遠くなる


まだ、ぎょーさん教えてもらわんとならんことがあって。
まだ、訓練中やから…誰にも言わないようにと思っとった。
まだ―――コレを使うつもりなんて、これっぽっちもなかったのになぁ。
響いた一発の銃声。今いるお人らの中で、銃が撃てんのは奥村先生だけ。
せやけど、今は訓練中で、先生達は絶対に手を出さんはずやから。非常事態にならん限りな?
そう。撃ったんは、奥村先生やない。


「今撃ったん…お嬢?」
「何でアイツが銃持っとんのや。竜騎士志望やあらへんぞ…?!」


ほぼゼロ距離で撃った弾丸は、悪魔の眉間にヒットした。
倒せはせんかったけど、どうやら怯ませることには成功したみたいやな。掴まれとった体が解放されとる。

増えた悪魔は、最初の悪魔と全く同じやつか…それなら、同じ詠唱で倒せるっちゅーことや。
十五章と十八章はハズレやった。あとは二十章と最終の二十一章だけ…これがハズレやったら、また一からやり直しや。
それまで燐くんと私の体が持つとも思えん。頼むから当たっとってくれ!


「『一週のはじめの日、朝まだき暗きうちに、マグダラのマリヤ墓にきたりて』…」


今度は銃を片手に、そしてさっきまで閉じとった目を開けたままで詠唱に入る。
理由は1つ。目の前に立ちふさがる悪魔から、自分の身を守る為や。
さっきの一発が効いとるんやろ。ワケのわからん言葉を吐き出しながらもがいとる。今のうちに進めるだけ進めとかんと…危ない気ぃがする。
念には念を入れんと、足元掬われてまう。


「―――くっそ…!炎を使えば一発なのに!!」

―――ザシュッ

「!燐っ…!!!」


あかん…燐くんが押され始めとる。
疲れが出始めたんか、燐くんの動きが鈍くなってきとんな…さっきまでは避けられとったはずの攻撃で、腕を負傷しよった。


「『わが指を釘の痕にさし入れ、わが手をその脅に差入るるにあらずば信ぜじ』…!」
「オオオォオオ…」
「あかん!あの悪魔、また動きだしよったえ!!」
「燐…神楽ちゃん…!」


なんて、人の心配しとる場合やなくなってきた…訓練中の銃じゃあ、致命傷を負わせられるかわからん。
剣やったらまだ慣れとるから、何とかなったかもしれんけど…今この手にないもんのことを考えてもしゃーない!とにかく、今はこの詠唱を終わらせることだけを考えな。


―――ガッ!!

「ガアアアァアアッ!!」
「っぅ…!『わが手を見よ、汝の手をのべて、我が脅にさしいれよ、』」
「やべぇ!神楽っ!!!」


あと、もう…少し―――――!


「『されど此等の事を録ししは…汝等をしてイエスの神の子キリストたることを信ぜしめ、信じて御名により生命を得しめんが……爲なり』!!」


二十章も最後まで詠唱し終えたと同時に、悪魔が弾け飛んだ。
燐くんが対峙しとった悪魔もどうやら消えたみたいやし…何とか、倒せたっちゅーことでええんかな?

そないに長い時間は経ってないはずなのに、まるで何時間も悪魔と対峙してたような気分。
体も、精神も、何もかもが疲労を訴えてるような気ィする。…せやけど…終わったんやね。何とか、終わらせることが出来たんや。

私も燐くんも呆然としてしもて、ただ肩で息をしとるんが精一杯。
そないな私達の近くに皆が走り寄って来た。揃いも揃って、えらい顔しとんなぁ。や、原因は私達か。


「兄さん!神楽さん!」
「お前ら大丈夫か?!」
「あー…疲れてるけど、何とか」
「でも燐っ…腕が……!」
「こんくらい平気。怪我ならすぐ治るし」


ほら、と見せてくれた燐くんの腕はもう傷が塞がりかけてる。治癒力が高い体やから、っちゅーのは教えてもろてたけど…それと大丈夫っちゅーのはちゃうんやないかなぁて。
使い魔を出したままにしとったしえにアロエを出したって、て頼めば「神楽ちゃんも治療しないと!」て言われてしもた。
まぁ、確かに銃で撃った時にうっかり体液をかぶってしもたけど…。

