やんわり蝕む


いつの間にか意識を飛ばしてしまっていたらしい。ゆっくりと体を起こせば、泣きはらしてしまった目がしぱしぱしていることに気がついた…うっわぁ、冷やすこともしなかったからなぁ。これは絶対に腫れちゃってるかも、とりあえず鏡で確認しよう。


「うげぇ…見事な腫れ具合。」


そこまで泣いたわけじゃないんだけどなぁ、と思うけれど、それでも鏡に映っている私の顔は現実そのもの。瞼は見るも無残に腫れていて、これでは誰にも会うことができないじゃないか。する気もないけど。
うーん…でもいつ誰かが訪ねてきても大丈夫なように、一応冷やしておこう。ここまで腫れてしまっていたら気休めにしかならないだろうけど、さすがにね。
洗面所で濡らしてきたタオルを目の上に載せて、そのままふかふかなソファに寝っ転がる。はー…気持ちいい。


―――コンコン、

「朱里ー?有利だけど、いるー?」
「…ゆーちゃん?」


ひどい顔してる自覚はあるけど、家族であるゆーちゃんだったら別にいいかなーって理由で入って大丈夫、と姿勢はそのまま声を掛ける。案の定、入ってきた彼に「うわっ?!」って驚かれちゃったけど。
まぁ、その気持ちはわからんでもないよね…ドアを開けたら、目の上にタオルを載せた人がソファで寝転がってるんだから。私もゆーちゃんの立場だったら、間違いなく同じリアクションしてたと思うんです。いや、ほんと。


「今、すっごい顔してるからこのままでいさせてねー」
「別にいいけど、…逆によく部屋の中に入れたな?」
「だってゆーちゃんだもん。他の人だったら間違いなく居留守使う」
「それもどーなの。―――コンラッドと何かあった?」


思わぬ一言に、腫れている目などそっちのけで飛び起きた。


「あ、その反応はやっぱり何かあったんだな?」
「えっ、な、ど……?!」
「文章になってねーから。別にコンラッドに聞いたわけじゃねぇよ?ただ、お前の様子がおかしい、って教えてくれたんだ」
「……へぇ」


ただそれだけの会話で相手をコンラッドだ、と断定できる君の推理力がすごいよゆーちゃん。他の人が原因だとは思わなかったのかなぁ。誤魔化した所で変に鋭い弟は、きっとすぐに見破ってしまうのだろうけれど。
…でも別に、コンラッドに何かされたわけではないんだ。ただ私が勝手に思い違いをしていて、期待して、それで真逆の現実を突きつけられて―――ショックを、受けただけ。コンラッドは全く悪くない!と言い切れないけど(だってあの手紙のこととか、ねぇ?)、今回のことに関してはほぼ私自身、気持ちのコントロールができなかっただけだもの。それで泣いてしまっただけ。それだけの、ことなの。


「…名前を、呼んでくれなくなった理由を考えてたらずいぶんとネガティブになっちゃって。だから別にコンラッドに何かされたわけじゃないの」
「コンラッドが何かするって思ってるわけじゃないけど、…でも朱里が泣くってことはよっぽどだろ?」
「うーん…どうなんだろ、私が勝手に期待してただけだからなぁ」


私達が過ごした5年が、眞魔国でも同じように過ぎていったとは限らない。もしかしたら何十年も経ってるのかもしれないもの。それを考えれば、彼の気持ちが変わっているのだって頷けるのだ。違う人を好きになっているかもしれない、その可能性はゼロじゃないってわかっていたはずだったのに…心のどこかでコンラッドはまだ私を想ってくれている、って期待してたの。…そんな根拠、どこにもないのにね。

一気にバーッと想いを語れば、ゆーちゃんはそれ本人に確認したの?と小首を傾げた。この子は私にコンラッドからの手紙を届けてくれた張本人だ、彼の気持ちも、私の気持ちも知っている―――だからこそ、そんな疑問が浮かんだんだろう。
確かめようとは、したけど、何だか言いにくそうにしていたから逃げちゃったんだよね。そしたらもうネガティブまっしぐらで、目が腫れるまで泣くという結果に。


「朱里がどういう思考にいったかはわかんないけど、でもまぁ…それはコンラッドにしかわかんないことじゃない?」
「それはそうなんだけど…」
「コンラッドって―――多分、すげぇ一途だと思う」


だから大丈夫だよ。
そう言って笑ったゆーちゃん。まるで私が考えていたことをわかっているような言い方で、それでいて説得力があって、そのまま素直に頷いてしまったんだ。
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