君がいなくちゃ


祓魔師になったからには、任務の時はいつだって危険と隣り合わせなんは重々承知しとった。不浄王の時や、京都出張所に就職してから携わった数々の任務の時…それから、おじ様や蟒さん達の背中をずぅっと見とったから。せやから、私はもう覚悟出来とるって思うとったんや。けど、そんなわけなかった。

『お嬢、落ち着いて聞いてや、…あんな、坊が病院に運ばれた』

珍しく焦った様子の廉がそう連絡してきたんは、3日前のことや。私はその日、たまたま非番で旅館の手伝いをしてて。休憩中にたまたま開いたケータイに、ほんまタイミング良く―――て、言うてええのかはわからんけど、とりあえず廉から着信があってな?出てみればタツが病院に運ばれた、て聞かされたんよ。
けど、私どうしてええかわからんくなって半ば放心状態。一緒に休憩しとった仲居さんがすぐに電話代わってくれはって、廉から改めて状況を聞いてくれたらしい。ほんでそれを女将さんであるおば様に伝えてくれて、…気が付いたらおじ様と一緒に病院へ行っとった。
幸い、命に別条はなかったらしいんやけど、それでもしばらく入院せなあかんくらいの大怪我や。体力の消耗も激しかったみたいで、いまだにタツは目を覚まさへん。


「…ごめんな、守ってあげられんで」


そっとタツの手を握る。ちゃんとあったかい…それだけでああ、このお人は生きてるんやってわかるんよ。目は固く閉じられとるけど、それでもちゃんと呼吸しとるし、体温もある。命に別条はないから直に目を覚ます、心配ないっていくら言われても、やっぱり心配になるから。もしかしたらこのまま目を覚まさんのやないか、って不安になるんや。
ゆっくり休んでほしい気持ちもあるけど、でもやっぱり早く目を覚ましてほしいなぁ…声、聞きたいよ。

あの日、私がこのお人の傍におったら…なんて、あくまで仮定の話でしかないけどさ?それでももしかしたら、…こんな大怪我負わせずに済んだんかなぁとか考えてまう。
私がいた所でタツを守りきれたかはわからんし、無理だったかもしれんけど、でもきっと、軽傷で済んだのかもしれんって可能性はあるやろ?


「ねぇ、お嬢。自分が坊の代わりに、とか…考えてる?」
「!」
「やーっぱ思っとったかぁ…俺と子猫さんな、それをずっと気にしとってん。もしかしたらお嬢がそんな風に思いつめてまうんやないかーって…案の定やったわ」
「やって、…それが私の、」
「使命やって?まぁな、俺も子猫さんもお嬢もそういう家系に生まれとるから間違いやないんやと思うんやけど…きっとな、坊は怒ると思うで?」


タツが、怒る…?
廉の言っている意味がすぐには理解出来なくて首を傾げれば、彼は困ったような笑みを浮かべて「あんな、」と口を開いた。タツは前に守られてばかりは嫌やって、俺もお前らを守りたいし代わりに怪我されんのはもう嫌なんやって言うとったんやって教えてくれたの。
私らとはそんな主従のような関係にはなりたくない、て。もっと対等な位置にいたいんや、て。せやからきっと、坊を守って怪我とかしたら、むっちゃ怒られますよって。


「ほんなら、…タツが怪我してもダメやないの」
「…おん、俺もそー思います。せやから、起きたら怒りまひょ。無茶せーへんでください、て」


穏やかに笑った廉は私の頭を撫でて、そのまま病室を出て行った。扉が静かにしまっていくのを見届けて、タツが眠るベッドへと視線を戻す。
知らんかったなぁ、タツがそんな風に考えとったなんて…私にとってタツは守るべきお人で、幼なじみとはいえ主君でもある方なのだと幼いながらも認識しとったんやけど。むしろ、そうあるべきなんやとずっと思ってたから何だか拍子抜けしてしもたというかなんというか…。
でもちょお、嬉しいかもしれんなぁ。


「…神楽、…?」
「!タツ、目ェ覚めたん?!」
「ここ、」
「病院。アンタ、大怪我して運び込まれたんよ。3日も眠ってたんやで?」
「3日も…?」


まだ覚醒しきっていないんやろう。どこかボーッとした様子でポツポツと言葉を紡ぐ彼を、私はホッと胸を撫で下ろして眺めていた。…良かった、目ェ覚ましてくれて。
あ、せや。目ェ覚ましたこと看護師さんに報告せなあかんよね、あとおじ様達と廉達とー…柔にぃ達と出張所の人達にも!ひとまずは看護師さんに、とナースコールを押して、タツが目を覚ましたことを話した。
その後はお医者様の問診などが始まってしもたので、私は一旦、1階の待合室に移動して皆に連絡をすることにしました。


「ん、もう大丈夫みたい…今はまだお医者様の問診受けてはるけど」
『そうか、連絡おおきにな神楽。お前さんもあんまり寝てへんのやろ?今日は家に帰ってしっかり休みや』
「はーい、そうします。ほな、また明日ね柔にぃ」
『おん。坊には明日、見舞い行きますわって伝えといてくれるか』
「わかりました、伝えときます」


ケータイを閉じて病室へ戻ってみると、もうお医者様も看護師さんもいなくて、体を起こしたままのタツがぼんやりと窓の外を見ていた。小さく名前を呼んでみると、すぐに気ぃついてくれて私の名前を呼んでくれる、笑顔を見せてくれる…それだけでこう、胸の奥がきゅうっと痛くなるんや。
じわじわと視界が歪んでいくのも気にせずに、走って近寄ってぎゅうっと抱きついた。怪我人なのに、て頭ではわかってるんやけど、どうにもこうにも加減が出来んくて。けど、肝心のタツは痛いとか何も言わんと、ただ黙って私のことを抱きしめ返してくれる。


「堪忍、心配かけてしもたな」
「ほんまっ…心臓止まるかと思ったわ…!」
「…ずっと傍におってくれたんやろ?おおきに」


無理せんでとか、私の知らんとこで怪我しないでとか、言いたいことはたくさんあったはずやった。でもいざ本人を前にしてみると、出てくるのは涙と嗚咽のみ。零れてくるのは言葉にならない声達や。
ああでも、もうええわ…このお人が無事に目ェ覚ましてくれただけで、今日はもう十分。言いたいことなんてきっと、生きていればいつだって伝えてあげられるんやから。だから元気になったら、思ってたこと全部話してあげればええんよね?
今はただ、こうやって抱きしめて体温を感じることが出来れば、それでええわ。首に回していた腕を解いて、コツンと額同士をくっつければ、きょとんとした表情のタツが見える。ふふ、その顔なんやかいらしなぁ。


「目ェ覚ましてくれて、ホッとした」
「ん、…堪忍え」
「もうええわ、…無事ならそれで」


まだ痛々しい傷が残る頬に、キスを1つ。
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