身を切る思い


「はぁ…」


あの日から溜息ばかりを吐いている気がする。家族や友達の前ではなるべく、笑っているように心掛けているつもりだけれど、それでも案外勘のいいママは私の変化に気がついているかもしれないなぁ。口にしないだけで。もしくはこっちから話してくれるのを待っているのかも、ママ聞いてよーって昔のようにさ。

(でもなー…ママが魔族のことや眞魔国のことを知っているとは限らないし)

あ、でも眞魔国のことはパパも知っているとは限らないのか。コンラッドとは知り合いみたいだったけど、彼が異世界から来ましたーとか言うような性格じゃないのは目に見えてるし。


「朱里、大丈夫か?」
「ゆーちゃん…」
「お前、あっちから帰ってきてからずっとそんな感じだな」
「んー…」


地球に帰ってきてからしばらくはすぐに眞魔国に行けるだろう、と思っていたんだけど、気がつけば月日はみるみる過ぎて行き、あっという間にあの日から1年が経とうとしていた。その間に私もゆーちゃんも大学4年になり、就活をしなくちゃいけない年齢になっちゃいましたよ。
…けど、私はずっと迷ってるの。地球で就職するべきなのか、って。まっさかこっちに戻ってきてからも悩むことになるとは思ってなかったけど、でもそうだよね…考えることを放棄したり、先延ばしにすることはもうできない所まできてるんだよね。

ふと、ゆーちゃんはどうするんだろうと思ったけど、就職活動をするつもりはないんだって聞いたから…きっと向こうに行くことを、弟は選んだんだと思う。
大学を卒業したら眞魔国に行って、そしたらもう地球に帰ってくることはないんだろうなぁ。それだけ大きな決断なんだと、そう思っているから。ホームグラウンドを決めるってことは、生半可な気持ちじゃダメだってこと。


「覚悟を決めたら…行けるのかな、眞魔国」
「どうなんだろーなぁ。今回は特に問題が起きてたわけじゃなかったみたいだし、正直何で呼ばれたのかもわかってないんだよね」
「え、いつも何か問題が起きて呼ばれてたの?ゆーちゃん」
「おう。魔王だけが使える魔笛を探しに行ったり、魔剣を探しに行ったり…まぁ色々」
「へえ…ちょっとだけ楽しそう」


楽しくねーよ。結構、大変なんだぞ。
ムスッとした顔でベッド(ゆーちゃんのじゃなくて私の)にダイブした彼は、そうぼやいた。かいつまんで眞魔国のことを聞いたことはあったけど、向こうでどんな出来事があったかまでは話してもらってなかった気がする。
…いい機会だし、聞かせてもらおうかなー向こうでの思い出を。


「別にいいけど、…聞いてどうすんの」
「どうもしないよ?ただ聞きたいな、って思っただけ。好奇心ってやつさ」
「んー、何から話そうかな…ほんと色々あったからなぁ」


前に聞いた話も突拍子もないファンタジーの世界だったけど、今現在、ゆーちゃんの口から語られている思い出もなかなかにファンタジーです。魔剣が喋るとか魂を喰らって発動するとか、魔笛は所謂ソプラノリコーダーだったとか、砂熊っていう生き物が可愛いけど狂暴だったとか、エトセトラ…。
眞魔国にいたのは数ヶ月だったけど、それでもあの国は色々面白いって感じてた。でも彼から聞いた話はそれ以上だと思うんだよね、何で剣が喋るんだ。やっぱり魔王様の所有物だから?あ、それは関係ないのかな?やっぱり。


「グウェンさんとかヴォルフくんとの初対面は?今みたいに仲良かったの?」
「まっさか!2人共、敵意剥き出しだったよー色々乗り越えて、今の関係になったんだけど…長かった…」
「ふぅん…じゃあ最初から友好的だったのはギュンターさんとコンラッドだけ?」
「そうなるのかなー…兵士やメイドの皆は、最初から優しかったけど。ああ、ヨザックも最初はあんなんじゃなかったよ」
「えっそうなの?!」


一見、誰とでも仲良く出来そうな人なのに…。


「多分、見極めてたんだと思うよ。俺が命を懸けられる王様かどうか」
「じゃあ認めてもらえたんだね、ヨザックさんに」
「ま、多分ね」


そっかそっか、ゆーちゃんも大変な思いをして今の関係を結んできたわけだね。そりゃあ育った世界が違うんだもの、最初から分かち合えるわけもないか。急に違う世界から来た奴が魔王です!って言われても、…普通は「はぁ?!」ってなるんだろうなぁ。
国民は問題ないだろうけど、実際にその王様に仕える臣下達は納得いかない!って思う人、絶対いるはずだもんね。万人受けするのは、どんなにいい人でも難しいんじゃないかなって私は思う。
ゆーちゃんは人当たりはいいし、正義感も強い子だけど、どっちかっつーと暴走しがちの子だからさ?多分、たっくさんの人にご迷惑をお掛けしてると思うんだよ。特にグウェンさんとかコンラッドに。
…あ、でもコンラッドはゆーちゃん至上主義って感じだったから、何されても迷惑だとは思わないのかな。ギュンターさん程に盲目だとは思わないけど、でもそれなりに―――彼はゆーちゃん大好き人間だと思います。それは地球に来た時からずっと感じていたから。

(あの優しい瞳を自分にも向けてくれたら、って…何度思ったかな)

常に物腰は柔らかい人だし、誰にでも優しい人だったけど、ゆーちゃんを見る瞳は何だかソレと違っていたから心底羨ましかったんだ。あの人に一番に思ってもらえる、我が弟が。


「…あーあ。いつかこっちに帰ってくるっていうのはわかってたのに、…何で言い忘れちゃったんだろ」
「そりゃあ朱里がうっかりさんだからだろ」
「えー?私ってそんなにうっかりしてる?してないでしょ」
「いつもは頼りがいのある姉貴だけど、時々抜けてるよ。お前」


その結果が言い忘れに繋がってるだろ?
弟はにしし、と笑ってそう言った。うん、まぁ…一理あるよね。というか、反論する言葉が浮かんでこないってことはその通りってことなのかもしれません。…自分ではうっかりしてる、なんて思ったことなかったんだけどな…自分のことは一番わからないってよく聞くけど、間違ってないかも。


「―――俺さ、姉ちゃんのこともコンラッドのことも大好きだよ」
「きゅ、急に何よゆーちゃん…!」
「大好きな2人だからさ、何つーか…後悔するような選択だけはしてほしくないんだ。絶対に」


本当に失いたくないものを、手離すような結果だけは選ばんでくださいよ?
不意にヨザックさんに言われた言葉が、脳裏に蘇る。あの人も後悔しない選択を、って言ってたの。それを間違ったら最後、永遠に失ってしまう可能性もあるんだからって。…あれってやっぱり、コンラッドのこと―――だったのかな?

地球と眞魔国…どっちにも大切で手離したくない人がいるのは確かだ。どっちを選んだとしても手を離さなくちゃいけない時は必ず来る、それだけは違えない真実。
だからこそ、その決断を後悔しないようにしっかり悩まなくちゃいけないってことなのよね。


「後悔しないように、かぁ…」
「悩んでいいんだよ。それこそ一世一代のことだろ?朱里にとっては」
「…うん。そう…そうだよね、しっかり考えて結論を出さなくちゃいけないよね」


家族とコンラッド―――天秤にかけられるようなことではない、とわかってはいるけれど、でもホームグラウンドを決める為にはやっぱりどちらかを手離さなくてはいけないの。
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