二度目のさようなら
確かに、舞踏会があるとは聞いていた。それのドレスを前・魔王陛下であったというツェリ様が私宛にドレスを送ってくるかも、というのも聞いていた。
決して忘れていたわけではないけれど、…開けた箱の中に見たことのない煌びやかなドレスが入っているとは思わないじゃない。わぁ、布もお高そうだなぁコレ。
「さっすが上王陛下!上等なモンくれましたねーぇ」
「うう、どうしようヨザックさん…!私、これを着こなせる自信ないよ?!」
「姫さんなら大丈夫ですってー。このドレスの色も綺麗な黒髪に映えて、お似合いだと思うけど」
眞魔国の人達は黒に絶対的な美を感じ過ぎてやいませんか?黒は高貴な色だ、と此処に来たばかりの頃に教えてもらったけど、地球じゃあ黒髪なんてそこら中にゴロゴロいるし、黒髪・黒目なんて日本じゃ当たり前のことなんだもん。高貴な色って自覚、出るはずもないよね?だって普通なんだもん、私の中では。
むしろ、眞魔国の人達の方が綺麗な髪色をしていて羨ましい限りだけどなぁ。それを言うとギュンターさん辺りから延々と黒色の素晴らしさを語られちゃうから、絶対に口に出さないようにしてるけど。
「はあ…皆、ゆーちゃんと私に夢見過ぎだよ。普通の男の子と女の子なのに」
「そう思ってるのは姫さん達だけっすよ。…そういえば、隊長とは話できました?」
私の髪をいじりながら問いかけてくるヨザックさんに、できたよ、と返事をした。言いたいことは全部言えたし、それにコンラッドの気持ちも聞くことができて私は大満足だ。
それにあの手紙に書いてあった気持ちも、決して気の迷いとか吊り橋効果ではないこともわかったし、本当に良かっ…………うん?ちょっと待って、あの時、コンラッドの気持ちを確かめることはできたけど、
私の気持ち―――言ってなくない?
名前を呼んでほしいとか、敬語は止めてほしいとか、そういう要望はちゃんとあますことなく伝えたけど、私のことを好きだと言ってくれた彼に好きだ、って言ってない…同じ気持ちだったのに、伝えられるチャンスだったのに、想いを伝えてないじゃん私!!!
「何というか、…存外、おマヌケさんなんですね。姫さんって」
「…笑い堪えてるのバレバレだよ、グリ江ちゃん」
「はははっすんません。でもうっかりし過ぎてるんすもん〜」
いや、あの、うん…自分でもそう思うよ。本当。
「あー、やっちゃったぁ……あそこで私も、って言ってれば、全部まぁるく収まったのに!」
「そういう所も姫さんのいいとこだとは思いますけど、ね!はい、できましたよー」
「…わ、すごい!ヨザックさんって器用だねぇ」
「化粧する前に着替えちゃいましょ、今、侍女さん達を呼ぶんで待っててくださいね」
ルンルン♪という効果音が似合いそうな感じで部屋を出て行ったヨザックさん。彼と入れ替わるようにして、いつも身の回りのお世話をしてくれているメイドさんが入ってきた。
ドレスくらい1人で着られるんだけどなぁ…と内心思いつつも、よくよく見てみたドレスは意外と複雑な構造をしていらっしゃる。…あれだな、多分1人じゃ着られなかったような気がします。良かった、ヨザックさんがメイドさんを呼んでくれて。下手するとヨザックさんにやってもらう羽目になっていたかも。
できましたよ、とメイドさんの声でハッと我に返る。全身鏡に映っていたのは、私であって私でない人。誰だこれ、化粧したらもっと誰だこれ感が強まりそうだなー…大丈夫かな、本当に。
ドレス自体はすっごく素敵なんだよ?いつも素敵なドレスを着ているツェリ様が選んでくれたんだから、申し分ないんだけど…ほら、着る人が残念過ぎるんですよ。魔族の方々に言ってもそんなことありません、って一蹴されちゃうけどね!!
