戻ってきた、


全てを護りたかった。
私を大事にしてくれる、大切に思ってくれとるお人達を、護りたかっただけなんや。
せやけど、その行動が…誰かを傷つけることになるなんて、知らんかった。




「っう、ん……」


まだボーッとする意識の中、私は目を開けた。
最初に映ったんは見慣れた天井で、次に映ったんは―――たくさんの、人。

……ん?人?


「あっお嬢、目ェ覚めました?」


廉の声にようやく意識が覚醒した私は、思いっきり起き上がった。
……ら。世界が揺れて、回っとるんちゃうかってくらいに頭がぐわんぐわんして、再び布団に倒れ込んだ。

あ、あかん…これはあかん……!!ほんまに気持ち悪いぐらいに目は回りよるし、頭も体も重うて敵わん。
これ、しばらく起き上がれんとちゃうんか…?


「あきまへんよ、無理に起き上がったら!ひどい貧血なんですからね」
「ね、ねこ…?」


声がした方に視線を向ければ、あの温厚なねこが珍しく怒ってはった。
べしん、と音がするくらいに濡らしたタオルと額に投げつけられて、私は目を瞬かせた。え、あの、子猫丸さん?さすがに投げつけられると痛いんやけども…!

額だけでなく目までも覆われたタオルをどけて、そうぼやけば。
「神楽さんは少し怒られた方がいいんです!」…なーんて、また怒られてしもた。


「良かったぁ…神楽ちゃん、目を覚ます気配ないんだもの」
「全く。また無茶したんでしょ?自分の力量がわかんないあんたじゃないでしょ!!」
「みーんな心配してはったんですよ〜?お嬢のこと」
「そうですよ!坊と一緒に帰ってきはったと思ったら、血だらけでぐったりしてはるし!」


お、おお…何や集中砲火にあっとる?私。


「お嬢が目ェ覚ましたーって報告してきますわ。ついでに水ももらってきますよって。お腹は空いてはります?」
「あ、おん…空いとる」
「ほんなら、僕は食べるもんもらってきますね。皆さんの分ももらってきますから」
「あ、私も手伝うよ三輪くん!」
「…私も」


大分、眩暈も落ち着いてきたから体を起こして、パタパタと動く皆を見送る。
私の部屋に残ったんは、燐くんとタツ。…そういえば、こん2人…さっきから一言も喋っとらんよね?ねこの気迫におされて気にせんかったけども。
一番の功労者はこん2人やし…もしかしてまだ、疲れが残ってはるんやろか。それか具合が悪いとか。

一向に口を開かん2人。沈黙には慣れとるけど…何やろ、こん微妙に居辛い空気は。
ピリピリしとるっちゅーか、何ちゅーか…いや、燐くんはそないなことあらしまへんのやけど…タツが、な?
えらいピリピリした空気を纏うてる気がして。
…あ、燐くんが口を開かん理由ってそれなんかな?こん空気じゃ喋るに喋れんよな。
んー…それにしてもお腹空いたなぁ。


「あ、のさ神楽!」
「おん」
「そのっ…ありがと、な。炎にのまれそうになった時、自分を忘れそうになった時…思い出したんだ。しえみのこと、とか…神楽、勝呂、志摩、子猫丸、出雲、シュラ、クロ…皆のこと、思い出して、そんで励みになった!それ、に」

―――あの時、俺を包み込んだ温かさは…

「神楽が、呼び起こした炎だったんだろ?」


そう言って、屈託ない笑みを浮かべる燐くん。
さっきまで不浄王が撒き散らした濃い瘴気の中におって、青い炎と赤い炎を纏って、苦しんどったはずやのに。
それがまるで夢であったかのような、何でもあらへんって顔をして笑おとる。

夢、なんかじゃあらへんのに。
まだ少し重さの残る頭も、体も、ズキズキと痛む腕も、タツの顔に残る怪我も…その全てがほんまのことや。現実やって教えてくれはる。
せやのに、燐くんがそないな…ほんまに嬉しそうな顔で笑うから。


