だわ…というか、サングラスにスーツ姿ってだけで大分怖いと思うけどね。
危うく連れ去られかけたらしいんだけど、偶然にも時くんが通りかかったみたいでね、そいつらを追い払ってくれたんだって。これは彼自身が得意げに話してくれました。ふふ、やるじゃない時くんってば。
「これは…アッチも動き始めた、ってやつかなぁ」
「そうみたいね。家に盗みに入ったけど失敗した上、泥棒さんはあえなく御用になってるわけだし…そろそろ焦ってきているんじゃないかしら」
「でもどーすんだ?つゆり1人で登下校させんの危なくね?」
そうなのよねぇ…今までは何も起きていなかったから、彼女1人でも問題なかったんだけど。これから先、あちらさんは本格的に動いてくるでしょうし今度こそ連れ去られる可能性も高いわ。朝は何とか大丈夫―――ってわけでもないか、だって登校中に誘拐されたーって事件よく聞くもんね。かと言って、朝から私達の誰かがつくのは目立っちゃうような気もする。
…ん?でも待てよ、そっちの方があちらさんの動向もしれるし何か情報が掴めるかもしれないのか。むしろ、そっちの方が好都合のような気がしてきたなぁ。上手くいけば一気に解決できる、かもしれないしね?
「よし、誰かしら彼女の登下校につくようにしましょっか。学校まで行っちゃうと恥ずかしいだろうから、近くまでね」
「え、でも…」
「君は気にしなくていーんでない?俺らもつゆりちゃんについた方が情報得られそうだし」
「ガキが変な遠慮すんなっつーの」
「時くん、こ・と・ば」
「あ、ワリ」
2人の了解も得たし、つゆりちゃんも納得してくれたみたいだし?早速、明日から送り迎えをすることにしましょっか!時くんは朝に滅法弱いから、私か久保くんが行った方が良さそう…帰りは時くんでも行けるし、何かあったら私達に連絡してもらえれば問題もないでしょ。それにその生活も長くは続かせないつもりだから、長くても2週間くらいの辛抱で済むと思うのよね。うん、そんな感じでいこう。
それにしても先生達が残したはずの研究結果、か…つゆりちゃんから聞いた話だと、確かに先生達は何処かにそれを隠していたらしい。でも子供の彼女に教えるはずもなく、そして2人が亡くなってしまった今、何処にあるのかわかる人は誰もいない状態。その在処さえわかれば一気に進展すると思うんだけどなぁ…一体、何処に隠しちゃったんだろう。
一番可能性が高いのは自宅だったんだけど、でもそこはヤクザの泥棒さんが念入りに調べたっぽいしなぁ。先生達の寝室と私室に隠されていなければ、あの家にはない確率の方が高いと思うのよね。だって、リビングとかだと見つかりやすそうじゃない?寝室や私室の方が断然、隠しやすいと思うんだ。
でもそうでないとすれば、…どこかの部屋に隠し扉や隠し部屋がある―――とか?でも彼女の自宅、マンションだったしなぁ…戸建てだったらそれも可能だと思うんだけど、マンションとなると改築してる可能性は低そう。
あ、でもあの部屋自体を買ってしまっていたらそれも可能にはなるか。んー…調べてみる価値はありそうだけど、あの時見た感じだとなさそうな気もしちゃうのよね。
「ほたる、ボーッとしてどうしたんだよ」
「いやね、今日つゆりちゃんに声をかけた奴らが言ってた研究結果って何処に隠されてるのかなぁって思って」
「そーいや、泥棒が狙ってたのもそれじゃないかってこの子言ってたねぇ」
「それ以外に、狙われるものなんて家にはないと思って…」
「ま、金目の物には一切手を付けてなかったし?その可能性が高いのは一理あるなぁ」
「今日に至ってはハッキリ言ってたみてーだもんな」
あー!ダメだ、わかんない!