はー…それにしても、結局ダンスの練習もできなかったんだよね。ゆーちゃんはコンラッドに教えてもらえば、って言ってたけど、何か色々とあってそれ所じゃなかったみたいなんだもん。
やれ人間の国で紛争だー、やれ反魔王陛下サイドの反乱だーって感じで、いつにも増してお城の中はバタバタと慌ただしかったのよね。陛下の護衛という職に就いているコンラッドも駆り出されていたらしく、ほとんどお城にはいなかったみたい。ヨザックさんも然り。
「なーに暗い顔してるんです?もうすぐ舞踏会の始まる時間だってのに」
「…ダンス、踊れない」
「ああ…隊長に教わる時間もなかったんでしたっけ」
「色々起きてたみたいだからね」
はぁ、と溜息を吐けば、今回はそこまで大きな舞踏会じゃないから気負わずとも大丈夫ですよ、とヨザックさんが笑う。その笑顔は安心感を与えてくれるけど、それでもお偉いさん方が来るのには変わりないからなぁ…やっぱり気が重いのもあるんですよ、だって私のお披露目会を兼ねてるっつー話ですからね!!本人の知らない所で話が進んでて、朱里ちゃんびっくりしたよ。心底びっくりしたよ。
「成人の儀も近いうちに、って言われたけど…」
「ああ、そりゃあそうですよ。姫さんはとっくに16歳を超えてらっしゃるんでしょ?」
「うん。地球での成人する歳もバッチリ超えてるけど」
…でも、それって地球で生きるか眞魔国で生きるか―――それを決めろ、って言っているようなものなんでしょ?純血魔族であるグウェンさん達は何も迷うことはなかっただろうけど、私はそうじゃない。
魔族と人間のハーフで、もっと言えば地球と眞魔国のハーフってことになる。きっとどちらで生きるか、決断をしなくちゃいけないってことなんだと思うの。
「姫さんさ、迷ってる?」
「当たり前じゃん。…だって、私が生まれたのは地球で…ずっと渋谷家の長女として生きてきたんだよ?」
自分が魔族だなんて思いもしなかったし、眞魔国に来たのだってつい最近だ。とても面白い国だと思うし、不自由だと思ったこともない。だからといって、すぐにどっちか決めろーって言われたって、そんなの無理に決まってるよ。
「多分、私が望むのは…向こうとこっちを行き来できることなんだろうなぁ、って」
「まぁ坊ちゃんももう少し待って、って言って成人の儀をやってませんけどねぇ」
「え?そうなの?」
「こっちで生きる、って決めてたら、行き来してませんって。…多分」
あくまでこれは私の推測だから、本当のところはどうなのかわかんないけどね。
「ひとまず考えるのはそこまでにしましょーや。せっかくの美人さんになったんです、今日の舞踏会を楽しんできて下さいよ」
「あ、…うん、ありがとうヨザックさん」
「…1つだけアドバイスしてあげます」
「え?」
「本当に失いたくないものを、手離すような結果だけは選ばんでくださいよ?」
手離したら最後。二度と、手にすることができなくなるかもしれないんすから。
化粧道具を片づけながら、ヨザックさんはとても真剣な声でそう呟いた。だから気が済むまで悩めばいいんだ、と。急かされて決めてしまったら、後悔するかもしれませんよーとまで言われてしまいましたよ。
…でもそうだよね、確かにヨザックさんの言う通りだと思う。もしかしたら待っててもらう結果になってしまうかもしれないけど、それでもやっぱり―――私自身が納得できなくちゃ、意味がないんだと思うから。
「―――姫、1曲お願いできますか?」
「ごめんなさい、私ダンスが苦手で…」
半ば悶々としたままの状態で始まった舞踏会。またの名を、眞魔国の姫様お披露目会。
無事に私の紹介が終わったのだけれど、…色んな国のお偉いさん(と思われる方々)に次々とダンスに誘われる始末。それを片っ端からごめんなさい、と断っているものの、お誘いは後を絶たない。
なんで諦めてくれないのかなー、この人達は…あれか?もう腹括って誰かと踊ってしまうのが一番いいのか?でもそうしたら次は俺と!とか言われちゃいそうで面倒。