―――それにしても…終わったて思ったら、一気に力抜けてきた。


―――ガクンッ…

「神楽!どないした?!」
「もしかして調子悪いんやない?まともに体液かぶりはったもんね…」
「それもある、けど…」
「…けど?」
「こ……こわ、かったぁ…!」


体液をかぶった箇所は熱いし、頭もクラクラしとるし、慣れない銃撃で指と腕は痛いし…色んなとこが悲鳴をあげとる。
せやけど、それ以上に…怖かったんや。あの悪魔が。
悪魔を見たことがないわけやないし、京都ではもっとおっきい悪魔を前にしとったのに…あの時かて死ぬかもしれんて思ったのに。
そん時と同じくらい、今回も怖いて思ってしもたんや。祓魔師を目指しとるのに、これくらいで怖がったりしとったらあかんのに。
けど、誤魔化せんくらいに怖くてしゃーなかった。今頃になって体がガクガクいっとるもん。その恐怖を逃がすように、おっきい溜息を1つ。いくらか楽になったような気もする。


「怖いって…アンタが?!いっつも強気のアンタが?!!」
「私かて人並みに怖いもんくらいあるよ。ほんまに死ぬかと思ったわ…」
「めっちゃでっかいし、途中で増えたもんなー…俺ももうダメかと思った」
「とにかく2人は医務室で手当てを。勝呂くん、佐伯さんを運んであげて下さい」
「あ、はい」
「え、私歩ける…!」
「あれだけまともに体液をかぶったんです、体は辛いはずですよ?」


だから、大人しく運んでもらってください。そうにっこりと言われてしもたら、従わんわけにはいかんくて。
恥ずかしくてしゃーないけど!…大人しくタツに医務室まで運んでもらうことにした。辛いのはほんまやしね。
せやけど、当たり前のように姫抱っこすんのはどうかと思うんよ…!タツはしれっとしとるけど!私は恥ずかしさで顔から火ぃ噴きそうや、ほんまに!!
何で普通の顔でこないなこと出来るんやろ…そして廉がニヤニヤしとんのが、めっちゃ腹立つわぁ…。


「………なぁ」
「うん?なん?」
「お前―――…いつの間に銃なんか使えるようになったんや」


タツの声が、いつもより低く響く。
これはもしかしなくても、怒って…はる、よね?


「え、と…あの……」
「竜騎士志望やなかったはずやのに、気ィついたら使えるようになっとるし。別に志望称号を増やすんがダメやとか、そういうことを言いたいんやない。何で―――」


そこで、タツの言葉がぷっつりと途切れた。同時に歩みも止まって。私らは一番後ろを歩いとったから、そのまま皆に置いていかれてしもた。
不思議に思って顔を見上げてみれば、いつも以上に険しい顔をしとって…何や考え込んでる様子。
どうした、んやろか。こん表情からは何を思っとるのか…想像することも、読み取ることも出来ん。


「タ―――――」

―――ギュウ…ッ

「頼むから…置いていかんとってや……」


姫抱っこされた状態で、抱きしめられた。
タツの首筋に顔を埋めるような態勢になっとって、ちょぉ恥ずかしいなんて思っとったら…耳に届いた、タツの切羽詰まったような声。
懇願するような…何かに縋るような、ほんまに絞り出したような声音やった。

置いていく?誰が、誰を?
もしかして―――私が、タツを?

…どうしてあんたはこないに怯えとるん?置いていくわけがないやんか。
私があんたを置いてくなんて、そないに阿呆なこと…


「するわけないやんか…私は此処におるよ?ずーっと…あんたの傍におるから」


せやから、そないに怯えんで大丈夫。
私はずっと此処におって、ずっとあんたを護るから。ね?
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