他にも貸金庫とか色々考えてみたけど、その鍵はどーすんだって問題が出てきちゃう。つゆりちゃんが預かってる様子もないし、この子自身もそんな覚えはなさそうだもんね。預かったって覚えがあれば見せてくれてるだろうしさ。
そうなると貸金庫の線も消えるってことか。
「先生達から何も聞いてない、んだよね?」
「はい…仕事のお話はほとんど」
「だよねぇ…自分の子供にそんなこと言うはずもないよねー」
ダメだ、行き詰った。ひとまず、夕飯の支度をして頭を切り替えよう。
まだ制服のままだったつゆりちゃんにはまず着替え、時くんにはお風呂掃除、久保くんには洗濯物をお願いして、私は夕食の支度をするべくキッチンに立った。
「ほたる、俺さ鵠さんからバイト頼まれちゃったからつゆりちゃんの迎え、頼んでもい?」
「いいわよ、ついでに夕飯の買い物もしてきちゃうから」
「ごめんね。ちょっち心配だから時任も連れてってよ」
「別に大丈夫だと思うけど…」
つゆりちゃんの送り迎えを始めてから1週間。今の所、変な奴らに声をかけられることも、連れ去られそうになったこともなく至って平和な毎日。それはつまり、進展も一切ないということだったりします。…平和なのはとてもいいことだとは思うんだけどね?動きもなければ、新しい情報も入ってこないんじゃあ…本当にどん詰まりだっつーのよ。どうしよ。
そっと溜息を零し、バイトに出かける久保くんにいってらっしゃいを言おうと口を開こうとした瞬間、塞がれました。何にって?そんなの、久保くんの唇に決まってんじゃない。
「ん、ふぁ…っんん、ちょ、久保く―――」
「ここ最近、ご無沙汰でしょ?ほたる分、補給しとかないと」
「は、ぁ…人を糖分か何かみたいに言わないでよ」
「俺にとってはそんな感じよ?煙草と同等」
「喜んでいいのか微妙じゃない…」
何で?喜ぶべき部分よ?
なーんて君は笑ってるけど、煙草と同等ってことは私は勝ってないってことでしょ?そんなの、やっぱり悔しいじゃない。どうせなら君の一番でいたいもの。…言ってなんかやらないけど。
「じゃ、いってきます。なるべく早く帰るから、何かあったら連絡しなさい?」
「ん、わかってる。いってらっしゃい、気を付けてね」
ドアがバタン、と閉まるのを見届けてから、リビングで昼寝している時くんを起こしに行くことにした。だってもう14時半をまわってるんだもの、早く準備をしないと下校時間になっちゃうからね。
意外にもすんなり起きてくれたから、余った時間でさっさとお風呂掃除だけして、私達は家を出た。腕時計を確認してみれば15時を少し過ぎた頃。確か15時半には下校できるはずだったから…今からのんびり歩いて行けばちょうどいいかもしれない。そしたら3人で夕飯の材料を買いにスーパーへ行って、帰ったら支度…その間に時くんとつゆりちゃんには洗濯物を畳んでもらおうかなー。
のんびり話をしながら15分程歩くと、つゆりちゃんが通う学校の制服を着た子達とすれ違い始めた。お、ということは今日はもう授業が終わったってことなのね。
「あ、つゆりいたぞ」
「本当だ。つゆりちゃん!」
「あ…ただいま、です。ほたるさん、時任さん」
「おう、おかえり」
「おかえりなさい。さて、買い物して帰ろっかー今日は何食べたい?」
歩きながら2人にリクエストを聞いてみると、2人共、シチューがいいってことでした。あら、献立が合うなんて珍しいこともあるものね…時くんは大体、ピザとか焼肉とか言う子なのに。でもシチューか、今日は寒いしちょうどいいかもね。
そうと決まれば買わなくちゃいけないのは、ジャガイモと玉ねぎと鶏肉と…シチューのルーはまだ残ってたはずだから買わなくて大丈夫でしょ。あとは人参とブロッコリーかな、それと食パンも買って帰ろう。ご飯を炊いてもいいんだけど、ウチではシチューのお供は絶対にパンなのよね。久保くんと時くんもそっちの方が好きみたい。
スーパーへ向かう道中、明らかにおかしい気配を感じた。ここ、人通りが多い所なのにずいぶんと思い切ったことしてくれるじゃないの。でもどうしようかなぁ、こっちから動くよりも向こうが動くのを待った方が断然、有利よね?いや、先手必勝って言葉があるけどさ、ただ見ているだけだとしたら―――面倒なことになっちゃうし。
「(捕えるつもりなのか、それともウチを突き止めようとしているのか―――微妙な所ね)」
ひとまずは放置、かしらね。時くんにだけ気を付けて、と伝えて、私達は平静を装うことにした。つゆりちゃんをチラッと見てみるけれど、今はまだ気がついてないみたいね。
もう少しでスーパーが見えてくる、という所で、何か薬のようなものを嗅がされて意識が遠のいていくのを感じて。しまった、こんな所で強行手段に出てくるなんて思わなかった…!