真の名前
京都に戻って来て3日。
おじ様達から使い魔のことを聞いて、体調不良のことを聞いて、なんや安心したのか少しずつ体も元の状態に戻りつつある。
まだ完全、とは言えんけど、ぐったり眠り込む回数も減ってきとるし、眠気ものうなったわけやないけど前ほどやあらへん。少し寝不足やなー、てくらい。
食欲も少し戻ってきとって、今では1日3食食べれるまでに回復したんよ。まぁ、食べとる量は皆の半分にもならんくらい、やけどね。それでもずっと心配してくれとったタツは良かった、て言うてくれたし、ホッとしてくれはったみたい。
ほんで、蝮姉さまに修行もしてもらってん。
あのお人は手騎士で蛇の使い魔を持っとるから、色々教えてもろてんのや。そっちの勉強はほとんどしとらんかったから、学ぶことも仰山あって結構楽しいんです。手騎士の称号を取るつもりはあらへんけど、使い魔を持っとる以上、知っておいて損はないはずやからね。
あ、それで火神と真の契約を結んだんはええけど、実は召喚する際に呼ばなあかん真名を私はまだ知らん。それがわからんと呼べんのやけど…どうやって知ったらええんやろ?
「ええか?神楽。今、アンタの使い魔はこの体の中におる。しっかり集中して心の中で呼びかければ、アンタの声に応えてくれるはずや」
「呼びかける…」
「せや。文献には真名に関することななーんも書かれとらん。それはつまり、使い魔自身に教えてもらわなあかんっちゅーこと。…これは私の推測に過ぎんけど、会話できるようになればきっと真名を教えてもらえるんやないかな」
成程なぁ…確かに蝮姉さまの言ってることは一理あるかもしれん。
少なくとも真の契約を結んでくれたっちゅーことは、私のことを認めてくれたはずやから…うん。もう少し、気張らな。
よし、上手くいくかはわからんけど…やってみよか。
しん、と静まり返った部屋。さわさわ、と風の音だけが響く部屋。
その部屋の真ん中で1人、目を閉じて心の中を無にする。無にして、凪いだ海のように心を落ち着けて―――…呼びかける、私の使い魔となった火之迦具土神に。
(…なぁ。そこにおるんやろ?)
『ほう。思っていたより回復が早いな。何用だ』
真っ暗で何もない世界に、1つの灯りが燈った。赤い、綺麗な色…間違いなく、火之迦具土神の炎の色や。
それはあの時のような綺麗で大きな翼を持った姿ではなく、意識を失う寸前に見た炎の姿やった。もしかして私の体が完全やないのと、真名を呼んでないから…なんやろか?せやから、こないな姿なんやろか?
その疑問を素直に投げかけてみれば、笑いと共に「精神世界で会う時、我はこの姿だ」と教えてくれはった。体も真名も、此処では関係ないのだと、そう笑った。
『お前が此処に来た理由は、我の真名についてであろう?』
(せや。どの文献にもそないなこと書いてないし、お父さんのことを知っとる方達もアンタの真名は知らへんようやし…せやから、もう本人に聞くしかないな、て)
『ふむ、…まぁ、お前の行動は間違ってはいないな。我の真名は真の契約を結んだ者しか知ることが出来ないのだから』
静かな声で目を閉じろ、と言われ、言われた通りに目を閉じれば。
なんやようわからんけど、胸の奥の方が熱なってきて…沸々と、お腹の底から何かが上がってくるような妙な感覚に包まれた。
それが頭の先にまで広がって、弾けた、と思った瞬間―――ハッと目が覚めた。同時に、脳内に直接声が響いたような気がする。
「…"烈華"…」
ボソリ、と1つの名を紡げば、あの日見た大きな翼を持つ赤い鳥が目の前に姿を現した。
ああ、これが火之迦具土神の真名、っちゅーことか。
『どうやら無事に伝わったようだな。それが我の真名だ…我が必要な時は、その名を呼ぶがいい。それはお前だけに許されたものだ』
「……ほーか」
『…お前は、本当にあの男によく似ている。やはり親子なのだな』
表情は、ない。せやけど、その一瞬だけ烈華が笑ったように思えた。この悪魔にとって懐かしいであろう、私のお父さんのことを思い出して。