ずるい人


待てど暮らせど、私達が眞魔国―――というか、眞王様から呼ばれることはない。お風呂に入る時や、顔を洗う時とかちょっとだけ期待してるんだけど、うんともすんとも言わないときた。あれからずっと、雨が上がった次の日は水たまりをわざと通るようにしているというのに!

…ゆーちゃんはいずれ呼ばれるんだろうけど、もしかしたら…私はもう必要ないのかな。
別にすごい力を秘めてるわけでもないし、政に携われるわけでもないし、考えてみればなーんにもできないんだもん。ただそこにいるだけ、って感じで役立ってるって実感は1つもなかったんだよね。
あっちにいた時はあんまり考えていなかったけど、よくよく考えてみれば普通は何もできない小娘なんているわけがないのに。

(わかってはいるのだけれど、…それでも行きたい。コンラッドに―――)

会いたいなぁ、と口から零れ落ちた時、お風呂場からバッシャーンッとけたたましく水音が聞こえた。
あ、あれ?誰かお風呂入ってたっけ?いや、そんなはずないよね…パパは仕事、ママは買い物、しょーちゃんは仕事、ゆーちゃんはムラケンくんとお出かけ中だったはず。今、家にいるのは私1人なんだから、お風呂場から水音がするなんてこと…あっていいはずがない。
でも私は不思議と恐怖心を抱くことはなくて、むしろ…期待を、してしまっているんです。もしかしたら『彼』がいるんじゃないかって。


―――ガラッ!

「あ、…」


ほら、やっぱり。私が会いたくて、会いたくて仕方なかったその人が―――…湯船の中に、確かにいた。


「久しぶり、コンラッド」
「…うん。久しぶり、アカリ」


ひとまず、湯船から出てもらって着替えさせた方がいいよね。戸棚からバスタオルを引っ張り出して、水も滴る色男になっている目の前の彼に、それを投げつけるように渡した。着替えを持ってくるから動かないで、と釘を刺してから私はしょーちゃんの部屋へと忍び込む。
勝手に入ると怒るから申し訳ないんだけど、今は緊急事態だし。それにパパの服はコンラッドに合わないと思うんだよね〜…前に来た時もしょーちゃんの服を着てたけど、意外と似合ってたし。
うーんと、赤チェックのシャツとカーキ色のパンツでいいよね?向こうで着ている軍服がカーキ色だったし、これもきっと似合うはず!んふふ、とゆーちゃんが聞いたら気色悪い!って引いてしまいそうな笑い声を出しながら、コンラッドが待つお風呂場へと急いだのです。


「あ、ありがとうアカリ」
「ううん、風邪ひかれちゃうのも嫌だし。…それにしても、相変わらず素晴らしい体してるよねぇコンラッドって」
「初めて会った時もそんなこと言ってたよね」
「あー、言ったかも」


着替えが終わったコンラッドと一緒にリビングへ(ちゃんとお風呂場の外で待ってたよ!)。お茶の準備をしながら、皆が帰ってきたら突然すぎる来客に驚くんだろうなぁって思わず笑みが零れる。きっとパパとママなんか、喜んでお酒とかご飯とか用意するんだろうね。ゆーちゃんも驚きながらも久しぶりー、っていつものように笑うんだろうし。しょーちゃんだけは、…何か睨みそう。コンラッドのこと。馬が合わないってこともないと思うんだけどなー…ダメなのかな?しょーちゃんは。


「はい、紅茶。…それで今回はどうしたの?ゆーちゃんはずっとこっちにいたから、前みたいに巻き込まれたーってわけではないんでしょ?」
「ええ、もちろん。今回、俺が地球に来たのは俺の意志だ」
「え?それってつまり、コンラッド自身が望んだ―――ってこと?」
「そう。頼み込んで、送ってもらいました」


頼み込んで、って…そんなこと可能なんですか眞王様。可能なら地球にいる私の願いを聞いてくれたって良かったんじゃないんですかー、どうなんですかー。


「本当はアカリが来るまで待とうって思ってたんだけど…どうにも待てなくなっちゃって」
「……原因、私?」
「原因ってわけじゃないけど、…でもまぁ、きっかけはそうなるかな?」
「ええええ…なんかゴメンナサイ」


謝るようなことではないんだろうけど、どうしてだか自然と謝罪の言葉が滑り落ちてました。うん。悪いことしたわけじゃないんだけど、謝罪しなくちゃいけない気分になるのって日本人の性なのかな?それとも私だけ?
まぁ、そんなことはどうでもいいや。でも…私が来るまで待てなくなったってどういうことなんだろう?私に何か用事があったってことなのかな…だけど、言っちゃ悪いけどそんな理由で地球まで送ってもらえるものなの?完全に私用ってことなのよね?コンラッドがこっちに来た理由って。


「あ、の…聞いても、いい?地球に来た理由」
「いいよ、隠すことでもないし。…君を、迎えに来たんだ」


む、かえ―――?


「アカリが悩んでるのも知ってるし、こういうことを言うのはズルイっていうのもわかってるけど…それでも俺は、君に傍にいてほしい」
「え、ちょ、……え?!」
「…顔、真っ赤になってる。期待してもいいの?」


わあああぁあああ!ちっ近い!!そんでもってそんなにとろけるような笑みを浮かべないで!!嬉しさと恥ずかしさで爆死しそうだから!
うう、思っていた以上にコンラッドは意地が悪いのかもしれない…だってあんな顔で笑うってことは、私の気持ちに気がついてるってことでしょ?…というか、名前で呼んでほしいって泣いてしまった時に気がつかれた、っていう方が正しいような気もしないでもないけど。
あんな風に大泣きされて、それから名前を呼ばれないことが辛いとか彼女とかいないのかとか聞いちゃったし、コンラッドに今でも私のことが好きだって聞いた時も泣いちゃったしね…いくら鈍い人でも気がつくよね、この状況は。墓穴掘ったようなもんだと思います。

それなのに肝心の想いを伝え忘れるという失態。


「―――…ズルイよ、コンラッド」
「うん」
「そんなことを伝える為に地球に来るとか、バカじゃないの」
「俺にとっては重要なことだったんだよ。…ね、アカリ」


チュ、とコンラッドの唇が、胸元で揺れるクローバーのネックレスに触れた。


「貴方のことが、好きです。コンラッド」
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