終息
目を開けたらそこは雪国でした。
なんて、んなわけない。しかも正しくはトンネルを抜けたら、だっけ?まぁ、そっちでも大きな間違いなんだけど…だって私達はトンネルなんか抜けてないし、そもそも此処は雪国なんかじゃないしね。つーか、雪国だったらもう万事休すだと思う、絶体絶命ってやつになるわ。確実に。
…ああ、私結構パニックになってるみたいだ。ひとまず落ち着いて整理しないと大変なことになっちゃうかな。
痛む頭を押さえて体を起こせば、そこは廃工場のようだった。しんと静まり返ったそこには誰もいる気配がない…おかしいな、私達を攫ってきた奴らが1人はいると思ってたんだけど。見張りとして外にいる、とか?でも普通は近くで逃げないように見張っておくもの、よねぇ?どちらにしてもそう簡単には逃げられそうにないかなぁ。
どこも拘束されていないこと、それからこっそり持っていた銃があることを確認してそっと息をつく。うん、銃さえあれば何かあっても応戦できるわね。
つゆりちゃんが一緒だから出来ればそれは避けたい所だけど…私が避けたい、と考えていてもあちらさんはきっとそんなの察してくれないだろうしねぇ。それに察してくれた所で大人しくはい、そーですか、なんて言ってくれるような人達でもないのは明らかだから。
いまだ気を失った…というか、眠ったままの時くんとつゆりちゃんに視線を移す。特に目立った外傷はないみたいだから、多分手は出されてないはずだ。
「う、…」
「目ェ覚めた?時くん」
「ほたる…?俺、」
「スーパーに行こうとして連れ去られちゃったの。覚えてる?」
「おー…思い出した、何か変な薬?みてーなの嗅がされて…そんで気ィ失ったんだ」
怪我はない?と聞いてみると、問題ないって答えが返ってきた。
うん、それは何よりだ。
「さーて…どうしようかしらね」
「どう、って逃げるのが一番だろ」
「それはそうなんだけどさ、いい機会だと思うのよね〜あちらさんの目的を知る」
「てめぇらか。俺達を嗅ぎ回ってたのは」
あら、噂をすれば何とやらってやつね。早速、本命のご登場みたい。まだ眠ったままのつゆりちゃんを時くんに任せ、私は2人を背に庇うようにして立ち上がった。
ざっと見回しただけで10人ちょっとか…けど、下手すると外にまだいる可能性はあるわよね?そうなるとちょーっと1人で相手するのは厳しくなっちゃうんだけど、でもまぁ考えてる暇はないか。
何とか隙を見つけて久保くんと葛西さんに連絡、取らないと。
「アンタ達がつゆりちゃんをつけ回してたの?」
「そのガキが大事なもんを隠してる可能性があるんでね。大人しく渡してもらおうか」
「…それは出来ない相談ね。この子、私の大事な依頼人なの」
「なに?」
「私の両親を殺した奴らを捜し出して殺してください―――それが私への依頼。心当たりあるかしら?」
にっこりと笑みを浮かべてそう問いかける。サングラスで瞳を隠して表情を読みづらくしてるんでしょうけど、残念ね?それでもピクリ、と反応をしたのを見逃してないんだから。
これはビンゴ、ってやつかな…内心ほくそ笑みながら相手の様子を探ってみれば、取り巻きの奴らも僅かに動揺してるみたい。情報は明らかに足りていなかったけど、でもあちらさんが痺れを切らして動いてくれて助かったわね。
…これで、ピースは揃った。
「貴様、…何を根拠に」
「まず1つ!彼女の家に忍び込んだ泥棒はとある組―――ヤクザの人間でした。その2、彼女をつけ回していた奴らは研究結果は何処だ、と聞きました」
「……」
「彼女の両親…佐久間夫妻が勤めていた製薬会社には、ヤクザの手が回っているという噂もあったの。そのヤクザと、泥棒に入った男が所属している組の名前が偶然にも一緒だったのよねぇ?」
さあ、どういうことだと思う?問いかけを投げれば相手はグッと表情を歪めたように見えたから、あながち間違いではなかったみたい。
まぁ、調べた結果…その結論に辿り着いたんだから、間違ってる可能性はかなり低かったんだけどそれでも、ね?こういう人達って頭の回転が速い人もいるわけだし、上手く言いくるめられちゃう可能性だってなくはなかったんだ。
でもこれで確信できた。コイツらは―――つゆりちゃんの自宅に入った泥棒と同じ組のモンだ、ってことを。
「でも1つだけわからないことがあるの。…どうして手を組んで劇薬を開発していた研究者を殺したのか、ってこと」
「それを知ってどうする。警察に突き出すか?証拠はねぇだろうがな」
「ふふ、そうね。確かに佐久間夫妻殺しの証拠はないけど…私達3人の拉致・監禁―――それは十分な罪じゃないかしら?」
…ま、警察に突き出すなんて考えは私には元々ないけどね。だって…両親を殺した奴らを殺して、っていうのがこの少女の望みだもの。警察に突き出しちゃったらその依頼は果たせなくなってしまうでしょう?
