甘い、甘い
久保ちゃんとほたるは、ずっと一緒がいい。そんでもって2人の間には、俺がいたい。そうじゃなきゃ嫌だ、絶対嫌だ。
side:時任
ほたるは朝からバイト。俺と久保ちゃんはバイトも用事もないから、アイツが用意してくれていった朝ご飯と昼ご飯を食べて、そんでゲームして―――時々、掃除とか洗濯とかして。で、またゲームして…完全にだらけきった生活をしていたら、家の電話が鳴った。ちょうどコンピューター相手に対戦していた俺が出られるわけもなく、ソファで煙草吸いながら雑誌を読んでいた久保ちゃんが出るのは当たり前のことだ。
電話の内容は別に気にならなかった。どうせモグリからバイトの要請の電話だろうとか、もしくは葛西のおっさんからの電話だろうとか、そんな風に思ってたから。きっと俺には何の関係もないことなんだ、とどこか冷めた気持ちで電話が置かれるのを待つだけ。
だけど、受話器を置いた久保ちゃんが言い放った言葉は、
「時任、出かけるよ。準備して」
この、びっくりする一言だった。
電源だけ切ったゲームをそのままに、俺は上着だけ羽織って家を出てきたわけだけど…久保ちゃんに連れてこられたのは、女が好きそうな喫茶店。何でこんなとこに男2人で来てんだ?俺ら。ほたるが一緒ならわかんなくもねーけど、今日はバイトに行ってて夜まで帰ってこねぇし。
俺はアイツや久保ちゃんと違って甘いものがそこまで好きでもねぇから、こういう所に行きたがるわけでもない。あ、もしかして気になる新商品でも―――って、この喫茶店は一度も来たことねぇや。新商品が出て行くのは家の近くのファミレスだった。
「久保ちゃーん、何で此処?」
「ん〜?いやね、ちょっと人と待ち合わせ―――ああ、いたいた。アンナ!」
「久しぶり、誠人。時任くんも。…あれ?ほたるちゃんは?」
「よう。ほたるはバイト」
「ふぅん…何だ、彼女にも会いたかったのに」
アンナには久保ちゃんが警察にパクられた時に知り合って、そんで世話になった。何か俺の知らない久保ちゃんとほたるの過去を知ってるらしくて、そこはすっげー悔しいんだけど、でもコイツのおかげで久保ちゃんは出てこられたし…まぁ、いいかなって。
でも会うのはあれ以来だ、俺は。2人はもしかしたら俺の知らない所で会ってたかもしれないけど。…あ、そんなこと考えてたら何かサミシー気がしないでもねぇ。
「時任、なに頼む?」
「あー…コーヒー。ホットの」
「ここ、ケーキが美味しいよ。パンケーキとかもオススメだけど」
「コイツ甘いもの得意じゃないんだよね。…あ、でも確かに美味しそう」
「ほんとだ。小腹空いたし何か食おうかな」
あんまり甘くなさそうなやつ、ってことで、アンナがオススメしてくれたメープルシロップのみのパンケーキ。見た感じ甘そうなんだけど、メープルがそこまで甘くないから多分大丈夫だって言われたから。
久保ちゃんはチョコと生クリームがのったやつ、アンナはベリーソースといちごがたくさんのってるやつ。…美味そうだけど、絶対甘いだろ。特に久保ちゃんの。
店員に注文して、水を飲んでいれば、久保ちゃんとアンナは最近どうなんだとか、この間の仕事の客がとか、何つーんだっけ…あ、世間話?をしてて俺はそれをぼんやりと聞いてるだけ。
つーかさ、俺は何で此処にいるのかがわかんねぇんだけど。一応、俺も知り合いではあるけど久保ちゃんやほたるみてーに仲が良いわけでもないし、個人的に交流があるわけでもねぇのに。ただ、この糸目男が行くよ、って言ったから着いてきただけ。
「時任くん、もしかしてツマンナイ?」
「つまんねーっつーか、…何で呼ばれたのかわかんねぇ」
「あはは。それは至極単純だよ、私が誠人に会いたいなって頼んだの」
「は?」
「久しぶりにね、誠人やほたるちゃんや君に会いたくなったから。それが理由だよ」
紅茶を飲みながら、アンナはにっこりと笑った。ほたるとは全然違うけど、コイツの笑顔も綺麗だなと思う。けど、今日のアンナの笑顔はどこかぎこちなくて、多分、何か嫌なことでもあったんだろうなって勝手に考えてた。
急に会いたいって連絡してきたのも、そういう理由なのかもな。言いたくないから何も言わねぇんだろうし、それだったら俺―――いや、俺達は何も聞かない。聞いてほしくて呼び出したわけじゃないかもしれねぇし。
「アンナは唐突だよね」
「えー?誠人に言われたくないわよ。ほたるちゃんや時任くんも苦労してるんじゃない?」
「そんなことないデショ。ね?ときとー」
「……ノーコメント。」
「ふふっほら、誠人の負けよ」
いや、俺、ノーコメントって言ったじゃん。何でアンナの発言を肯定したことになってんの。…間違ってはいねぇけど!
