Let's花嫁修業?
今日は祓魔師のお仕事はお休み。しかも珍しいことに3日間の連休、という素晴らしいものまで賜ってしまい恐悦至極…あ、何や私、頭のネジが飛んでっとる気がするわ。
というわけで、お休みはお休みなんやけど…私は朝から忙しなく旅館内を行ったり来たり、ドタバタと走り回ってます。仲居さんの着物を着て。
「神楽ちゃん、申し訳ないんやけどこれから団体さんがお着きになるんよ。一緒に出迎えてくれる?」
「それはええですけど、…ただのお手伝いの私が行ってえんですか?」
「ええの、ええの。私が神楽ちゃんと一緒に出迎えをしたいんやから」
とっても嬉しいお言葉やけど、それでええんですか女将さん…と思ってしもたのは、私だけの秘密や。…っと、ゆっくりしとる時間はあらへんよね。これからお出迎えをせんといかん、ておば様が言うてはったし。鏡で着物や髪に乱れがないことを確認してから、私は急いで玄関へと向かった。
どうやらまだお客様はご到着されていないようで、少しだけホッとしておば様の隣に移動。…ああもう、ものすごく緊張する。昔から簡単なお手伝いはさせてもろてたけど、こないに本格的にお手伝いするのは今回が初めてで覚えることがたくさんあって、正直頭ん中いっぱいいっぱいや。
祓魔師である私が何故旅館のお手伝いをしているのか、と言いますと…事の起こりは昨日の夜。皆で夕飯を食べていた時のこと。団体さんの予約があるのに、風邪で休んでしもてる仲居さんがおるらしく人手が足りひんのや、っておば様がポツリと漏らしてん。ほんで、私が偶然お休みやって知って、えらい申し訳なさそうな顔で手伝ってくれん?て聞いてきたんが始まり。この休みの間は特に用事があったわけでもないし、私なんかでお役に立てるんならーと思って二つ返事でOKしたんです。
ちっさい頃からおば様やたくさんの仲居さん達が忙しそうに働いてるんを見てきたから、そう簡単なものでも楽な仕事でもない、っちゅーんはわかってた。けど、忙しさと大変さはその想像を遥かに超えとりました…私の考えはまだまだ甘かったみたいや。体力には自信があるからへばってはおらんけど、夜にはバタンキューしそうやなぁ。
「いらっしゃませ。遠い所からようお越し下さいました」
続々とご到着されたお客様を笑顔で出迎えて、お夕飯の準備や配膳などに追われとったらあっちゅー間にとっぷりと日が暮れとった。
夕飯の片付けが終われば少しだけ訪れる静かな時間。おば様曰く、昼間程の忙しさはなくなるっちゅーこと。今のうちにご飯食べといで、と言われたのでお言葉に甘えてお膳が用意されとる部屋へ行こう、と玄関ホールへと差し掛かった時、ガラリと引き戸が開く音。もうご予約のお客様はおらんかったはずなのに、と視線を向けてみれば、そこにいたんは仕事を終えたタツと廉とねこでした。
「あら、おかえりなさい」
「へ?お嬢?!」
「わ、どないしたんです?神楽さん…」
仲居さんの着物を着とる私の姿を見て、廉とねこはめっちゃ驚いとる。タツは昨日の会話を思い出したのか、あーって納得した表情。ひとまず、驚いてる2人に簡単な説明をしとったら、奥からおば様がひょっこり顔を出して朗らかな声で「おかえり」と一言。
おば様の計らいで廉も一緒に夕食をとることになったので、4人揃ってお膳が用意されとる部屋へ。
「それにしても…お嬢、着物似合いますねぇ」
「ほーか?滅多に着ぃひんから変な感じやわ」
「けど、せっかくのお休みなのに大丈夫ですか?」
「このくらい問題ない。明日と明後日もお休み頂いてるし、休んどる仲居さんも明日には復帰できそうなんやて」
せやから、私のお手伝いも今日1日限りのお話なんです。…でも、予定のないお休みをただボーッとして過ごすんはやっぱりもったいないんよねぇ。明日以降もお手伝いできることがあるんなら、やらせてもらいたいなぁとか思ってるんです。大変なんやけど、こういうお仕事嫌いじゃないし、結構楽しんでやってたんよ。お客様に笑顔で「ありがとう」って言われるとすっごい嬉しいし。
