その想いを閉じ込めて


お腹がいっぱいになった後は、ゆーちゃんがお城の中を案内してあげると言い出した。確かに何処に何があるのか把握はしたい所だけど…ねぇ、ゆーちゃん。君は後ろでギロリと睨みをきかせているグウェンダルさんに気がついているのかね?いや、絶対に気がついてないな。だって今も、中庭の花が綺麗で、とか、キャッチボールするのに最適、とか、そんな話を楽しそうにしているくらいだからね。
仕方ない、教えてあげよう…溜息を1つ吐いて、う・し・ろと指を指してあげれば、一気に真っ青になってしまいましたとさ。

姉として彼の嫌がることはしたくないんだけどねぇ(からかうの大好きだけど)、如何せん、グウェンダルさんが怒ったような表情をしているのは執務があるから、ってことに気がついちゃったから。きっと今までにも何回も、こうしてご迷惑をおかけしているんだろう。我が弟は。じっとしていることより、体を動かす方が大好きな子だから。…というわけで、ゆーちゃんは早々に執務室へと戻って行きました。結構、嫌々だけど。

さーてと、ムラケンくんは眞王廟とかいう所に基本、引き籠っているみたいだし、ゆーちゃんはお仕事。実は魔族の姫なんですー、と明かされた私は一体、何をしたらいいんだろう。姫といってもこの国の権力者じゃないから、政治関連には関われない―――というか、関わらせてくれないと思う。ついさっき眞魔国に着いた新参者だしー。
そうなるとすることはない、ということになっちゃうんだよなぁ。誰かにお願いして、この国の言葉を教えてもらおうかなぁ。何故か皆が言ってることがわかるけど、文字は書けん。読めるかどうかも疑問だし。


「姫、食事も済みましたしお部屋にご案内します」
「あ、うん。でもゆーちゃんの護衛はいいの?」
「今はグウェンが一緒にいますから。それに姫の護衛も俺の役目です」
「ふぅん…」


あれだけドキドキしていたのに、コンラッドがふっつーの態度で接してくるもんだから何か、緊張とかそういうものが全部吹っ飛んでっちゃったよ。
朱里、と名前を呼んでくれたのも最初だけ。姫だってわかってからは頑なに名前を呼ぼうとしない朴念仁め。…きっと、真面目な人なんだろうなって思うんだけど、でも…姫って呼ばれる度に地球で培ったコンラッドとの関係がぜーんぶ水の泡になっているような気がしちゃって。すごく、嫌だ。あんな手紙を寄越しておきながら、今じゃ何とも思っていませんよーって涼しい顔しちゃってさ!

(私が、…どんな思いでこの5年を過ごしてきたと思ってるのよ)

なんて。そんなのコンラッドが知るはずがない、だって私達の時間が重なったのはあの7日間だけで、それからはずっと…ずぅっと違う次元を、時間を生きてきたのだから。知ってほしい、と思うのなら、願うのなら、私から話さなくちゃ意味がないのだ。
そう思うけれど、本当にもう何とも思ってないって言われたら私はきっと、耐えられない気がする。


「―――コンラッドは、」
「はい?」
「もう、…もう二度と、私のことを名前で呼んでくれないの?」


着きましたよ、と声を掛けられた。でもそれには返事をせずに、もやもやと胸の辺りにつっかえていた思いを口にした。意を決して顔を上げれば、コンラッドはとても驚いた表情をしていて。…だけどやっぱり、何を思っているのか・考えているのかはわからない。急に何を言い出すんだ、って思ってるんだろうな。絶対。

少しの間、口を開かずに彼の返事を待ってみたけれど、それは終ぞ紡がれることはありませんでした。それはつまり―――名前を呼ぶほど、親しくしたくないってことなんだろう。ただの姫と護衛、その関係だけでいいって思っている証拠じゃないか。
変わらず恋焦がれていたのは私だけで、きっとコンラッドの想いは吊り橋効果みたいなものだったんだよ。何もわからない地球に飛ばされて、私やお母さん以外に女性と接する機会がなかったから…だから、一番身近だった私に、恋をしているのだと錯覚を起こしていたに違いない。
眞魔国に戻ってきて、そのことに気がついたんだ。そう、そうに決まってる…変だもん、コンラッドみたいに素敵な人が私みたいな凡人に恋をするなんて。


「ごめん、変なこと聞いたね。おやすみなさい」
「あっアカリ、待って―――」


―――バタン。

ああ、ダメだ。この間から妙にネガティブになってしまう、私の長所はいつでも笑顔を絶やさないことだったのに。底抜けに明るいのが、私の唯一の長所だったのに、…それなのに、笑えない。笑えないことがこんなに苦しいなんて知らなかったよ、知りたくもなかった。


「ッ、う、ふ…う〜……!」


ドアに背を預けたまま、ズルズルと座り込んだ。溢れてくる涙はしばらく止まりそうにない、せめて声だけでも聞こえないように、と必死に押し殺すけれど、嗚咽も止まることなんてなくて。きっとコンラッドは何が何だかわからない、って表情をしたまま、廊下に突っ立っているのだろう。いや、もしくは部屋に送り届けたからってことでもう自分の部屋に戻っているかもしれないね。
それならそれで、いい。泣いてることを知られないのなら、それでいいから。私への気持ちが錯覚だったとしても、優しい彼なら目の前で泣いてる人を放っておくことなどできないはずだもん。こんな気持ちの時に好きな人から優しくされたら、私はきっとこの想いを捨てられなくなる。期待を、してしまいそうになるから。…だから、今は触れないでいて。お願い。

コツン、と控え目な音がした。何かを叩くような、軽い音。ノックのようにも聞こえたけど、でもそれは一度だけ…だからきっとノックではない。
でもそうでないのなら一体、何だろう?と涙を拭って、グスグス鼻を啜りながら考えていたら朱里、と名前を呼ばれて肩がビクリ、と跳ねる。


「…アカリ。お願いだから、ドアを開けてくれませんか?貴方が1人で泣いているのは、…嫌だ」
「―――…優しく、しないで、」
「え?」
「大丈夫。…明日にはちゃんと笑えるようにするから、だから…今は放っておいて。1人に、してください」


存外、冷たい声が出た。部屋の外で、僅かにコンラッドの息を飲む音がして、ああ彼を突き放してしまった、とまるで他人事のように脳が理解を始める。
わかりました、と幾分沈んだ彼の声が聞こえて、足音が遠ざかっていくのを確かめてから私は、大きすぎるベッドへとダイブしたのだ。
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