語られる、


八百造さんによって開かれた襖の先におった、見知った方々。
言いようのない緊張感からか、足が竦んで動かへん。ここから先に踏み込んだら、私はもう…後戻りができない、そんな気がしてしもて。
動く気配のない私を促してくれたんは、横におったタツと後ろにおった柔にぃ。大丈夫やから、と優しく手を握り直してくれたタツと背中を押してくれた柔にぃによって、私はようやく部屋の中へと入ることが出来た。
中へ入って真っ先におば様が心配そうな顔をして、私の元へ駆け寄って来てくれはった。


「神楽ちゃん大丈夫かえ?具合がようない、て聞いたよ?」
「ちょっと食欲がなくて眠いだけ、だから、心配せんでも大丈夫ですよ。おば様」


心配してくれるおば様ににっこりと笑いかけて、私とタツはおじ様と八百造さんと蟒様の向かいへと腰を下ろした。
おば様、柔にぃ、蝮姉さまは私達の後ろに控えてる。
…なんや、やっぱり緊張してまう。これだけのお人達に囲まれとったら、緊張すんなっちゅー方が無理な話やと思うんよ。…ほんま、タツが一緒に来てくれて良かったかもしれん。1人では耐えられん。


「…神楽ちゃん」
「は、い」
「これから話すんは、佐伯家に代々継承されとる使い魔についてや。せやけど、そないに緊張せんでええ…昔話を聞くような感覚でええからね」


そう言って笑みを浮かべたおじ様が紡ぐのは、私の―――佐伯家の、過去。


「佐伯家に継承…ちゅーのは、少し語弊があるかもしれん。まぁ、それはひとまず置いておいて。神楽ちゃんが契約しとる使い魔の火神は、君も知ってる通り血を対価に動くもんや」
「…はい」
「せやけど、それは"ただの契約"の場合」
「和尚、どういうことや?」


おじ様曰く、私が契約した火神は一時的に契約をすることが出来る使い魔らしく、その場合は血を対価に動くらしい。
どうやらとても気難しい悪魔らしく、交わす契約のほとんどがその一時的な契約のみだったようで、"真の契約"を結んだ当主はほとんどおらんかったらしい。


「真の、契約って…」
「あの日、使い魔が言うてたな。お前と真の契約を交わす、て」


タツの言葉に小さく頷けば、おじ様もそのことはシュラ先生から聞いとるって教えてくれはった。
…そうか。あの時、シュラ先生達も来てたから…あの言葉、聞いてたんや。せやから昨日、あのお人らは私の話を聞いて"やっぱり"って呟いたんやね。ようやく腑に落ちたわ。

ほんで、その真の契約を結ばん限り、血の対価は消えんまま。その状態のまま悪魔を使いすぎれば、血も、精神も、体力も擦り切れて死に至る…せやから、佐伯家の当主は長生きせんかったっちゅーことらしい。
誰もが陰で言うてた呪いとかではないけれど、それでも気味が悪いんは確かやよね。やって、恐らくそれは分家や親戚には伝わっとらんことやから。私かて今日初めて聞いたもん。


「…けど、1人だけ。真の契約を結んだ当主を知っとる」
「和尚が知っとるっちゅーことは、もしかして…」
「あぁ。君のお父さんや、神楽ちゃん」
「おとう、さん…が…?」


16年前の青い夜で命を落とした、私のお父さん。佐伯家の前当主やったお人。


「せやから、連絡もらった時はびっくりしたわ。まさか神楽ちゃんがお父さんと同じ偉業をやってのけるとは思っとらんかったからなぁ」
「君のお父さんはとても優秀な祓魔師やった。今までどの当主も成し遂げられんかった真の契約を、28歳っちゅー若さで結んでしもたんやから」


