それはきっと、
「のぉおわあああぁああっ?!」
「燐くんうっさい!!」
叫びながら攻撃を避ける燐くんにそう言ってはいるけど、私かて叫びそうになってるっちゅーのが本音や。せやけど、それより先に燐くんが力いっぱい叫んでくれはるから全部引っ込んでまうんや。
ミシミシミシ。バキバキバキ。
辺りに響き渡るのは木々が折れる音。避ける音。
それはつまり、すぐそこまで悪魔が迫ってるっちゅーことでもあって、じわじわと胸ん中が恐怖で浸食されていく。怖い、なんて思ったら祓魔師になれんのに、着実に迫ってる『死』というワードに震えがくる。
このまま走って麓まで下りてしまえばこの恐怖からは解放されるかもしれん…けど、そんなことをしてしまったら―――全てが、水の泡や。
「なぁ、燐くん!炎!炎は効かへんの?!これも腐の眷属やんかっ」
「俺もそう思って何度も剣は振るってんだけど、すぐ再生しちまうんだよ!全く効かねぇんだっ!!」
そう言って青い炎を悪魔の足へ目掛け放つけれど、足が焼かれる所か、炎が消えてしもた。そこには火傷ひとつ、ついてへん。
どういうことやの?腐の眷属やのに炎が効かへん…しかもすべてを焼き尽くすと言われとった青い炎すら、全く効果がないなんて。
燐くんの炎すら効かないとすれば、どうやって倒せばいいんよ…!
半ば、絶望しそうになっていた。どうしたらええかわからなくなっていた。
そこに響いたんは、やけに腹が立つ声。
『ハッハッハッハ!どうやらお困りの様子ですねぇ』
「?!その声…メフィスト?」
「メフィスト、……て、学園長?」
『その声は奥村くんと佐伯さんですね?ご機嫌麗しゅう…』
麗しゅうも何もあるかぁ!この人はあれか?阿呆なんか?!
腹が立つ、且つ、気まで抜けるような声でなんやベラベラ喋りはじめおったで、このお人…!一応、私達が通う学校の責任者やけど腹立ってしゃーないわ。
つーか、何で学園長が此処におんねん。今回、付いてきてはいなかったはずなんやけど。
『どうやらこの悪魔、普通の炎はおろか…奥村くんの炎も、効かないとみました』
「!」
『つまり、倒す術はない…このまま一般人が襲われるのを、死んでいくのを指をくわえて見ているのみということです!』
「なっ、?!」
理事長の言葉に思わず絶句してもうた。
本当に、本当にそうだったとしても。何も出来んのが現実やったとしてもや!…それを…何でそないに楽しそうに話せるんや。人の命がかかっとるんやぞ?!
理事長の笑い声に交じって他の候補生の怒声や、雪くん達のざわついた声が耳に届く。そうか、全員に配られとったから皆聞いとんのや。
その声が少し落ち着いた頃、さっきよりトーンを落とした低い声で「ですが、1つだけ方法があります」と学園長が呟いた。
皆が息を呑む中、私達の耳に届いた言葉は…これまた絶句、っちゅーのがぴったりやった。それくらい衝撃的な言葉。
『佐伯さんが契約したという火神…それを完全体で召喚し、奥村くんの降魔剣に憑依させる!そうすれば炎の威力は増し、祓うことが出来るでしょうねぇ』
確かに私が京都で契約した佐伯家に伝わる使い魔は、火に憑依する高位な悪魔やけども…!せやけど、青い炎には劣るんと違うか?!
…でも、学園長の言い方やと…青の炎と合わせる、っちゅーことか?
確かに燐くんの炎単体で弱いというなら、合わせれば威力が増すかもしれんけど…それで本当に祓うことが出来るんやろか。さっきまでのことを思い返せば、まるっきり効いてへんように見えたんやけど。
『信じるも信じないも貴方の自由ですが、…このまま、放っておけますか?ねぇ、佐伯さん』
「…神楽…」
「―――――…ほんっま、意地が悪いっちゅーか…人をおちょくる人ですねぇ、アンタ」
するり、と零れ落ちてきたんは明らかに言うてはあかん言葉。
さすがの燐くんも驚いた顔で私のこと凝視してきよるし、色んな方面から「ヒッ」って息を呑む音も聞こえてきよる。まぁ、せやろなー…私かて他の誰かが上のもんにこないな口ききよったらびっくりするわ。今かて自分が一番驚いとんのやから。
まぁ、肝心の学園長は「やはり面白い人だ!」ってゲラゲラ笑ってはりますけれども。
せやけど、どーーーしてもこんお人の言い方は嫌いや。好きになれんわ。どう考えたって人をおちょくってるやろ、さっきの言い方は。
そういう言い方をすれば―――私の逃げ場が、なくなるから。
恐らくはそないなことを考えて言うた言葉なんでしょうね。
…きっと、タツや廉やねこが傍におったら全力で止めるんやろうなぁ。ただでさえ危険な召喚なんに、完全体を呼び出すなんて…命を捨てにいくようなもんやもの。
せやけど、失くされた逃げ場を恨めしく見とるより…前を見据えて、僅かな希望に縋る方がええのかもしれんとも思う。
なんぼ危険かて理解してても、それを超越してまうほどに護りたいもの、譲れないものが私の中にはあるから。
「…奥村先生、シュラ先生。確認しときたいことがあります」
『はい、何でしょう』
「お二人も―――学園長の言う案が、最良やと思わはりますか?その方法しかあらへんと、そう…思わはりますか?」
ピンッと張りつめたような空気の中、いやに落ち着いた私の声だけが響いているような気がしとった。
いつの間にか木々が折れる音も、避ける音も聞こえなくなっていて。そっと後ろを振り向けば、時間が止まったかのようにその場に留まっている悪魔の姿。
今は大人しくしとるように見えるけど、それはいつ動き出すか、暴れ出すかは神のみぞ知るっちゅー状態。…迷ってる時間は、悩んでる時間は、さほどない。
私の問いかけに返ってきた2人の言葉は、短い謝罪。
ああ、やっぱり学園長の言う案が最良なんやね。他には打つ手がない、そういうことやんね。
「―――…20分」
『え?』
「恐らく私の力じゃあ、最大20分が限度です。それ以上は体が持ちません」
せやから、それまでに駆けつけてください。雪くん。
せやから、それまでに倒してください。燐くん。
最後まで言葉にはせえへんかったけど、2人には通じたようでイヤホンからは「必ず駆けつけます!」、隣からは「任せとけ!」。それぞれ力強い声が聞こえて、自然と笑みが浮かんだのを自覚した。
「ほんなら、……いきますえ」
スラッと伸びる刀身が、月の光を浴びて鈍く光った。