よく煮込まれた煮物を口に運びながら今日のことを反芻していると、廉が楽しそうに笑ってこっちを見とることに気ぃついた。なんやろ、私の顔に何かついとるんやろか?タツとねこも怪訝そうな顔を廉に向けとって。
「…なん?さっきからずっとこっち見てきて」
「んー?なんやお嬢ってば、花嫁修業してるみたいなんですもーん」
はなよめしゅぎょう…
一瞬、廉の言ったことが理解出来んくて頭の中で何度も何度もその言葉を繰り返して、ようやく意味を理解した時には顔を真っ赤にしたタツが廉に掴みかかっとる最中でした。ねこは呆れ顔でその光景を眺めとるんやけど、…相変わらず助けてはあげないんやね。知っとるけど。
でも花嫁修業、ね。確かに私はタツと付き合うとるし、今してることはお手伝いとは言っているものの若女将になる為の修業のようにも見えるかもしれん。私達の仲を知っとる人なら尚更、な。私自身、そんなことこれっぽっちも考えてなかったけどなー純粋におば様のお役に立てるんが嬉しかった、てだけやし。ああ、そういえばおじ様とおば様にお付き合いしてます、てお話…まだしてへんかったなぁ。こっちに帰ってきてからはやることが仰山あって、幼なじみの2人に報告したんも少し前やったし。
…けど、付き合うとるだけやったら…別にお話せんでもええのかな。結婚とかになったらまた話は変わってくるやろけど、そないな話は一度もしたことあらへんし、それにまだ付き合い始めて半年ちょっと。どう考えても結婚を考えるにはまだ早いと思うんです。年齢的には考え始めてもええ歳やとは思うけど、…でも最近は晩婚化しとるっちゅーのをよう聞くし、そうでもないのかも。
いまだ取っ組み合いの言い合いをしとる2人を眺めながら、私は静かに食後のお茶を啜っていた。この少し後、騒ぎを聞きつけたおば様にえらい痛そうな拳骨をタツ達が食らってたのは言うまでもない。
「ん〜〜〜〜〜っ…!」
食事が終わった後もまだ少し仕事が残っていて、廉が帰るのを見届けた後は再びお手伝いに戻った私。タツがなんや言いたそうにしとったけど、タイミング悪くおば様に呼ばれてしまったのでそれはうやむやになってしもた。
それから2時間後。私はようやっとお手伝いを終えて、お風呂にゆーっくり浸かってきたのであります。夜は大分冷え込んできたし、温かいお風呂が気持ちええ季節になってきたなぁ。寒いのは苦手やけど、冬には冬なりのいいことや楽しいイベントもあるんよね…もう少し寒くなったら雪も降り始めるんやろか。高校の時みたいに雪合戦をするような歳でもないけど、雪うさぎくらいは作りたいな。ほんで玄関先に飾んねん、きっとかいらしいわ。
濡れた髪を拭きながら廊下を歩いとったら、縁側で空を見上げてるタツを見かけた。こないな時間に何しとんのやろ。
「ターツ!」
「…神楽。おかんの手伝いは終わったんか?」
「おん。お風呂も入ったし、あとは寝るだけ」
「ほーか。…お前、髪まだびしょ濡れやんけ…タオル貸し、拭いたるわ」
貸し、と言いながらも奪い取るようにタツの手に渡ったタオルで髪をわしわしと拭かれる。乱暴なように見えて、髪を拭く手はひどく優しい。痛まんように優しく拭いてくれるその手が気持ち良くて、そっと目を閉じれば今にも眠ってしまいそうや。…ああ、ええなぁこういうの。恋人、って感じするわ。
このお人と付き合うようになって、今までなにげなーくしとったことが実は特別なことで、傍から見ればそないなこと?て思うようなことも私にとっては何物にも代えられないくらいの幸せで。あの、何が言いたいのかといいますと…あれですよ、幸せってこないな身近にあったんやねー、てこと。些細なことでも幸せ、て思えるのってすごいことやと思うねん。
小さな幸せを少しずつ、少しずつ集めて…そしたらいつか、おっきな幸せになってくんやないかなー、て。…自分でも何を言っとんのやろとは思うけど、ほんまにそう思ってしもたんやから仕方ない。
「ま、こんなもんやろ。後でしっかり乾かせや?」
「おん、わーかってますって」