でも反論する気にもならねぇから、運ばれてきたパンケーキを食うことに専念することにした。そうじゃないと久保ちゃんに色々と言われそうでヤダ。
「あ、うめぇ」
「でしょ?君達の中だったら、こういうのが好きなのはほたるちゃんなんだろうけど…誠人、今度連れて来てあげなよ」
「まぁ、あの子は好きそうだけど…何で俺?」
「え?だって君とほたるちゃん、ようやくくっついたんでしょ?」
その言葉に珍しく久保ちゃんの動きがピタッと止まった。口に運ばれるはずだったパンケーキは滑り落ち、ベシャッと音を立てて皿へと逆戻り。アンナはニコニコと笑いながらパンケーキを口にしてるし、俺も然して気にすることもなくパンケーキ食ったりコーヒー飲んだり。
で、あんまりにも久保ちゃんが無反応だから視線を上げてみれば、ちょっと驚いてる感じだったり。これまた珍しい反応だなー、ほたるが見たら大笑いしそうなくらい。
「何で知ってんの?って顔でいいのかな?」
「……まぁ、そうなるのかな」
「別に彼女や時任くんに聞いたわけじゃないわよ?…そうね、敢えて言葉にするのなら雰囲気かな」
誠人の笑い方とか、雰囲気とか。アタシが知ってるものと違ったから。
だからもしかしてくっついたんじゃないのかな、って思ったんだと、彼女は優しく微笑んだ。その笑みは2人のことを祝福しているように見えて、俺はちょっとだけ驚いた。だって俺は、アンナは…久保ちゃんのことを好きなんだと、そう思ってたから。昔のオンナなんだと思ってたから、だからこそ、コイツに助けを求めてきたんじゃないのかって。
だけど、この笑い方はそういうのを一切感じさせないものだった。心からおめでとう、と言えるような感じだったから、もしかしなくても俺の勘違いだったの、かも。わかんねーけど。
「女の勘ってやつ?」
「それが一番近いかな。…否定しないってことは、当たってるのね?」
「うーん、…そうね、当たりかな」
何で疑問形なんだよ、ってツッコめば、困ったような顔になってハッキリ言ったわけでもないからなぁ、だって。
よくよく話を聞いてみれば、それっぽいことは言ったけどハッキリ恋人になろうとか、付き合おうとは言ってないんだってさ。それは初耳(というか、久保ちゃんともほたるともこういう話しねぇし)だったから、俺もびっくり。
「ふふっでも君とほたるちゃんなら、それくらいでちょうどいいんじゃない?」
「―――かもね。」
「ふーん…そういうもん?女って言葉で欲しがるもんじゃねーの?」
「一般論ではね。でもほたるちゃんってそういうのに当てはまる人でもないでしょ」
言われてみりゃあ…あんまり色恋沙汰に興味なさそうな感じ?だったかも?
「いーんだよ、別に。俺もアイツも、此処にいるんだから」
言葉にしなくても傍にいることには変わりない、と言い切った久保ちゃんの瞳は、此処にはいないアイツを想っているように―――優しく細められていた。
2人の関係が深くなったように感じた頃から、よく見るようになったソレは時々淋しくなるけど、でもそれ以上に嬉しいって思うんだ。久保ちゃんもほたるも、お互いを本当に大事に思ってんだな、っつーのがわかるから。
「…ねぇ。誠人にとってさ、ほたるちゃんってどんな存在なの?」
「なぁに、急に」
「2人のことは昔から知ってるけど、でも君達って他人に興味なしって感じだったでしょ」
「否定はしないけど」
「だけど、不思議とお互いのことは認めてる―――というか、依存しているように見えたから」
君にはほたるちゃんが。ほたるちゃんには君がいないとダメって感じかな。
アンナの言葉には納得できるような気がした。何にも執着しないように見えて、でもほたるがいなくなると無意識に機嫌の悪くなる久保ちゃんはきっと、…アンナの言うようにほたるに依存してるんだろうなって。依存っつーのは言い過ぎかもしんねぇけどさ。
ほたるもさ、本人は自覚してねぇかもしんねぇけど、前から久保ちゃんがいないと視線が捜すように彷徨うんだ。んで、いないのがわかるとちょっとだけ淋しそうに見えんの。
言葉にはしてなくても、自覚なんてしてなくても、でもきっと、ずーっと前から2人は惹かれ合ってたんじゃねぇのかなーって思ったり、するんだ。
「―――空気とか、煙草みたいな存在?」
「は?何だよ、ソレ」
「ぷっ…あははっやだぁ、もう。誠人、それって盛大な惚気だよ―――ねぇ?ほたるちゃん」
目尻の涙を拭いながらアンナがそう、名を呼んだ。視線が向いた先を振り向けば、いつもの服装とは違う感じのほたるが僅かに頬を赤く染めて立っていた。
「アンナちゃん…狙ってやったでしょ?」
「さあ、どうかな。でもいいこと聞けちゃったでしょ」
「―――……そうだね、得した気分ではある、かなぁ」
びっくりした。俺の知ってるほたるは絶対、こういうことを聞かれてものらりくらりと逃げるタイプだったから。今みたいにハッキリ肯定することって、早々ない。
その他のことではイエスとノーはハッキリしてんのに、色恋沙汰に関してはひどく曖昧で、うまーく逃げちまう。…なのに、今回は肯定した。
「じゃあアタシは仕事行くね。ほたるちゃん、今度はゆっくりお茶でも行こう」
「もちろん。連絡ちょうだい」
「うん。―――あ、ほたるちゃんにとって、」
誠人って、どんな存在なの?
「ちょっとアンナ、」
「いいから、誠人は黙ってなさい。気になるでしょ?君だって」
さっきまでのとは打って変わって悪戯な笑みを浮かべたアンナは、そう言って久保ちゃんを黙らせた。きっと久保ちゃんをこんな風に黙らせることができるのは、アンナとほたるの2人だけだと思う。絶対に。
アンナの言葉を受けて真面目な顔して考えていたほたるが、不意に顔を上げて口を開いた。その顔には満面の笑みが浮かべられてて、そんで嬉しそうに紡がれた言葉に―――久保ちゃんも、俺も、アンナも。当然のように言葉を失ったんだ。
―――久保くんは、
…生涯忘れたくない、
失いたくない大切な人だよ。