「…どーせ俺達のこと、殺すつもりなんだろ?いーじゃん、メイドの土産…って言うんだっけ?それで教えてくれたってさ」
「せめて漢字変換しなさいよ、それだとメイドさんからのお土産になっちゃう」
「ふ、…まぁいい、少しだけ昔話をしてやろう」
何が気に入ったのかはわからないけれど、目の前に立つ男はポツリポツリと話し始めた。どうして佐久間夫妻を殺すに至ったのか、その―――激しく下らない理由を。
彼ら―――西郷組はここ数年で急成長を遂げている組らしいんだけど、それでも東条と出雲の足元には遠く及ばない。どうにかしてその2つの組に追いつき、潰したいとそう考えていたそうよ?そんな時、ひょんなことから製薬会社の会長さんと手を組むことになった。とある劇薬を開発する為に、ね。
西郷組はその開発に必要な資金を提供することで、劇薬を引き渡してもらうことを要求…会長さんもそれを快諾していたみたい。
それで研究・開発者として選ばれた数人の中に佐久間先生達がいた。けど、もちろん彼らには劇薬を開発しているなんてことは一言も言っていない、それを知られてしまったらきっと会社自体を訴えるでしょうからね。
そうなってしまったら会社は倒産、西郷組も警察に捕まってしまうかもしれない…だから、劇薬であることは伏せて彼らには開発と研究を進めてもらった―――ってことらしいわ。でもそれは、上手くいかなかった。
開発自体は上手くいっていて、もう少しで出来上がるという所で佐久間不先生達が、これは人を救う為の薬ではないんじゃないかってことに気がついてしまったらしいの。2人はこっそり研究のデータ、試薬を隠したみたいね…自分達の身がどうなろうとも、そのことを公表する為に。
「そうされてしまっては困る、だから殺したんだ。―――口封じの為にな」
「…でも1人の刑事が2人の事件に疑問を持った。これは事故ではなく殺人なんじゃないか、って」
「ああ、そうさ。一時はその馬鹿共の体内から麻薬が検出された、っつーことまで報道されかけちまってなぁ…揉み消すのに苦労したぜ」
ああ成程…そりゃあ調べても出てこないはずよね、その事実。
大方、警察のお偉いさんと繋がっていたんでしょう。それで賄賂を渡した、ってとこかしら。
「それで?その劇薬を使って何をするつもりだったのかしら」
「んなの決まってんだろ?売って金にするんだ、じわじわと体内を蝕む毒は決して中に残らない…それを使えば完全犯罪だって可能になる」
「完全犯罪、ね…確かにこんな世の中じゃあ、そんなものがあると知れば手を出す輩はたくさんいるかもしれないわね」
物騒な世の中だもの。そういうことを考えている奴らは数えきれないくらいいるでしょうし、いざとなればその劇薬でのし上がろうとでも考えていたんでしょう。ま、その目論見は大きく外れてしまったみたいだけれど。
でもこれでようやく理解が出来たわ、先生達が何故殺されてしまったのか。何故つゆりちゃんがしつこくつけ回されるのか。2人が隠した研究データと試薬、それを手に入れるまではきっとコイツらは彼女から手を引かないでしょう。それこそ殺してまでも、データを手に入れようと躍起になるのが目に見えてる。
…だけど、一体何処に隠しているんだろう?自宅には一切そんなものはなかったし、つゆりちゃん自身が持っているようにも見えない…本当は託されていてそれを私達にも隠してる、って様子でもないしね。
だとすれば…彼女自身、気がついていないうちに託されていたっていう可能性が一番高いかもしれない。
「(彼女が肌身離さず身に着けているもの、っていうのが有力…?)」
でもそんなものあっただろうか。そっと時くんの腕の中で眠るつゆりちゃんに視線を移す。その時、首筋に光るチェーンが目に入った。そういえば、誕生日にもらった大事なものなんです、って可愛いネックレスを見せてくれたことがあったっけ…お風呂に入る時以外、ずっと着けてるんです、って嬉しそうに教えてくれたんだ。それを着けていると2人が傍にいるように思えるから、って。
可能性があるとすれば、そのネックレスに何か仕掛けを施しているかもしれないわね。でも今はそれを確かめている場合じゃないし、やった瞬間にアイツらに奪われちゃうもの。
確かめるのは後でも出来る、理由も何もかも知ることができたし…此処から逃げ出すことが最重要事項、ね。確実に。
「う、ん…」
「つゆり?」
「ときとう、さん…?」
「あら、起きちゃった?もう少し眠ってくれていた方が良かったんだけど…まぁ、仕方ないか」
「ほたるさん?え、と、私…?」
詳しい説明は後、ひとまず時くんにしがみついていなさい。口早にそう伝えれば、心配そうな表情を浮かべつつもコクリ、と頷くのが見えた。
「ガキが起きたか、ちょうどいい。…お父さんとお母さんからだーいじなもん預かってるだろ?それを寄越しな、そうしたらすぐに家に帰してやるよ」
「…そんなもの、預かってない…貴方達が、私の両親を殺したの?」
彼女の瞳は揺れていた。それは怒りか、悲しみか…私には読み取れなかったけど、微かに震えていることだけはわかったんだ。その小さな体の中にはきっと、両親を奪われた悲しみと恨みが渦巻いているんでしょうね。
さあ、真実を知った君は―――どんな決断をするのかしら?
問いかけられた男は高笑いをし、お前の両親はどこまでも馬鹿な奴らだった、殺されて当然だ、とそう口にした。殺されて当然…ねぇ?
―――ガゥンッガゥンッ!
「ッ?!」
「…なら、アンタ達だって殺されて当然よね?因果応報―――全ては自分に返ってくる、そうでしょう?」
2発の銃声。その音につゆりちゃんは確かに怯えていた、殺してほしいと依頼してきた少女はきっと…憎い相手が殺される瞬間でも、怯えた顔を隠せないと思うんだ。…誰だってそう、殺される瞬間を見てしまったら一生トラウマになるんだから。
この子の優しい心がそれに耐えきれるとは思わないし、私達のように『死』に慣れてしまったでもダメ―――貴方はずっと、陽の当たる温かい場所で生きていかなくちゃいけないのよ。
人の命を背負っていくのは、想像以上に重いんだ。
―――チャキ…
「これで、…チェックメイトよ?おにーさん」
引き金を引こうとした瞬間―――パトカーのサイレンの音が響き渡った。