ほい、と返されたタオルを受け取って、再び立ち上がる。湯冷めする前に部屋に戻ろう、とした所でなんや言いにくそうな顔をしてタツが口を開いた。そういえば、夕飯を食べ終わった時、なんや言いたそうにしとったっけ。
部屋へ戻ろう、としとったのを止めて、改めてタツの方へ向き直る。
「どないしたん?さっき、…えと、夕飯食べ終った後になんや言いたそうにしとったやん?」
「あー…おん、ちょお部屋に来ぃひん?此処で話しとったらお前、湯冷めするやろ」
行こか、とさりげなく繋がれた手は、お風呂に入った私の手と大差ないくらいに温かかった。
「…すっごい久しぶりにタツの部屋、来た気がする」
最後に此処に来たのって、…ああ、せや。烈華とのことを聞きに来たあの時、あれがこの部屋に入った最後や。その後は1人で戻ってきたりしてたから、タツの部屋に入ってなどいない。それにヴァチカンに3年行ってたしなぁ。
通された部屋はあの頃と何一つ変わっていなくて、相変わらず綺麗に整頓されとるのを見てクスリと笑みが零れる。ほんま、昔っから変わらず几帳面なお人やね。男の子の部屋ってもっと散らかってるイメージやってんけど(きっと廉のせいやろうけど)、このお人とねこの部屋はえらい綺麗なんよねぇ…下手すると私の部屋のが汚い気ぃがする。
適当に座れ、と言われたので、昔からお気に入りのクッションを抱きかかえてベッドに身を放り投げた。…あ、あかん。これ寝てしまいそ…予想以上に疲れとんのかもしれんなぁ。
「コラ神楽、此処で寝んのは構わんけどひとまず人の話を聞かんかい」
「…せや、その為に来たんやっけ…」
「忘れんの早すぎやろ」
ベッドに転がしてしもた体はさっきよりも重たくなってて起こすのが難儀やったけど、やっとこさ起こして話を聞く体勢に入る。体育座りしてクッション抱えてたら、そのうち寝てしまいそうな気がするんは内緒にしておこう。
「ほんで話って?」
「……さっきの、志摩の話、」
「廉?…あぁ、花嫁修業がどうのって言うてた時か」
あれが一体どうしたというのだろう。確かに目の前で仏頂面をしとるこの人は、えっらい真っ赤になって、えっらい剣幕で廉に掴みかかっとったけれども。
けど、何故その話をし始めたのか意図が読めんくて小首を傾げれば、小さな声でポツリ、ポツリと話し始めた。
「お前、は…ああいう風に言われて嫌やとは思わんかったんか?」
「?おん、全然」
どうして嫌や、と思うのかわからんし、何でそないなことをこのお人が気にしとのかもわからんっちゅーのが本音。
素直にそう言葉にすれば、呆気にとられた表情を浮かべてて。あれ?私のさっきの言葉、そんなに意外やったんやろか?普通のことを言ったつもり、やったんけども。
「そら、まだ付き合い始めたばっかりやし…そないなこと考えられるわけでもないけど、」
でもそれでもいつかはしたい、て私は思うから。せやから、廉にからかわれたことやって不快には感じひんかったんや。むしろ、あーそう見えるよなーとか、他人事のように考えとったくらいやし。
「神楽…」
「おば様のお役に立てるのは純粋に嬉しいし、旅館のお仕事覚えるのも結構楽しいんよ」
祓魔師の仕事も好きだし、誇りに思ってるけど、それと同じくらいにこの旅館のお仕事も好きやって…今日一日、お手伝いして思ったんよ。おじ様も、おば様も、虎屋も、私にとっては大切な宝物で、大好きな人と大好きな場所やから…いつか、私の手で守れたらええなぁとか、無茶な夢も抱いとるくらいや。
素直な気持ちを言葉にするのは恥ずかしゅうて堪らんけど、1つも隠さずに話せばぎゅうっと抱きしめられた。あの頃よりも数倍大きくなった背中にそっと手を回すと、ほんの少しだけ震えとるように感じたんや。…泣いとる、んやろか?
「タツ…?」
「そんな風に考えてくれとって、…おおきに。めっちゃ嬉しいわ」
「お、おん…どういたしまして…?」
「まだ、その時やないから堪忍やけど…けど、祓魔師として一人前になったらその時は…っ」
―――俺の、嫁さんになってくれ。