理由なんて
初めて会った時の印象は、とても物腰の柔らかい人。
けど、他の人との間に一線を引いてる人。
side:しえみ
「あれ?神楽ちゃん、まだ残ってたの?」
塾の教室に忘れ物をしたことを思い出して、まだ開いてるかも!と来てみたら、神楽ちゃんがたった1人で黙々と勉強をしていた。
そのことにびっくりして、思わず声をかけてしまったんだけど…勉強の邪魔になっちゃったかな?きっと集中していただろうし。
だけど、神楽ちゃんはいつもの笑顔を向けてくれて「どうしたの?」って声をかけてくれる。
机の上に広げられていたのは、たくさんの教科書とノートとルーズリーフと…分厚い本。教科書にはたくさん、ぎっしりと書き込みがされていて、それを見てほう、と溜息が洩れる。
雪ちゃんや勝呂くんも勉強熱心で、とても頑張り屋さんだけど、神楽ちゃんもそれに負けないくらいの頑張り屋さんで努力家さん。
そんな素振りは一切見せないけど、きっと今までもこうやって誰も見ていない所で頑張っていたんだろうな。
「どないしたん?こないな遅い時間に女の子が1人で出歩いとったら、変な人に攫われるで?」
「それは神楽ちゃんも一緒だよ。…ずっと残ってたの?」
「おん。少しだけ復習するつもりやったんやけど、気ぃついたらえらい集中しとったみたい」
うーん、と大きく伸びをして、1つに束ねていた髪を解いた。
さらさらと落ちる黒髪が、とっても綺麗。
「…神楽ちゃん、勉強熱心だよね。私も見習わなくちゃ」
「しえかて頑張ってるやないの。京都から帰って来てからは特に」
京都―――…あの場所では、本当に色々あったなぁ。
燐が処刑されるかもしれないって霧隠先生から聞いて、それを皆で助けに行って、燐の青い炎は人を傷つけるものじゃないってわかって…それから。
ニーちゃんを、また呼び出せるようになった。
少しずつだけど、強くなれたような気がしたの。まだ強くなれるような気がしたの。
自分の為に、燐の為に、大好きな皆の為に、もっともっと…誰かの助けになれるように、強くなりたいって思うんだ。
自分の足で前に進めるようになったのも、こうやって皆の輪に入ることが出来たのも…私1人の力じゃない。
燐が、神楽ちゃんが手を差し伸べてくれて、繋いでくれたから。そのお礼を…少しずつ、少しずつ…返していきたいって思うんだよ。
「…でも、神楽ちゃんの熱心さには敵わない。ねぇ、どうしてそんなに頑張れるの?」
純粋な疑問。ずっと、ずっと不思議だった。彼女のひたむきさが。
そのひたむきさ、真面目さ、熱心さ、彼女の全てが―――燐と同じくらいに眩しくて。憧れて。焦がれて。
こんな風になりたい、って何度思ったかしれない。
でもどんなに頑張っても私は彼女のようにはなれなくて…燐のようにもなれなくて。もっと頑張らなきゃ、努力しなきゃって思うのに、一向に実を結んでくれなかったんだ。どうにもならなかったんだ。
そのひたむきさの先にあるものを―――少しでも、知ることが出来たら。
「そうやなぁ…」
開いていた教科書、ノート、本を片付けながら神楽ちゃんはうーん、と首を傾げてる。
私の唐突で、ざっくりとした質問に、必死に答えようと慎重に言葉を選びながら。
「ずっとな?近づきたかったんよ」
苦笑混じりにそう言った彼女の表情は、泣きそうに歪んでるような気がする。
「近づき、たい?」
「頑張って、誰よりも何よりも努力して、隣に立ってたかった。…や、ちょぉ違うか…隣に立っていられる資格を得たかった、が正しいか」
考えながら、考えながら…紡がれる言葉1つ1つを大事にするように、神楽ちゃんは話をしてくれる。
澄んだ綺麗な声で、ゆっくりと音を奏でていく様が何だか御伽話のよう。
「きっと理由なんていっぱいあるんやろうけど、けど…私が頑張る理由は昔っから1つやったんやろなぁって」
「それが…近づきたい、から?」
「おん。頑張って努力しとらんと、あっちゅー間に置いていかれそうやからなぁ…それだけは避けたいねん。…怖い、から」
びっくり、した。神楽ちゃんの口から「怖い」って単語が出てくるなんて。
だっていつも明るくて、強くて、勝気で、誰にも負けない強い意志を持っていて…そんな感情、持ってないもんだって思っていたのに。
「怖い」って呟いた彼女は、私と何も変わらないただの女の子。
―――…あぁ、そっかぁ。そうなんだ、一緒なんだ。変わらないんだ。
私が自分で神楽ちゃんを雲の上の人、って思ってただけで…なーんにも変わらないんだね。
同じ世界に生きていて、同じ地面に足をつけていて、同じ感情を持っている―――女の子。
「神楽ちゃんも、一緒なんだね。私と」
「うん?当たり前やんか。私としえ、なーんも変わらんよ?同じ人間やもん」
怖いって思うのも、逃げたいって思うのも…それは人間だから当たり前の感情なんだ、って神楽ちゃんは言う。
大切なのはそこからどう進んでいくかってことなんだって。そのまま背を向けて逃げ続けるのか、それとも立ち向かうのか。そこが大事な分かれ目だから、って。
きっと塾に通ってる仲間達は皆、立ち向かう勇気を持ってると思うんだ。
怖いって、逃げたいって思っても…それじゃダメだって思える人達だから。逃げ続けても何も解決しないから。
私が祓魔塾に通うようになったのも、祓魔師になろうと思ったのも…そんな自分を変えたいって思ったからかも。
誰かの役に、助けになりたいって心の底から思ったの。
「しえは努力家や。頑張り屋さんや。きっとな?今まで頑張った分は、ちゃんと実を結んでくれはるやろし、無駄になることなんて一個もないと思うで」
―――努力は必ず報われる、やろ?
「…うん!」
頑張れば頑張った分だけ、自分の力になる。
その言葉が好きで、だからもっと頑張ろうって気になるんだって教えてくれた。
「…やっぱりまだ此処におったんか」
「あれ、勝呂くん?」
「杜山さん?神楽と一緒に残ってたんか?」
「あっううん!私忘れ物を取りに来て、それで…神楽ちゃんとお話してたの」
「せやったんか」
「タツはどないしたん?…あ、先生達に用事?でももう誰もおらへんよ?」
「ちゃうわ。お前を迎えに来たんやろが、阿呆」
呆れたような表情と声音だけど、心配だったんだろうなぁ勝呂くん。
「そろそろ此処も閉められる時間やろ。帰るで」
「ん。しえ、行こ?祓魔屋まで送ったる」
「えっいいよ!遠回りになっちゃうし…っ」
「気にせんでええ。帰りにコンビニ寄るつもりやし、こんな時間に1人は危ないわ」
「タツ、コンビニ寄るん?」
「お前メシ食うとらんやろ?」
「あ…」
廊下を歩きながら交わされる、神楽ちゃんと勝呂くんの会話。
いっつも仲が良くて、どんな時も一緒にいて、お互いに気も許してるみたいで、何だか羨ましいな。
…彼女のようにはなれないだろうけど、それでも。私は神楽ちゃんが憧れの人だ。