誰にも渡さない
「へ?お見合い、ですか?」
「せや。佐伯をえらく気に入った奴がおってな、会うだけでもええからどないや?」
その話は唐突やった。そらもう唐突過ぎて、ぽかーんとする他ないくらい。直属の上司ではないけれど、でもお世話になっとる方には間違いないので断り切れず、というか、付き合うとる人がおるんです!って言うても聞く耳持たずやったと言いますか。うん、何度聞けやこの野郎!と思ったか。…思うだけで口にはせぇへんかったけどな。
それでも構わんから会ってやってくれ、と懇願されてしもたら…もう断ることなんか出来んやん。わかりました、と言いながらも、私は阿呆やないのかって自己嫌悪。
了承してしもたからには行くつもりではおるけど、これ…タツに言わなあかんよねぇ?めっちゃ怒られそうで言いたくないなぁ。でも言わんかったら言わんかったで、お説教コースやんな?絶対。どっちにしろ怒られることに違いはないっちゅーことか。
「神楽…お前さんって超がつくほどのお人好し。知っとったけど」
「うう、そないに呆れた顔せんでください〜…!」
「呆れたくもなるやろ。…まぁ、恋人おるっちゅーてんのに聞かんかったあの人にも非はあるけどな?」
「わかってますよぅ、断りきれんかった私が悪いんですー」
「はいはい、拗ねなさんな。会うのは明後日なんやろ?しゃーないから行ってくるしかあらへん」
ですよねー。今更、行けません!なんて突っ撥ねることも出来んもん。すっぽかしたりもせぇへんけど、…でも出来ることならすっぽかしたいですドタキャンしてしまいたいです。仮病でも何でも使って。
ボソリ、とそう呟けば、柔にぃにお茶を啜りながら「お前さんは絶対にそないなこと出来ん。断言したる」と力強く宣言されてしもた。嬉しいような悲しいような…いや、一応喜んでええことか。責任感とか、そういうもんがしっかり備わってるってことやもんな!
一瞬、気持ちを持ち直したもののそういうことやなかった、とすぐに我に返る。そしてうんうん唸っているうちに休憩は終了し、私は渋々午後の仕事に取り掛かったのです。
「…まさか会うのが虎屋やとは思わんかったです。そして何でおるの、柔にぃ」
「あの人に頼まれたんや、仲介役よろしゅうにーってな。あの人がお前さんに紹介したい奴、俺の同期やねん」
「そうやったん?どんな人なんか、詳しいこと聞いとらんねん」
「ええ奴や。仕事も真面目やし、そこそこ明るいし、空気も読めるしな」
せやから良い奴止まりになってまうんやけどなぁ。
これから会う人の人となりを教えてもろたけど、柔にぃは最後にそう付け足して困ったように笑った。友達にはええと思うけど、恋人となるとちょお物足りん感じなんやってさ。…けどまぁ、悪い感じではないっちゅーことか…やからどう、ってわけでもあらへんけど。
柔にぃと共に待ち合わせの部屋に行けば、もうそこには件の人―――廣瀬淳一さん、がおりました。会うだけでも、と言うた上司の中川さんはどうやら用事が出来てしまい、急遽柔にぃにお願いしたってことらしいです。こんな場所におるの気まずいやろうに、よう引き受けてくれたなぁこの人は。
「廣瀬、待たせて堪忍な」
「おお、志摩。ほんまに中川さんに頼まれてたんや」
「嘘ついてどないすんねん。神楽、」
「あ、はい。ええと、初めまして、佐伯神楽です」
「僕は初めましてやないんやけど…廣瀬です。よろしゅうに」
笑った顔はとても優しそうな感じやった。物腰も柔らかいし、声もすごく聞き取りやすいし、ええお人やなっていうんが廣瀬さんの第一印象。