「…っこちら、こそ…皆を、京都を護ってくれてありがとぉ…!」


泣きそうになりながら、必死に笑顔をつくって、燐くんに言葉を紡ぐ。
私が護りたかったもの。でも最後まで護ることはできなくて、それを一身に請け負ってくれたんは燐くん。
京都全部、なんて…私と同い年で、まだ小さいその背中にまた重いモン背負わせてしもたて思った。燐くん1人だけに任せはしない、なんて思いながら…無意識に全部背負わせて…私は何も出来んかったんよ。

それなのに「ありがとう」って笑ってくれはるから。
自分の弱さが情けのうて、悔しゅうて…仕方あらへん。もっと―――強くなりたい。
せめて、皆の…タツの隣に立てるように。


「…奥村、すまんけど子猫達にしばらく戻ってこぉへんように言うたってくれるか?多分、厨房におるはずやから」
「え?お、おう。わかった」

―――パタン…

「なぁ、タツ。何で燐くんにあんな言伝頼んだん?私お腹空いた―――」


出ていく燐くんを見送って、タツが座ってはる方に体を向け直したら。

―――パシンッ

静かな部屋に乾いた音が響いて、その音がタツが私の頬を叩いたもんやっちゅーことに一拍遅れて気がついた。

え?叩かれた?私、タツに叩かれるん初めてやないの?いや、頭はしょっちゅう叩かれたり小突かれたりしとるけど、顔は…初めてや。うん。
そんなことを考えながらポカン、としとれば、今度は両頬を思いきり引っ張られた。


「いっ?!いひゃいいひゃいいひゃい!!!」
「痛くしとんやから当たり前や!!」


容赦なく引っ張られた両頬。
さっき叩かれたんもあって、絶対に赤ぉなっとる気がするわ…やって、めっちゃヒリヒリするんやもん。
殴られるんよりはマシかもしれへんけどさぁ…私、一応女の子なんやで?
その辺、よう考えてやってほしいわぁ―――って思ったけど、ちっさい頃から女の子扱いされてへんかったわ…。


「もー…いきなり何すんのよ!」
「こん…ドアホッ!!!!!」

―――ガシッ

「お前はアホか?あぁ、アホやな間違いなくアホや!こんドアホがぁっ!!!」

―――ギリギリギリ…ッ

「いたっ!いたたたたたっ!!!ほんまに頭痛いっ!!!アンタの力でギリギリやられたら、頭割れるやろ!」
「割るつもりでやってんねや…!!!」


ぎゃーーーーっ?!こんお人、私を殺すつもりか?!今の目ェは冗談の目ェやないで…?
明らかに本気の目ェやった!完全に本気で怒ってはる時の目ェをして―――って、え?怒って、はる時の目…?

はた、と気ィついて…頭から手が離れていって、バッと顔を上げてみると。
そこには泣きそうな、顔をした…タツがおった。
怒ってはるけど、でも今にも泣きそうで、辛そうで…そんな顔せんでほしい、て思ったんよ。


「タ、タツ…?」
「お前はほんまっ…何であないな無茶すんねや!ほんに昔っから無茶ばっかしよって…今回は生きた心地せんかったんやぞ!!」
「せ、せやかて!ああすることしか出来んかったんよ!あそこで召喚せぇへんかったら…私は後悔するて思ったから!!」


危険なんは私自身がようわかっとった。
対価に必要とされるんは、術者の血液やから。どれくらい持ってかれるかわからんから。足りん場合は、魂ごと持ってかれる場合もあるんやって書物で読んだことある。

もしかしたら―――私は今此処に、おらんかったかもしれん。

それを考えなかったわけやない。命を投げ出そうと思ったわけやない。
自分に出来ることを考えて、考えて考えて考えて考えてっ…その末に出した結論やったんや。
これが私に出来る唯一のことやて、本気で思うたんや。


「どうしても、護りたかった…京都も、明陀の皆も、廉も、ねこも、しえも、出雲ちゃんも、おじ様もっ!タツのことも、燐くんのことも護りたかったんよ…!」


誰一人、失いとうなかった。


「…お前も背負いこみ過ぎなんや。全部、1人で守ろうとせんでいいねん。そう思ってくれとんのは嬉しいけど、さっきみたいな思いすんのはもう勘弁や」


ポンポン、と…優しく頭を撫でてくれる手。
それが嬉しゅうて、今まで以上に温うて…私は久しぶりに―――大声を上げて、泣いた。
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