顔には笑顔を浮かべてはいるけれど、段々疲れてきた気がする。笑顔を絶やさないようにするのも、世間話をするのも、お断りの言葉を紡ぐのも。
できればゆーちゃんやヴォルフくんに助けて頂きたい所だけれど、あの2人はあの2人でご挨拶に忙しい模様。さっきチラッと視線をやったら、誰かとご歓談中でした。ゆーちゃんはド緊張してるみたいだったけどね、私より場数踏んでるだろうに。
「よろしければ、俺と踊って頂けませんか?」
「あ…ごめんなさい、わ、たし……え、コンラッド…?」
「お久しぶりです」
「う、うん、久しぶり…あれ、いいの?ユーリの傍にいなくて」
「近くにヴォルフがいるから大丈夫。…それで、俺と踊って頂けますか?」
踊れない私でいいのなら、と言いつつも、差し出された手に自分の手を重ねた。え、ど、どうしよう、この後どうすればいいの?!頭の中は真っ白でパニック状態になっていたら、耳元でステップを教えますからその通りに足を出して、と囁かれた。
手を握られていなかったら、ものすごい勢いで後退していたと思います。それも立派な叫び声付きで。でもそれをしなかったのは、ここが舞踏会の会場で、たくさんのお偉いさん(と思われる)がいらっしゃったからだ。
ああもう、タラシだとは思ってたけどさ?!こんなことされちゃったら叫ぶのも仕方ないじゃん!必死に飲み込んだけど!!…どんな女性も落とせてしまいそうな紳士であるこの人が、私のことをす、好き…だなんて、天変地異の前触れなんじゃなかろうか。もしくは夢オチっていうよくあるパターンだったりしないのかな?
「え、えっとこう?」
「うん、初めてにしては筋がいいですよ。さすがですね」
「何がさすがなのかはわかんないけど…」
必死にコンラッドの言う通りにステップを踏んでいたら、1曲終わっていたらしい。辺りにはまたさっきの人々の話し声が響き渡っていた。踊ったら尚更疲れた…普段、絶対に使わないような筋肉まで使ったような気がするよ本当に。
疲労困憊の状態で溜息を1つ吐くと、コンラッドは苦笑しながら飲み物を取ってきます、と群衆に紛れていってしまいましたとさ。ま、すぐ戻ってくるだろうけど。
…それにしても、血盟城の中って本当に広いんだなぁ…そして部屋の1つ1つがでかすぎていつだってびっくりさせられる。ここに来たばかりの頃に案内もしてもらったし、探検もしたけど、それでも全ての部屋を見たわけじゃなかったみたいだ。だって今回の舞踏会に使われてる部屋、見た記憶ないもんね。
(見てたら絶対覚えてる、…部屋の中に噴水って…お金持ちの趣味はわかんないなぁ)
そうなのだ。部屋のど真ん中に懇々と水が湧き出ている噴水がでーんと、いらっしゃるのです。そりゃあもう存在感満載で。でもそれが当たり前、とでも言うように、誰ひとり何で部屋の中に噴水?!ってツッコミをいれる人はいなかったんだよな。私が密かに心の中で言っただけだと思う、絶対に。
噴水の石段の部分に腰掛けようとしたら、ぐらりと体が揺れた。
あ、マズイ、これは確実に水の中に落ちる―――
サアッと青褪めながらも、どこか他人事のように感じている私。周りにいた人があっ!とか、危ない!と焦った表情を見せる中、一際大きな声で「朱里!!」と呼ばれた気がした。
「コン、」
珍しく焦った表情を浮かべている彼の名前を呼ぼう、と口を動かしたのに、それは音になることはなく飲み込まれた。
ザッパーン!と水が大きく跳ねた音、でも息苦しさは消えてくれなくて、何というか―――下の方で水が渦巻いていて、私の足はそれに絡めとられている真っ最中。えっなにこれ?!私が落ちたのってただの噴水で、海とか川じゃなかったよね?!
助けて、と声を上げようにも、口を開けば入り込んでくるのは当然、水だけ。ああもしかしてこれ、眞魔国に来た時と同じ現象―――?
その疑問に答えてくれる人がいるわけもなく、私はそのまま意識を手放すしかなかった。