けど、それ以上に優秀な娘さんに育ちはりましたね。神楽さん。あんさんはお父さんそっくりや。
そう言って微笑んだ蟒さんに、少しだけ泣きたくなった。嬉しくて、でも切なくて。
せやけど、泣くわけにいかんから唇をグッと噛みしめて耐えよう、て思ってたんに…その後に続いたおじ様の言葉に、敢え無くその決意は崩れ落ちてしもた。


「ほんま…大和と撫子さんそっくりの、ええ子に育ったわ。よう頑張ったなぁ」


ホロリ、と一粒の涙が頬を伝った。泣いたらあかんのに、また皆に心配をかけてしまうのに、一度流れ落ちた涙は止まることなく次から次へと流れ落ちていく。
何も言葉を紡げないまま泣き続ける私の背中を優しく撫でてくれるタツに、また涙が溢れてくる。
まだお話は終わってないはずなのに、誰も咎めることをせず、自然と涙が止まるまでそのままにしてくれはって。それがまた、嬉しくて仕方なかったんよ。


「神楽、目ぇは擦ったらあかんよ。これを使いよし」
「うー…ありがと、蝮姉さま…!」


蝮姉さまが貸してくれはった手拭いで目を押さえて、流れ落ちる涙を受け止める。
しばらくそうしていれば、少しずつ涙が止まって来て、ようやくおじ様達の方へ顔を向けることが出来た。や、それでもかなりひどい顔をしてるっちゅー自覚はあるんやけどね。せやけど、いい加減、お話の続きを聞かんと。
おじ様達は優しい顔で待ってくれはったけど、皆、わざわざ時間を作ってくれとるんやし…あんまり長い時間、無駄にさせるんは良くない。
最後にもう一度、涙を拭うて顔を上げれば、口を閉じていたおじ様が続きを話し始めた。


「ほんなら続きや。"真の契約"を交わせば血の対価が完全に消えるわけやない。呼び出すにはどうしても血が必要になるさかい…それだけは免れることは出来ん」


けど、今までより持っていかれる血の量はぐっと少なくなる。それ以上に消費されんのは精神と体力なんや、て教えてくれはった。それはきっと、どの使い魔でも変わりないことやし何の問題もあらへんね。

さて、と一呼吸置いたおじ様が「ここからが本題や」と仰った。
私からしてみれば、今までのお話かて十分本題のように感じとったんやけど…今度は何のお話なんやろか?私が関係しとるんは確かなんやろうけれども。


「神楽ちゃんのその体調不良の理由、やけれどね?」
「…何でしょうか」
「それは恐らく、っちゅーか、確実に真の契約を結んだ代償や」
「代償、」
「君の体はまだ成長途中で、未熟なんや。その体にあの高位な悪魔を宿すっちゅーことは、それだけ体力が持っていかれる」


異様な眠気はそのせい。食欲がわかんのは、体を慣らそうと全神経がそっちに向いとるから自分のことにまで気が回らんからやろうと説明された。
…うん。眠気に関しては納得がいったけれども、食欲に関してはなんや変な感じ。けどまぁ、憶測やけど…空腹の信号を発する神経が鈍っとるんやろうなぁ。多分。
火神の気配に体が慣れてしまえばこの異様な眠気もなくなるやろうし、食欲も戻ってくるやろうっちゅーことやった。どうやらお父さんも契約したての頃はよう眠ってはったみたいやし、それはおかしなことではないらしい。
ただ、私の場合はまだ体ができてないからその反動がひどいだけだろう、って。


「少しずつ、…焦らんで慣れていきよし。大丈夫、神楽なら絶対に大丈夫や」
「蝮姉さま…」
「しばらくこっちにおるんやろ?私が見とるさかい、少し修行していこな」
「うん。お願い、します」


知らないことをたくさん聞いて、泣いて、少し疲れたけれど…けど、私はたくさんのお人に大切にされてるんやなぁ、て改めて知ることが出来た。
ああ、なんやろ。嬉しくて、幸せで…めっちゃええ気分や。
- 35 -
prevbacknext
TOP