そういえば、私はこの人と何処で会ったことがあるんやろ?中川さんも私のことを気に入った人が、って言うとったし、廣瀬さん自身も初めてやないって言うてたけど…失礼ながら、私は一切記憶がない。素直にそう言えば、私が出張所に異動した直後の任務で会ってるんやって教えてくれはった。
異動した直後っちゅーと、確か中級悪魔が出た時―――あ、もしかして…
「思い出してくれた?」
「は、はい…」
何で忘れてたんやろ、悪魔に襲われそうになった私を助けてくれた人だったのに。命の恩人の顔を忘れるとか、ほんま阿呆ちゃうか私。
すみません、と頭を下げると、そんなん気にせんでええよっと言うてくれはった。優しいお人やなぁ…普通なら怒られてもええことやと思うのに。
「あの、…でも何で私…?」
「なんて言えばええかなぁ…あんな?真っ直ぐな強い光を宿した瞳で悪魔を見据えてる君の姿が、すごくカッコ良かったんよ。強い娘やなぁ、って。それがきっかけかな」
「えええ…?」
「それに時々、出張所の廊下で見かける君はとても楽しそうに笑ってはってな、その笑顔がめっちゃかいらしくて。気ぃついたら目が離せんくなっとたんや」
真っ直ぐな気持ちをそんな風に告げられると、とてもこそばゆい。
嬉しくないわけではないんやけど、やっぱり私にはとてもとても大事な人がおるから、その気持ちに応えられない罪悪感のようなものが胸の中に渦巻いてる。でもきっと、そんな風に考えてしまうのは…廣瀬さんに失礼なんやろなぁ。
その後は柔にぃを交えて3人で色んな話をして。他愛もない話や、任務の話、それから出張所の人達の話や柔にぃと廣瀬さんの出会いの話とか、ほんまに色んな話をしたんよ。柔にぃの祓魔師になりたての頃の話とか聞いたことなかったから、ちょっと楽しかった。ふふ、本人はめっちゃ恥ずかしそうにしとったけどね。
気ぃついたらこの部屋に来て2時間が経っとった。そんなに話し込んだつもりはなかったんやけど、思ってた以上に時間は流れていたみたいや。俺はそろそろ、と廣瀬さんが立ちあがったので、玄関まで見送りすべく私も立ち上がった。
「中川さんから付き合うとる人がおるっちゅーのは聞いとんのやけど、どうしても話してみたかってん。堪忍な」
「い、いいえ…でも、」
「俺の気持ちには応えられん、やろ?わかっとるよ。…けど、こんな奴もおるってこと知っといて」
「…はい」
「今度は食事にでも行こうや。もちろん志摩や君の彼氏さんも一緒に」
いやー…それはいくら何でも気まずい空間にしかならんのとちゃいますか?と思いつつも、曖昧に笑みを浮かべておく。
ほなまた、と送り出したのと入れ違いでタツが帰ってきた。…あ、そっか。もう仕事終わる時間やったんか。怪訝そうな顔で廣瀬さんの背中を見ている彼におかえり、と声を掛ければまだ少し眉間にシワを寄せたままただいま、と返してくれました。
私達の声に気ィついたらしいおば様が玄関まで出てきたんやけど、そこで爆弾発言をしてくれました。
「あら、もう神楽ちゃんのお見合い相手は帰りはったん?」
「ちょ、…おば様!」
「え?なんや言うたらあかんかった?ああ、おかえり竜士」
「…おん、ただいま」
おば様のお見合い発言を聞いて、タツは思いっきり不機嫌になってしもて柔にぃと一緒に頭を抱えたくなってしもた。ほんまに抱えるわけにいかんから、2人してあっちゃーって顔になっただけやけど。それもこっそり。
ああもう、どうして今ここで言うてしもたかなぁ…って言っても、別に黙っててくださいって言うたわけやないんやけどね。…それに黙っとった私が一番悪い。と、思う。
そう。私は結局、タツに今日のことを言えんかった。言うタイミングがなかったっちゅーのもあるんやけど、どうにも怖くて言い出せんかったんです。何が怖い、て怒られそうなのはわかってたんやけどねー…ダメやった。そんなこんなで今に至る、わけですが、隣に立っとるタツの雰囲気がめっちゃ怖いです逃げ出したい。
あの後、妙な雰囲気の中、柔にぃは自分の家へと帰り、私達も夕飯を食べた。それからお風呂に入って自分の部屋に戻…らず、タツの部屋へ。
実はあの時、後で部屋に来いと言われたのです。えっらい低い声で。うん、あれは間違いなくめっちゃ怒っとるなぁ…部屋行くの怖いわ。
「あ、の、タツ?神楽です」
「おん、入ってきぃや」
「失礼しまーす…」
そっと襖を開けると、ベッドに寝転んで本を読んどるタツの姿が見えた。私の姿を見ると本を閉じて、すぐに体を起こしてくれはったけど。夕飯前よりは雰囲気が柔らかくなっとるけど、…やっぱりまだピリピリしとる感じがあるなぁ。まぁ、何も説明しとらんし、そんなんで怒りが収まるわけもあらへん。
ベッドに座ったままのタツが隣をぽんぽんと叩くので、床に座るつもりやったのをやめて大人しく隣に腰を下ろした。それと同時にぎゅうっと抱きしめられる。あんまりにもいきなりやったし、前置きも何もなかったから驚いてしもてバランス崩しました。そしたらまぁ、そのまま倒れ込んでもおかしくはないよね。
「…なにしとんねん、お前は」
「だ、だって急にタツが抱きしめたりするから…!」
「んー…しゃあないやろ、したくなったんやから」
「別に、ええんやけど…」
ぎゅうぎゅうと苦しくなるくらいに抱きしめられて、倒れた体もそのままや。身近に感じる体温と、微かに感じる重さが心地良い。体温とか重さとか香りとか、その他諸々にホッと息をついているとこれまた低い声で「見合い、したんか」って一言。
さっきまで感じていた心地良さはどこへやら。あっちゅー間に部屋の温度と私の体温が下がった、おまけに血の気も引きました。うわ、これどう説明しよ…!
「ち、ちゃうねん!あれは見合いでも何でもないねんっあの、…私を気に入ってくれとるらしくて、お話したかっただけなんやて」
「けど、おかんは見合いて言うてたやないか。和尚もそう言うとったし」
「最初はそう言われたけど、でもちゃうんやって」
私もタツの背に腕を回してぎゅうぎゅうと抱きついた。胸元に顔を埋めてもごもごと言葉を発してみるものの、彼の機嫌が良くなる様子はからっきし。ちゅーか、私が誤解を解こうとすればするほど機嫌が急降下しとるような気もするんやけど…あれ、私って空回りしとる?
これ以上、口を開いたら余計に立場が悪くなりそうな気がする…いい加減黙るべき?けど、タツに誤解されたままっちゅーのは嫌やなぁ…どうしたら機嫌直してくれるんやろ。
「…悪い、ちょお意地悪した。なんや腹立ってもうて」
「ごめん…言わな、て思ってたんだけど言いにくくなってしもて」
「お前のことや、断りきれんかったんやろ?お人好しやから」
「柔にぃにも同じこと言われました…」
付き合うとる人がおること、それでもええからって言われて会うことにしたこと、ほんで気持ちには応えられんとハッキリ告げたこと。
今度こそ全部、包み隠さずタツに話した。それらを話し終わる頃には機嫌はどうやら直っていたみたい。まぁ、眉間のシワは相変わらずやけど。それは昔からやし、機嫌がどーのってことではなさそうや。
「調子ええこと言うてる自信はあるけど、…それでも好きなんはタツだけやもん」
「知っとる。けど、どうにも嫌やってん…今日はとことん付き合うてもらうで」
「う、…手加減、してや?明日、お互いに仕事なんやから」
それでも求めてくれんのが嬉しいから、きっとどこまでも受け入れてしまうんやと思うけど。